夏恋(すばる)

すばるの長いやつ。
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全∞ @all_zen_bu

夏恋① 中3の夏、クソガキだった俺は大人になった。一生に一度の、恋を叶えて。 1年掛けて叶えた恋は、夏の終わりの打ち上げ花火みたいに一瞬で散って、その美しさを形には残せない。祭のあとの静寂の中で形なき恋を想う。目眩に似たその恋の匂いを思い出し、心に刻む。 サヨナラ、最初の恋。

2014-08-17 10:52:35
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夏恋② 「こらー!!降りなさい!!」 中2の夏休み明け、ダチと2ケツしてチャリ乗って登校しとったら、知らん若い女に叫ばれた。横断歩道の向こう側から。信号が青になると一直線にこっちに向かってくる。 「やっべ…!!」 慌てたダチが急にハンドル切るから、後ろに乗ってた俺は放り出された。

2014-08-17 10:52:58
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夏恋③ しこたま身体を打ち付けて、痛みにうずくまる俺を置いてダチは逃げおった。薄情モンめ!! 「ごめんなさい!!」 開口一番、女が謝る。 (…は??) 「転ばせるつもりじゃ、なかったの…。」 心底申し訳なさそうな顔されて、こっちが拍子抜けするわ。 「痛くない??歩ける??」

2014-08-17 10:53:27
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夏恋④ 言いながら躊躇無く俺の身体を触ってくるその女。 (なんやねんコイツ。新手のナンパか??新種の痴女か??) オトシゴロの俺には刺激が強い。 「平気っす。そもそも2ケツしてた俺らが悪いんやし。」 「あ、まぁそうなんだけど。」 「じゃあ学校なんで。2ケツ、すいませんでした。」

2014-08-17 10:53:37
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夏恋⑤ さっさと行こうとすると、その女は俺の鞄を奪い取った。 「私も学校なの。お詫びにこれくらい手伝わせて。」 「学校??」 「うん。そこの中学でしょ??私今日から保健室の先生。」 この若いネーチャンが…先生??冗談やろ。 言いながら俺の鞄を自分の自転車の籠に入れる。

2014-08-17 10:53:47
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夏恋⑥ 怪我させたコトをよっぽど気にしてるのか、心配そうに不安そうに見てる。 しゃーないから、大人しく校門まで一緒に歩いた。 着いて荷物を取ろうとしたら、 「駄目!!このまま保健室。」 (大袈裟やなぁ。あぁ、もー面倒。諦めて付き合お。) 言われるまま保健室に向かう。

2014-08-17 10:53:56
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夏恋⑦ 手当てして貰いながら少し話す。新卒の22才。育休の臨時採用やって。 「すばるくん。」 手当て終わって、急に名前呼ばれた。 「いい名前。 私の初めての生徒さんだ。」 会ってからずっと不安そうな表情だった先生が、笑った。 俺は…自分でも呆れるほどあっけなく、恋に落ちた。

2014-08-17 10:54:11
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夏恋⑧ 突然の、恋に戸惑う。 俺はまだクソガキで、駆け引きなんて知らなくて。 ただアホみたいに先生のことを好きになった。 この時のケガを言い訳に、先生に会いに保健室へ通うことは、俺には簡単なコトやった。 先生は困った顔ひとつ見せずに、俺の傷を見て笑ってくれた。

2014-08-17 10:54:24
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夏恋⑨ ただ、サボりに行くと『授業には出なさい』と説教された。それは他の先生とちっとも変わらなくて。 「役に立たへんことばっかやん。」 「それはある意味正解だけど。」 「なら勉強したって意味ないやん。」 「うーん、それは少し違うかなー。」 先生が笑いながら話す。

2014-08-17 10:54:35
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夏恋⑩ 「『役に立たない』って事を理解するために勉強するって事かな??」 その理論が、俺はミョーに納得出来て。今だから勉強しなきゃいけないって少し思えた。 「言っとくけど、私不登校だったし、学校も勉強も苦手で大嫌いだったからね??」 笑いながら、なかなかハードな告白をしてくる。

2014-08-17 10:54:43
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夏恋⑪ 「嘘やん、全然見えへんわ。」 「運命の先生に出会ったからね。それが保健室の先生で、私がこの仕事を選んだ理由。」 懐かしそうに目を細める。 「その先生、金髪だったんだよ??先生なのに、すごく問題児でね……」 それ聞きながら少し妬いた。 先生の『運命の先生』ってヤツに。

2014-08-17 10:54:49
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夏恋⑫ それから2ヶ月も経ったら、ケガもホンマに完全に治って、保健室に行く言い訳も見つからなくなってた。 俺が行ってへん間に、他のヤツとどうしてんねやろ??とか、ぐるぐる考えるけど、移動教室の時に、保健室の前を通るのが精一杯やった。あんなに話したのに、ドア一枚が遠い。

2014-08-17 10:55:03
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夏恋⑬ それでもほんのたまにすれ違うと、先生は必ず少しだけ口角を上げた。 目が合わなくても、いつもそうだった。 俺にだけは分かるように。 思い込みでも気のせいでも、そんなことでこんな風に舞い上がれる自分が、アホみたいに単純でどうしようもなくダサかったけど……やっぱり嬉しかった。

