ポリエナメル・ケイジ

神手市に行ったヤモっちと、不思議な女性・澄美さんのおはなし。
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真木ハルコ @homarine

有毒生物にも色々ある。蛇や蜂は自前で毒を合成できるが、河豚やスベスベマンジュウガニ等は微生物が作り出した毒素を生体濃縮して強力な毒を獲得する。タコから変化した澄美は後者であり、ヤモっちも後者の原理で環境由来の毒を蓄えている。故に、ヤモっちは澄美の神経毒を代謝排出できたのだ。7

2015-02-27 00:31:59
真木ハルコ @homarine

「……ち、違う、違うの!」澄美は、怪物の姿に似つかわしくない怯えた口調で言った。これは、ヤモっちを騙そうとしてた訳ではないという意味で、否定するのが何テンポか遅い。「先に逃げて、キーちゃん」なんにせよ、ヤモっちに聞く耳はもうない。キーちゃんは自分のケイジをくわえて走り出した。8

2015-02-27 00:45:45
真木ハルコ @homarine

キーちゃんはバスルームの壁を登り、天井の換気孔から抜け出した。ヤモっちはポケットからスマホを取り出してチラリと見る。やっぱり圏外。スマホの中でワニガメが笑っていた。(キーちゃん、ワニ展、怖かったよね。ごめんね……今度は、昆虫展でも見に行こうね)フラットソールの靴と、靴下を脱ぐ。9

2015-02-27 00:51:06
真木ハルコ @homarine

窓のない地下室。たったひとつの出口である扉の前には、立ち塞がる蛸の怪物。吸盤による吸い付きは、ある程度ならばヤモっちの分泌する粘液で無効化できるが、完全に組み付かれたらもう逃げられないだろう。神経毒の代謝排出にも限界がある。ヤモっちは呟いた。「……やんなるなぁ、まったく」10

2015-02-27 00:55:52
真木ハルコ @homarine

【ポリエナメル・ケイジ】#4 おわり

2015-02-27 00:56:20
真木ハルコ @homarine

【ポリエナメル・ケイジ】#5

2015-02-27 06:50:50
真木ハルコ @homarine

「……あ、ああ、あうー」うまく言葉が出てこない。どうしてこんなことになってしまったのだろう。ヤモっちと、仲良くなりたかっただけなのに。素敵な『作品』を作りたかっただけなのに。正体を見られたからには、ヤモっちを逃がすわけにはいかない。それだけは、澄美も十分に理解していた。1

2015-02-27 06:54:15
真木ハルコ @homarine

ヤモっちは怪物に変貌した澄美の姿を上から下まで見て背筋に寒気を覚えた。タコが人類を冒涜するために演じる邪悪なパロディのような姿であった。肩はプロレスラーよりも逞しく、肩から左右二対の蝕腕が伸びる。両脚に相当する部分は、それぞれ2本の蝕腕を注連縄の如く撚り合わせて形成されていた。2

2015-02-27 21:45:04
真木ハルコ @homarine

壁際に置かれた少女の石像。脱出に失敗すれば、ヤモっちも物言わぬ石像の仲間入りだ。お互いに使う神経毒の効果は薄い。目鼻口や傷から直接体内に流し込まない限りは、どちらもちょっと痺れる程度の効果しか及ぼせないだろう。そして、澄美の目や口は楕円形の遮蔽板で防護されている。3

2015-02-27 07:06:22
真木ハルコ @homarine

(若干あたしが不利……かな?)ヤモっちは手の平と足裏の粘液を、キャミ裾と床に擦り付けて拭い、澄美の正面から踏み込んだ。「え、えいりゃあーっ!」気の抜けた掛け声とは裏腹に強烈な破壊力を秘めた澄美の蝕腕が二本、嵐のように振るわれる。ヤモっちはジャンプで回避。空中で一回転!4

2015-02-27 07:13:56
真木ハルコ @homarine

「ッヤァーッ!」そしてヤモっちは、澄美の頭部を狙って回転踵落とし。攻撃を空振りしたところにカウンターヒット。ぐにゃり。打撃の感触はヤモっちの予想とはかなり違った。戦闘機の堅牢なキャノピーを思わせる楕円形の頭部遮蔽板は、見た目に反して弾力性に富み打撃を吸収。ほぼノーダメージ!5

2015-02-27 07:20:22
真木ハルコ @homarine

身体を捻ってヤモっちは両手両脚で着地。「え、ええーいっ!」そこに澄美の四本の蝕腕が同時に降り下ろされる。ヤモっちは全身のバネを使ってバック転回避。いったん6畳部屋の奥、冷蔵庫の辺りまで下がって距離を取る。だが、狭い部屋のおよそ半分の空間は澄美の長大な蝕腕の支配空間だ。6

