村上先生と転校生

がむしゃら教師
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全∞ @all_zen_bu

転校生 1 朝の体育館。 人の気配は無いのに、鍵は開いていた。 懐かしい空気。 しまい忘れたバスケットボール。 タンタンと響くボールを床に打つリズムが心地いい。 ゴールに向かってボールを投げた。 思い描いた軌道とは全く違う放物線を描いて、ボールが転がる。 鼻の奥がツンとした。

2014-12-03 13:46:12
全∞ @all_zen_bu

2 (あーあ…) 転がったボールを追いかけて古い倉庫に入った。 明らかに使われていないくらい古いマットレスやボールが雑多に置かれている。 (どこだろ…) 明かり取り用の小さな窓から入る光を頼りに探す。 自分の髪が目の前に落ちてきて、キラキラと光った。 ふと奥を見る。 (っ…!?)

2014-12-03 13:46:14
全∞ @all_zen_bu

3 投げ出された2本の足。 心臓が早鐘のように鳴った。 (死んでるとか、そんなわけないよね!?) おそるおそる近付いて、顔を覗き込む。 ジャージを着た男性がうたた寝してた。 ホッとしたその時、チャイムが鳴った。 その人がゆっくり目を開ける。 綺麗な二重。 垂れぎみの目尻。

2014-12-03 13:46:18
全∞ @all_zen_bu

4 私を見ても少しも驚いた風じゃなくて、目も反らさない。 こっちが戸惑ってあとずさる。 立ち上がって服をはたく。 そのまま2人で狭い備品庫を出ると、その人は倉庫の鍵を掛けた。 「内緒やで。」 笑うとチラリと八重歯が見えた。 唇に指を当ててウインクしてそのまま体育館を出ていった。

2014-12-03 13:46:21
全∞ @all_zen_bu

5 「しーずーかーにー!!転校生紹介するで!!」 教壇を出席簿でバンバン叩いて、騒がしい生徒どもを黙らせる。 「東京から引っ越してきた、鈴木さんです。はい、自己紹介。」 「…どうも。鈴木です。よろしくお願いします。」 教室が静まり返った。 「そんだけ??」 「はあ…。」

2014-12-03 13:46:24
全∞ @all_zen_bu

6 みんながシーンとしたのは話がおもんなかったのた、髪の色。 地毛やと言い張るには明らかに明る過ぎる髪色で。 「担任の村上です。よろしくな。席はあっこ。」 教えるとすぐ席に向かおうとする。 「待て待て。」 「はい…」 「ソレ、生徒指導入るから。明日までに変えて来い。」 頭を指す。

2014-12-03 13:46:28
全∞ @all_zen_bu

7 彼女は返事をしないで席に着いた。 翌朝。 校門で同僚の横山が彼女を捕まえとった。 「転校生??前の学校がどうだったか知らんけど、ウチはソレあかんわ。」 「変える時間ありません。」 「風呂入るときにでもやったらええやん。」 「賃貸なんでお風呂でやったら駄目なんです。」

2014-12-03 13:46:31
全∞ @all_zen_bu

8 「ほんなら美容室にでも行ってやな…」 「お金ありません。塾も行ってます。時間ありません。」 「ちょ、ちょっとちょっと鈴木!!」 2人に割って入る。 「変えて来いって言うたやろ!?」 「変えるなんて言ってませんけど。」 横山と俺を前にしても、動揺する気配も無く淡々と返事をする。

2014-12-03 13:46:34
全∞ @all_zen_bu

9 「村上先生とこの子なん??」 「そうそう、昨日来た子。」 「もういいですか??」 「いや、アカンよ!!指導室来て貰うから。」 「…時間とお金が出来たら変えます。」 「そういうわけにはいかんの。みんなルール守ってるんやから…」 横山が言ってると、生徒と一緒に金髪が入ってきた。

2014-12-03 13:46:37
全∞ @all_zen_bu

10 「おはよーございますぅ♪」 横山の眉間に皺が寄る。 「おはようございます、安田先生。とっとと職員室に行け。」 「よこちょ、朝から怖~い。」 「早よ行け安田!!」 キレる横山に安田が肩をすくめる。 「ヤスお前、タイミング悪いねん!!」 行け行けと安田の背中を押す。

2014-12-03 13:46:40
全∞ @all_zen_bu

11 「ハイハイ。」 言って隣を通りざま、振り返って鈴木にウインクする。 「色きれいやで♡」 「アホかあ!!」 横山が吠えた。 「とりあえず1週間は待つから。そのあと変わってへんかったらホンマに呼び出すからな。」 横山が鈴木に釘をさして、教室に戻された。

2014-12-03 13:46:44
全∞ @all_zen_bu

12 教室に戻りながら鈴木に話す。 「昨日言うたやろ、指導されるから変えて来いって。」 「変えるなんて言ってませんけど。」 「なんでその色なん??東京でその色やったん??」 「……はい。」 「嘘やな。成績優秀で、バスケ部のキャプテンやったって聞いてるで。そんなわけないわ。」

