キャラバン

キャラバンを護衛していた戦闘魔術師の青年と、キャラバンを襲う魔女の短い話です
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減衰世界 @decay_world

リシュキは答える。「1秒だけなら逃げ切れる」 「私があなたを殺すのに、1秒あれば十分だよ」 魔女の声。リシュキは魔女の正体を掴みつつあった。最初何も掴めてはいなかったが、時間と共にそれらの焦点がすべて定まっていく。魔女の力の正体。「お前、心臓が4つあるな」 22

2015-02-06 21:22:31
減衰世界 @decay_world

「ご明答。4倍の魔力、4倍の速さ。あなたは絶対に勝てない」 魔女が、勝ち誇った。そして、障壁が……消えた。 23

2015-02-06 21:26:26
減衰世界 @decay_world

障壁が消えた瞬間、リシュキは魔力の流れを感じ取った。手のひら程度の大きさしかない魔法の盾。それで魔女の攻撃を防ぐ。一度成功した防御だ。魔女の攻撃は正確にリシュキの右目を狙っていたが、とっさの盾で防がれる。魔女の人差し指が、リシュキの目の前で止まった。 24

2015-02-07 20:34:46
減衰世界 @decay_world

一瞬の時間が、永遠ほどに感じる。魔法の盾を貫通するのに、刹那の時間もかからないはずだった。魔女はリシュキの前に立って、右手の人差し指でリシュキの脳を抉ろうとしていた。恐ろしい笑みだ。まるで鎌のように引き裂かれた口から、赤い舌が見える。彼女の目は愉悦で歪んでいた。 25

2015-02-07 20:39:04
減衰世界 @decay_world

次の瞬間、リシュキの最後の魔法が効果を発揮した。魔女の顔が凍りつき、真っ赤になる。魔法の盾を貫通した魔女の指は、リシュキの右目を抉っただけで終わった。一瞬にしてリシュキの体は、地方都市に立てられた掘立小屋の中へと移動する。リシュキは悶絶して床に転がった。 26

2015-02-07 20:45:19
減衰世界 @decay_world

錬金術の道具が衝撃で床に散らばり、大きな音を立てた。板張りの床に薬瓶が落ちて割れた。刺激臭が辺りに広がる。リシュキは手をばたばたと動かし、杖を探す。杖は彼の近くに落ちていた。杖を掴み、魔法を唱える。27

2015-02-07 20:50:01
減衰世界 @decay_world

すぐに治癒の魔法が発動し、彼の右目は再生する。痛みも消え失せ、彼は安堵の息を吐く。「はは、生き残った。生き延びてやったぞ」 最後の魔法は賭けだった。咄嗟の思いつき。成功するかどうかは全く分からなかった。「話に聞いてた通り、魔女ってやつは純真なんだな」 28

2015-02-07 20:53:55
減衰世界 @decay_world

リシュキはそう言って最後の魔法を解除した。音を聞きつけて、隣の家に住む薬屋の娘がやってくる。「り、リシュキさん! 帰って来たんですか。どうしたんですか、その血の跡!」 リシュキは不思議そうに自分の服を見る。目を抉られたときの血がびっしりとついている。 29

2015-02-07 20:57:49
減衰世界 @decay_world

「魔女に襲われたんだよ。いやぁ、危なかった」 薬屋の娘はびっくりして声を上げた。「魔女! ど、どうやって切り抜けたんです?」 「簡単な魔法さ」 そう言ってリシュキはもう一度、さっき最後に発動させた魔法をもう一度自分にかけてみせる。薬屋の娘は、呆然とした。 30

2015-02-07 21:01:59
減衰世界 @decay_world

リシュキの顔が……かっこよくなっているのだ! 目つきは鋭く、眉は細く伸びている。鼻は高く、唇は細いかなりの美男子だ。「あのー、イケメンになってどうやって魔女に……」 「魔女が人里に下りるのは人殺しもあるけれど、伴侶探しもあるのさ」 リシュキの顔が元に戻る。 31

2015-02-07 21:06:03
減衰世界 @decay_world

「あいつ、今頃悔しがっているだろうな……ふふふ」 そう言ってリシュキは散らかった部屋を片付け始めたのだった。 32

2015-02-07 21:12:41
減衰世界 @decay_world

荒野に幌馬車の残骸が燃えていた。肉の焼ける匂いが辺りに立ち込める。魔女が、馬や人間の死体を焼いているのだ。硬く焼けばいくらか保存に効く。本当は干物にしたかったが、魔女は先を急いでいた。襲撃を知った人間が魔女狩りに来るのが予想された。 34

2015-02-07 21:19:22
減衰世界 @decay_world

「はぁ」 魔女はため息をついた。その顔は赤く、視線は宙を漂う。彼女は口に眼球を含んで舐めていた。リシュキの右目だ。「わたしもまだまだ修行が足りないね」 そう呟いて、リシュキの顔を思い出す。 35

2015-02-07 21:22:44
減衰世界 @decay_world

それは彼女が夢にまで見て恋していた、理想の伴侶の顔そのものだった。 36

2015-02-07 21:26:33
減衰世界 @decay_world

――キャラバン (了)

2015-02-07 21:26:46