夏恋(すばる)

全∞ @all_zen_bu

夏恋76 胸を強く押されて部屋から出される。 目の前で無情にドアが閉まった 14の俺はあまりにも無力で。 彼女の話を聞くことも、涙を拭くことも、涙の意味を知ることも叶わず、立ち尽くす。 確かにあの日と同じ匂いがしたのに。 何も言えなかった。 もう一度｢すき｣と、言いたかった。

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夏恋77 先生に何ひとつ出来なかった俺は、涙さえ出なかった。 言い様のない無力感だけが残る。 先生を追いかけるすべもなく、ただ時間だけが過ぎた。 電話も繋がらなくなって、どこにいるかも分からないのに。 なんの根拠もなく、学校が始まれば会えるような気がしてた。

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夏恋78 期待とは裏腹に、新学期が始まった始業式で、先生が『一身上の都合』で辞めたことが伝えられる。 最後に会ったあの日から携帯は繋がらなくなってた。 理由なんかどうでもええねん。 先生に会えない。 俺にはその現実が受け止めきれなくて。 会いたい。 会いたい。 それだけやった。

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夏恋79 叶えたと思った恋は、たった3日で一方的に終わりを告げられた。 何も確かめられないまま。 花火の日を、夢か幻とでも思えば楽やけど、先生の匂いが…身体に刻みつけられて離れない。 たった3日で心変わりするんか?? もう会えない なんて言われると思ってへんかった。

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夏恋80 先生に会えなくても、時間は誰にも平等に流れる。 先生に会えなくても、俺の時間は進んでく。怖いほど、残酷に。 高校入試、最後の追い込みの甲斐もあって志望校に合格できた。 隣で喜んでくれるはずやった。 一番に報告するつもりやった。 『先生になろうと思うねん』

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夏恋81 あっと言う間に卒業式。校長のつまらん話を聞くんも最後や。アクビが出る退屈な時間。 『実は２学期に辞めた保健の先生が、先日亡くなりました。』 聞 き た く な い 聞 き た く な い

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夏恋82 血の気が引いて、震えるのが分かった。 頭が真っ白になる。 けど、僅かに残った正気の部分で校長の言葉を理解しようとした。 手紙で伝えられる先生の思い。 入試が終わるまで、生徒には病状を伏せて欲しいと強く望んだこと。 難しい病気で、治療のためアメリカに渡ったこと。

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夏恋83 『先生にしてくれて、ありがとう』 病床で何度も繰り返していたこと。 伝えられる言葉が突き刺さる。 それと同時に頭の中の全ての点が、繋がっていく。 意味が分かっていく。 冷たい雨の日。 俺を拒んだ日。 俺を受け入れた日。 手を繋いで歩きたいと泣いた日。 ひとつになった日。

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夏恋84 どんな思いでそばにおって、 どんな思いで離れたのか。 何も言わなかった先生の気持ちが少しだけ分かって、少しずつ先生に近付いてく。 でも。 たとえどれだけ理解できても、結局悲しみしか無かった。 どんなに探しても待っても、会えない現実がのし掛かる。

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夏恋85 教室で、先生の手紙が配られた。 俺はそれを握りしめ、逃げるように教室をあとにした。 ひとりで屋上に駆け上がりそっと開く。 『先生にしてくれて、ありがとう』 震える字を見たら、そこに先生がいるようで。先生が照れたように笑ってる気がして。 探すように、空を仰いだ。

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夏恋86 先生に聞きたかった。 遊びでも、心変わりでもないやんな?? 目の前が歪んで空が滲む。 握りしめた手紙の文字も滲む。 先生が頭を撫でるように、風が髪を揺らした。 俺は、ちゃんと愛されてた。 あの日からずっとずっと、俺は泣けなかった。 やっと泣ける。声が止められない。

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夏恋87 愛されてたって分かっても、俺は何度も自問自答する。 あの日何も出来なかった自分。 何が出来たんやろ?? どうすればそばにおれた?? どうすればホンマのこと言うてくれた?? 答えなんてあるわけないのに。 愛されてたって分かるからこそ、何か出来たはずやと思ってまう。

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夏恋88 あれから10年。 気付いたら出会うた時の先生の歳、越えてもうてた。 今、保健室の先生やってんねん。 『優しいだけじゃだめなの。心の痛みに寄り添えなきゃ。だから傷ついた人の方が、保健室の先生には向いてるんだよ??』 この言葉真に受けて、お前の夢も繋げて、先生になったで。

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夏恋89 色んな人に出会うけど、まだ『最後の恋』はお前やねん。 そっちで怒ってるかもしれんけど、お前を真ん中から動かせへん。 迷いながら俺を愛してくれた優しいお前を。 私より好きになってって言うたあの願い、叶えたいねんけど。 『最後の恋』は続いてる。 夏が来るたび、また刻まれる。

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夏恋90 指をすり抜けていった、打ち上げ花火のような一瞬の 『最初の恋』 いなくなってしもうたのに、お前の匂いは鮮やかに残っとる。 愛したから、愛されたから、 お前に縛られて、お前が残っとる。 俺に出来る事って、ひとつしかないねん。 忘れないで、愛してる。

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夏恋91 あの夏から、打ち上げ花火は誰とも見てへん。 新しい恋までは、まだ遠い。 もう少し もう少し ｢もしも｣の無い この世界で 恋させて 最初で最後の恋を お前と end.