2014-12-03 13:46:47
全∞ @all_zen_bu

13 軽く睨まれながら廊下を歩く。 「体育館で…」 「ん??」 「内緒やで、なんて言ったんですから、少しは見逃してください。どうせそのうち…変えますから。」 ああ、体育館倉庫で会うた時のことか。 「あそこはなぁ、いい逃げ場所やねん。鍵ついとるし。教官室にも居たない時があんねん。」

2014-12-03 13:46:50
全∞ @all_zen_bu

14 「そういう時の隠れ家みたいなもんやな。別に弱味だなんて思ってへんけど…少しは考えたるわ。ただ横山先生はそうはいかんで??1週間以内にはどうにかせえ。」 「…たぶん。」 鈴木は歯切れの悪い返事をした。 転校2日目じゃ何考えてるかよう分からん。 クラスに馴染めるんかも心配やわ。

2014-12-03 13:46:55
全∞ @all_zen_bu

15 1週間後。 案の定鈴木は髪は染めて来んし、クラスの誰とも口きかへんし、俺の体育の授業も仮病でサボりおった。 どうやら転校も本人の意思に反したもんやったみたいやから、家庭の事情もあって複雑なんやろなぁ。 ただ、それはそれ、これはこれ。 「鈴木、昼休み職員室来い。」

2014-12-03 13:46:58
全∞ @all_zen_bu

16 鈴木が職員室に来る。 「体育館行かへん??」 「は??」 「ここじゃ嫌やろ、色々聞かれたり話したりすんの。行こうや。」 鈴木の背中押しながら職員室を出る。 人のいない体育館。 バスケットボールを出してくる。 投げると無意識にボールを操った。 「なんで変えて来んかった??」

2014-12-03 13:47:00
全∞ @all_zen_bu

17 聞くと無言でシュートを打った。 綺麗なフォームや。 「…」 「言うてくれな、分からんで。先生エスパーちゃうし。」 「変えたくないから。」 「なんで変えたないん??」 「別に…」 「壁作ったままやったら、誰も乗り越えてくれへんし、誰も壊してくれへんで。まずは正直に言うてみ。」

2014-12-03 13:47:04
全∞ @all_zen_bu

18 「見た目で判断されるのに、ウンザリなだけです。成績は悪くないんだから先生に文句言われる覚えありませんけど。」 「学業以外も教えてるから、テストの成績良くても文句言うで。」 「学生の本分は果たしてます。」 「それ以外にも果たすべき事があるから、勉強以外の事もしてるんやろ。」

2014-12-03 13:47:07
全∞ @all_zen_bu

19 成績はトップクラス。バスケ部のキャプテン。 優等生でおることに、疲れたんか。 「来月球技大会あるんやけどな、各競技ポイント制でクラス対抗なわけや。学業と普段の素行もポイントに影響してくんねん。」 「生活指導受けたり、成績悪い人がいると、減点対象ってことですか??」

2014-12-03 13:47:10
全∞ @all_zen_bu

20 「そーゆーことや。クラスにも馴染めん上に、負ける一因になりたないやろ。ホンマは経験者はエントリーしたアカンねんけど、お前はバスケでエントリーしといたから。髪は、よう考えて自分で決めて来い。」 「余計な…お世話…」 投げつけるようにボールを放って、鈴木は体育館を出ていった。

2014-12-03 13:47:13
全∞ @all_zen_bu

21 腹が立つ。 まるで人の気持ちを見透かしたみたいな言動。 前の学校での事や、家庭の事情を知ってるからって、分かったような顔をして!! …でも。 こんな髪の色、したいわけじゃない。 したことだってない。 転校も、勉強も、バスケも、心のどこかで納得してる自分がいる。

2014-12-03 13:47:17
全∞ @all_zen_bu

22 またバスケがしたい。 友達が欲しい。 生活指導で親の呼び出しなんてゴメンだ。 …それから1週間。 横山先生は村上先生に何か言われたのか、私を見ても注意することはなかった。 あと少しで球技大会。

2014-12-03 13:47:20
全∞ @all_zen_bu

23 球技大会当日。 鈴木の髪はそのままやった。 代わりに前髪が綺麗に切り揃えられてた。 (迷いがあって、ええやんか!!) 目が合ってニヤリと笑うとすぐに視線を外された。 今年はバスケとサッカーの2種目。 1年は5クラスあって、それぞれ選手と控えと応援に分かれてトーナメント戦や。

2014-12-03 13:47:23
全∞ @all_zen_bu

24 俺はグラウンドと体育館を行ったり来たりする。 「おい、ヒナ!!お前んとこ経験者出とるやろぉ!!!!」 バスケ経験者の横山が体育館に入るなり抗議してくる。 「知らんがな!!つーかヒナって呼ぶなボケぇ!!!!」 「知らんわけないやろ!!あの鈴木っちゅーの!!」

2014-12-03 13:47:26
全∞ @all_zen_bu

25 横山が騒いどる間に、鈴木のスリーポイントシュートが鮮やかに決まった。 これで優勝、決まりやな。 …でも。 横山はどこまでも大人げなくて。 鈴木のバスケ経験と髪の色を理由にウチのクラスの減点を決めおって…。 あの子がどんな思いでこの球技大会に臨んだかなんて、お構い無しや。

2014-12-03 13:47:30