2015-02-27 07:30:07
真木ハルコ @homarine

ヤモっちは冷蔵庫を蹴ってジャンプ! そして天井に張り付く! 天井に!? そう。打ちっぱなしのコンクリート天井のごく微妙な凹凸をヤモっちは手足の指先でホールドして張り付いたのだ。そのまま素早く天井を這って澄美の頭上を抜けようとするが「……て、ていりゃあ~!!」澄美の蝕腕が長い!7

2015-02-27 07:39:20
真木ハルコ @homarine

天井を這うヤモっちの胴体を、澄美の蝕腕先端が掠めた。「ぐあっ!」澄美の腕力は凄まじく、それだけでヤモっちは苦悶の呻きを上げて天井から落下した。澄美は素早くヤモっちを四腕で押さえ付ける。ヤモっちは全身の毒腺から毒粘液を分泌、澄美の吸盤を無効化してつるりと抜け出す。8

2015-02-27 07:43:47
真木ハルコ @homarine

■もう少しで#5は終わるけど、続きは夜です■

2015-02-27 07:47:44
真木ハルコ @homarine

■どくけし■再開だよ■きんのはり■

2015-02-27 21:19:05
真木ハルコ @homarine

(……おのれ、おのれ、おのれ!)優しくて良い人。友達になりたい。素敵な『作品』にしたい。逃がしてはいけない。――澄美のヤモっちに対する感情は、矛盾していることに気付きもせず多様なものであったが、今の澄美の気持ちはただひとつ。(こいつは……敵だ!)ヤモっちが冷蔵庫を蹴ったからだ。9

2015-02-27 21:23:46
真木ハルコ @homarine

静かな海の底で蟹を食べて暮らしていた澄美は、『石化の概念』に触れて人類を捕食する天敵となり陸の上にやって来た。『生命の根源』を喰らい、人を石像に変えることは澄美の本能に基づく営みである。だが、今やそれは単なる生存のための活動ではない。澄美には、守りたいものがあるのだ。10

2015-02-27 21:30:46
真木ハルコ @homarine

ヤモっちは、澄美の大切なものを足蹴にした。それは絶対に許せない行為だった。澄美の赤黒く隆起した肉体が、怒りに染まり赤色成分を強める。(優しい人だと思っていたのに……!)澄美の怒りは激しく、裏切られた絶望は深い。四本の腕を大きく広げ、ヤモっちを部屋の隅へと追い詰めてゆく。11

2015-02-27 21:36:03
真木ハルコ @homarine

――その頃、地下室から抜け出した大ヤモリのキーちゃんは、ポリエナメルのケイジを引き摺りながら雑居ビルの屋上まで登っていた。物干し竿と、地デジのアンテナ。そして錆び付いて傾いた金属製の箱。キーちゃんは、屋上に並ぶ金属箱に大きな隙間があるのを見つけ、その中へと入っていった。12

2015-02-27 21:40:31
真木ハルコ @homarine

【ポリエナメル・ケイジ】#5 おわり。次が最終セクションだよ。

2015-02-27 21:41:26
真木ハルコ @homarine

【ポリエナメル・ケイジ】#6

2015-02-28 05:53:27
真木ハルコ @homarine

窓ひとつない狭い六畳の地下室の片隅に、ヤモリっぽい少女、ヤモっちこと時々雨宮守は追い詰められていた。コンクリート壁を這い登り、空のコンロ台の上の、天井の角に貼り付いて迫り来る蝕腕を払いのけて凌ぐ。蝕腕の 主は、この部屋の住人である、蛸の怪物・明石澄美。恐るべき石化能力者。1

2015-02-28 06:00:29
真木ハルコ @homarine

「えいっ、えいっ、えーいっ!」澄美は四本の蝕腕を次々に繰り出す。ヤモっちは壁に両脚を突っ張って姿勢を保持し、両手の平に毒粘液を満たし、粘液潤滑を活かしながら恐るべき破壊力の蝕腕連撃をいなし続ける。天井が高く、澄美の長い蝕腕でも射程ギリギリだから辛うじて耐えられている。2

2015-02-28 06:06:22
真木ハルコ @homarine

(そうだ……台の上に登れば届く……!)澄美にバナナモンキーじみた天啓! コンロ台に這い上る澄美。だがそれは、ヤモっちの狙い通りの行動だった。つるりどしーん! コンロ台にヤモっちが撒いておいた粘液によって澄美は滑って転倒! 「今だっ!」倒れた澄美の上を飛び越え出口へ走るヤモっち!3

2015-02-28 06:12:44