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*ボクはあいつが嫌いだ。見るたびにイライラして胸をかきむしりたくなるくらいだ。よく言う、「生理的に受け付けない」ってやつ。イライラしてムカムカして、一緒にいたらどうにかなってしまいそうになる。だからあいつとは一緒にいたくない、距離を置いておこう、と思っていたのに。1
2015-02-01 22:40:05![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「…なんで君がここにいるんだよーっ!?」「何を言うッ?エントランスは公共の場所だぞ、絹丸ッッ!」爽やかなんだか暑苦しいんだかよくわからない口調で言うあいつ。早朝、身体を動かそうとエントランスに来たら鉢合わせた。努力してるとことか見られたくないしかなり早起きして来たっていうのに。2
2015-02-01 22:42:36![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「そうか、おまえも朝トレかッ!流石は超高校級の曲芸師、パフォーマンスの為の努力は怠らないのだなッッ!」「うるさいなー…。こっちは金貰ってるんだからこのくらいやって当然なの」努力してるのを見られるとこんな風に騒がれるから嫌なんだ。学生が試験前に勉強するのと同レベルの話なのに。3
2015-02-01 22:45:10![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「いや、その心がけは素晴らしいと思うぞッ!?世の中には才能に恵まれているからと努力を怠る人間はごまんといるッ!才能を持ちながら、それを当たり前のこととして努力に励めるおまえはやはり凄いのだッッ!尊敬するぞッッ!」「大袈裟だしうるさいよ。皆がうるさくて起きてきちゃうよ」「ぬう」4
2015-02-01 22:47:45![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「君だってしてるじゃんさ、努力。ボクが特別に特別ってわけじゃないじゃん」「まあ、そうだがな…ヒーローを目指す為にはもっともっと人一倍努力をせねばなるまいッ!おまえを見ていたらやる気がさらに湧いてきたぞッッ!ぬおおおおッッ!」「だからうるさいってば」ああ、やっぱり嫌いだ。5
2015-02-01 22:50:27![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
どうしてこいつはこんなにまっすぐなんだろう。他人の頑張る姿を見て、どうしてこんなにまっすぐでいられるんだろう。嫉妬するどころか尊敬して、落ち込むどころかはりきって。こんなやつ、ボクが生きてきた世界にはいなかった。なんなんだこいつ、怖い。薄暗がりから見た太陽のように眩しすぎる。6
2015-02-01 22:53:23![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「…ヒーローヒーロー言ってるけどさ、結局なんなのそれ。まさか本気でテレビの変身ヒーローになりたいわけ?」「ぬぅ…」と、そいつはちょっと困ったように声を漏らしてから、言った。「…多分おれは、そういうものにはなれない。おれは表舞台には立てない人間なのだ。だからこんな姿をしている」7
2015-02-01 22:56:36![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「だが、こんなおれにもできることがある。誰かを笑顔にして、それを守ることができる。おれはそう信じているのだ。おれはそうありたいと思っている」「…ふーん」全然わかんないけど適当に相槌を打つ。「実はな、おれはおまえのことをずっと前から尊敬していたのだ」と、やつは唐突に言い出した。8
2015-02-01 23:01:15![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「は!?」「アクションの参考にしようと、おまえのサーカス団を観に行ったことがある。…おまえの演技は凄かったな。スリル満点で、しかし危なげがなく…その場にいた全員がおまえに釘付けで、笑顔だった」「…そりゃ、ボクはこれでも看板娘だし?」「おまえはもう立派なヒーローだ」9
2015-02-01 23:02:23![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「ヒーロー…?」「きっとおまえの演技を観て沢山の人が幸せになっただろう。おまえに憧れて曲芸の道を志す子供もいたかもしれない。それはおれの目指すヒーローの姿そのものだ。だからおれはおまえのことを心の底から尊敬している」「何それ…」ボクはただ、金稼ぎでやってるだけなのに。10
2015-02-01 23:03:24![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
こいつが嫌いだ。ボクのことなんか何も知らないくせに、そんなまっすぐなことを言ってきて。こいつが嫌いだ。顔も見せないくせに、そんな信じたくなるようなことを言ってきて。こいつが嫌いだ。眩しくて直視できないくらいなのに、何故か一緒にいたくなってしまう。本当に、本当に大嫌いだ。11
2015-02-01 23:05:15![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「…早くトレーニングしようよ。このまま話して日を暮れさせるつもり?」「ああッ、そうだなッ!準備運動が終わったら少しおれに動きを見せてくれないかッッ!是非とも参考にしたいのだがッッ…」「…お金払ってくれるならいいよ」「……ここから出たら払うというのはッ!」「駄目」12
2015-02-01 23:07:57![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「ぬぅううう…」頭を抱えるあいつを見てなんだかおかしくなる。まあ、嫌いなやつと一緒にいる努力をするのもいいかもしれない。客商売をやってるんだ、愛想はちゃんとしなきゃだろ?そんな風に自分に言い訳をして、ボクはいつものように猫を被った。終
2015-02-01 23:09:59