シンギング・イン・ザ・レイン #1

ニンジャスレイヤー二次創作のまとめです 次:http://togetter.com/li/799880
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ひたちえぼ @EVO_Hitachi

*わたしはたまたまここにいて二次創作を投下しています*また、ご感想やケジメ案件が発生したときは、#owl_nj あてに何かツイートしていただければ甚だ幸甚と存じます*原作とは一切関係がない*

2015-03-22 13:17:24
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

「シンギング・イン・ザ・レイン」♯1

2015-03-22 13:21:30
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

ウスイ・ヤマモモが見る曇ったヘルメット越しの景色は、フィルターがかかった映画のワンシーンめいていた。 1

2015-03-22 13:24:37
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

通りの向こうでは「安心の個室です」「ボディコン」などの煽情的なネオン看板が薄曇りの中で存在を誇示している。周りを行くは、ユーレイゴス、サイバーボーイ、ゲイマイコ、両腕を女性用サイバネ腕に置換したフェティッシュ者、彼らやウスイに遠慮無くカメラを向ける観光客。 2

2015-03-22 13:28:06
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

ネオ・カブキチョ。貪婪なネオサイタマに於けるあらゆる欲望の最後の受け皿、マイノリティのオアシス。昼日中の大通りであってもネオン看板は輝き、夜の残り香を引きずっている。この界隈にあっては、ウスイの潜水服も違和感なく通りに溶け込んでいられる。それが彼女には、居心地が良かった。 3

2015-03-22 13:34:22
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

もはや無遠慮な観光客のカメラにも慣れた。呼び込みマイコや黒服たちも、客引きせずに素通りさせてくれるようになった。そこでやっとウスイは、カブキチョに受け入れられたと感じたし、そうされることがとても嬉しかった。通うのを止めた学校の事を思い出し、ウスイは少しだけ下を向いた。 4

2015-03-22 13:41:57
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

汚れたコンクリート、転がるドリンクの空き瓶。まるで自分のようだ。この街は好きだ。けれど。重金属酸性雨の水たまりを、慎重すぎる足取りで避けて通る。昨夜パテで塞いだけれど、まだ穴が空いていると大変だ。 5

2015-03-22 13:48:50
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

ウスイには、生まれつき、様々なものへのアレルギーがあった。タマゴ、生魚、建材に使われる防腐剤、そして、重金属酸性雨に含まれる有害物質。 6

2015-03-22 13:53:14
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

父の転勤にともなってキョートから越してきたその日に、彼女のアレルギーは突如重篤症状となった。そして数日の入院と検査により、重金属酸性雨との接触が命に関わると分かったのだ。雨の中を生身で外出すれば半日も生きられないだろうというのが、医者の見立てだった。 7

2015-03-22 13:56:54
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

あらゆる治療を試みたものの効果はなく、行き着いたのがこの潜水服だった。父が誕生日にどこかから買ってきてくれたもので、それがカロウシした父からの最後の贈り物となった。 8

2015-03-22 14:00:52
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

それ以来二年。潜水服がウスイの命綱だ。この電子戦争前の旧型潜水服を修理してくれる店は、現在ネオ・カブキチョに存在する、マニアック衣装専門店「テンクサ」だけだ。半地下の入り口前には、「10種」というネオン文字がぼんやり浮かんでいる。 9

2015-03-22 14:05:34
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

その狭い入り口を、ウスイはタラバーカニめいて横向きに下りて行く。ドアにかかった「準備中な」のプレートは無視して、ウスイは遠慮無くドアを開けた。「ドーモ。ウスイ・ヤマモモです。修理をお願いします」 10

2015-03-22 14:12:43
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

店内には様々な水着やマニアック衣装が吊るされているが、目を引くのは店の真ん中に置かれた巨大金魚鉢。テンクサは週に何度か夜にバーとして営業しており、その時には下半身に人魚型のスイムスーツを着た女がこの中を泳ぐのだ。 11

2015-03-22 14:19:52
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

その金魚鉢で新作スイムスーツを試していた女がウスイに気づき、水から上がった。「オーナー、ウスイ=サンだよー」「アイ、アイ」ユウレイクラゲを頭からかぶったような髪型の女店主が出て来る。「今日はどこ?」「左足のここ、小さい穴が空きました。あと、ファスナーが上がりづらくて」 12