2014-08-17 10:55:13
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夏恋⑭ 冬の冷たい雨の降る日、家から離れた区外の友達の家にチャリで遊びに行った。 その帰り、雨と夕暮れのせいで、通り慣れない道に迷ってもうた。 寒いし暗いし、焦りながらとりあえずコンビニを探す。 自転車に傘一本じゃ、身体も濡れて冷える。震える身体を抱えて真冬の雨を恨んだ。

2014-08-18 18:20:21
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夏恋⑮ 大きな総合病院とマンションを目印にしながら進むとやっとコンビニの看板が見えた。 しゃーない、あそこで聞くか。 ふとそのコンビニの手前にある公園に目が行く。薄暗い街灯の下に傘をさして誰かしゃがんでる。 なんや、オバケか?? ギョッとして覗くと、長い髪が見えた。 嘘やん…

2014-08-18 18:20:25
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夏恋⑯ (先生…) 透明の傘を差して、俯いてる。顔が良く見えへんけど、間違いなく彼女や。 こんな偶然、そうそうない。 (言わな…アカン) 身体が震えた。 今伝えなきゃ、この先もきっと言えへん。 自転車を降りて公園に足を踏み入れる。 気配に気付いたのか、先生がスッと顔を上げた。

2014-08-18 18:20:30
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夏恋⑰ 泣き腫らした目。顔は真っ白だった。 言葉も見つからず、俺は立ち尽くす。理解が追い付かなかった。 (なんで泣いてるん??どないしたん??聞いてええの??) 先生は俺に気付いたのか分からないけど、何も言わずにまた下を向いた。 空っぽの脳ミソで、何が出来るか考える。

2014-08-18 18:20:34
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夏恋⑱ 思いきって先生に近づく。 「絶対!!!!ここから動かんとって下さい。動いたら学校であることないこと言いふらすで。すぐ戻るんで!!」 脅かすみたいな言い方しか出来ない俺はアホや。 コンビニに走って、財布に入ってた金でホットの飲み物買い占めた。 ダッシュで公園に戻る。

2014-08-18 18:20:38
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夏恋⑲ 先生はまだちゃんとそこにおった。 たとえ俺の言葉を聞いてくれたワケじゃなくても、それでも良かった。 隣にしゃがんで、買った飲み物を先生に押し付けた。 「先生俺、道に迷ったんす。帰り道教えてくれます??」 しばらくの沈黙のあと、先生が静かに返した。 「高いよ?」

2014-08-18 18:20:42
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夏恋⑳ 地面を見たまま、鼻すすって喋る先生。 「それ買うたから、金あらへん。」 「じゃあ教えない。」 「それ、返して下さい。」 「やだ。あったかいもん。」 飲み物全部抱きかかえて、顔は上げないまま会話する。 少しだけ笑みを含んだ声。 どうした、なんてやっぱり聞けへんけど。

2014-08-18 18:20:45
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夏恋21 ふいに先生が立ち上がるから、俺も立ち上がる。 先生がよろめいて、思わず傘を放り出して肩を支えた。 「足痺れた。」 「しゃがんでたからですよ。」 軽く笑ったけど、ホンマは心臓が耳の隣で鳴っているのかと思うくらい緊張した。 先生に触れた。 身体に。 華奢で冷たい身体に。

2014-08-18 18:20:49
全∞ @all_zen_bu

夏恋22 「先生、身体冷たいで。家近いんすか??」 「すぐそこ。」 「帰って下さい、送るから。」 「分かってる。」 「……部屋入るのちゃんと見んと、俺帰れへんで??」 「分かってる。」 言って歩き出した先生に、傘拾ってついていく。 ホンマに歩いてすぐのアパートやった。

2014-08-18 18:20:53
全∞ @all_zen_bu

夏恋23 2階の部屋の前まで行って、鍵を開ける姿を見て、俺は声を掛けた。 「ほな、行きます。」 「え??」 先生がきょとんとした顔をする。 (え、ちゃうやろ…) 「あ、うん、あの…ちょっと待って。」 部屋に入ってバタバタと戻ってくる。 「これ、国道に出る道。これ、ありがとう。」

2014-08-18 18:20:57
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夏恋24 ドアの前で、手書きの地図と渡した缶コーヒーを1つ差し出された。 「あ、どうも…」 受け取りながら触れた先生の指先は氷みたいに冷たかった。 思わず少し握る。 先生は一瞬固まって、それからゆっくり手を引っ込めようとした。 その指の先を追いかけるように握り締めた。

2014-08-18 18:21:02
全∞ @all_zen_bu

夏恋25 かろうじて捕まえた指先を離さないで、先生の顔を見る。 腫れぼったいまぶた。 何で泣いたん。 そう聞いたら話してくれるん?? 俺みたいなガキに、話さんよな。 そら手も引っ込めるわ。 先生と生徒やし、誰かに見られても困らせるだけや。 そう思うけど、離されへん。

2014-08-18 18:21:07
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