2015-03-22 14:25:21
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

「アー、ここね。丁度良いのあったかな……とりあえず、後ろ向いて」「はい。アリガトゴザイマス」ウスイは潜水服とヘルメットの留め具を外して、ヘルメットを脱ぐ。肩のあたりで切りそろえられた黒髪の、やや陰気そうな少女の素顔があらわになった。 13

2015-03-22 14:30:44
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

女店主にファスナーを下ろしてもらい、ウスイは潜水服を脱ぐ。陸に上がったダイバーめいた軽装になったウスイは、ゆっくり首と肩を回した。「見てくるから、待っててね」潜水服を受け取った店主は、奥へ消えていく。ウスイはオジギし、バーカウンターに腰掛けた。 14

2015-03-22 14:44:46
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

ウスイはカウンターで足をぶらぶらとさせる。開いた穴は酸性雨による劣化と、最後の登校で悪戯されたのが原因だった。膝下からのゴム素材を総交換するとなると、結構な額になるだろう。頬杖をつき、ウスイはうつむいた。「……ねえ、ウスイ=サン」金魚鉢の人魚がウスイに声を掛ける。 15

2015-03-22 14:53:23
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

「アンタに言おうか迷ったけど」金魚鉢の人魚が、淵に手を掛けてウスイに声を掛けた。「ケンワ・タイってボンズの噂、知ってる?」ウスイは首をかしげる。人魚は続ける。「そのボンズ、どんなビョーキも治してくれるんだって」 16

2015-03-22 14:58:59
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

「あの……気持ちは、嬉しいんですけど」ウスイは椅子を反転させて笑う。体質のことは、店の人間には話している。「わたしは、これで、いいんです」ゆっくりと、言い聞かせるように応える。 17

2015-03-22 15:04:05
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

人魚の尾が水面を打った。「アタシだって、冗談なら言わないよ。アンタが良く行ってるナントカって店のオーナーも、それでビョーキ治ったって言うから。聞いてみたらホントかどうかわかるでしょ?」「エート……」「ウスイ=サン、そこそこカワイイんだし、このままじゃ勿体ないよ」 18

2015-03-22 15:07:56
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

ウスイが返答に窮していると、女店主が戻ってきた。「足の方は、半日ぐらいでなんとか使えるようになる。ファスナーは交換。ヘルメットを磨くのはサービスね」奥から潜水服を手に、店主が戻ってきた。「何の話してたの?」「何でもないんです。お店が開くまで、ここにいても?」「ドーゾ」 19

2015-03-22 15:11:18
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

ウスイはバーの開店時間まで、潜水服を修理する女店主やスイムスーツの人魚といつものように話したり、店の開店準備を手伝ったりして過ごした。ここでのデリケートな所まで踏み込まない距離感が、ウスイは好きだった。 20

2015-03-22 15:21:45
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

時間になると、ウスイは女店主から潜水服を受け取った。「ありがとうございました」ウスイはトークンを店主に渡す。潜水服を履き、袖を通し、背中のファスナーをあげる。「スムーズ。いつも助かります」「仕事だからね」ヘルメットをかぶり、留め具をかける。 21

2015-03-22 15:25:33
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

そして、対重金属酸性雨の装備を着込んだウスイは「オジャマシマシタ」オジギして、テンクサを後にした。ウスイを見送った二人の女は視線を合わせて苦笑する。「店長。毎度だけどさ、あの子、マジメだよね」「マジメになっちゃったの。ウスイ=サン家じゃひとりだし、母親ああだし」 22

2015-03-22 15:29:13
ひたちえぼ @EVO_Hitachi

「さっき、ケンワ=サンの話教えたんだけど、あの子行くかな」女店主は険しい顔になった。「アンタ、それ言ったの」「だって、マジな話みたいだし……治ったらいいじゃん?」「バカ!」女店主は人魚を怒鳴りつけた。「アンタ、その話はもう――」 23

2015-03-22 15:31:53