シンギング・イン・ザ・レイン♯2
- EVO_Hitachi
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*わたしはたまたまここにいて二次創作を投下しています*また、ご感想やケジメ案件が発生したときは、#owl_nj あてに何かツイートしていただければ甚だ幸甚と存じます*原作とは一切関係がない*
2015-03-26 14:06:24『タマチャン・リバーのラッコは、ブッダの慈悲が働いていることの現れです。深刻な環境破壊を止めるようにというメッセージです。ですから――』タクシーの車載モニタでは、母がコメンテータをしているニュース番組が流れていた。ウスイは外していたヘルメットをかぶった。音が遠くなる。 1
2015-03-26 14:11:48母とは、もう随分と会っていない。自宅にほとんどいないのだ。母はもともと敬虔なブディストであったが、ウスイの重金属酸性雨アレルギーが発覚してからは更にのめり込み、多額の寄進によりほどなくカスミガセキのカテドラルに招かれた。 2
2015-03-26 14:15:24現在はそのカテドラルで、ウスイの病状についての講演や闘病記の執筆などを行っては、その講演料などを寄進しているらしい。ウスイがそれを知るのは、いつも母が出演するテレビか書店の店頭だ。ウスイと母を繋ぐのは、今や毎週送られてくる生活費の入ったトークンだけだ。 3
2015-03-26 14:19:42自分のビョーキが治れば、母はどうなるだろうか。家に帰ってくるようになるだろうか。「お客さん、ここでいいですかね」「アッハイ」ウスイは我に返り、タクシーの運転手に高額のトークンを渡した。『全ての悪しき出来事はブッダが与える試練なのです。それを越えることで魂はより高みへと……』 4
2015-03-26 14:23:39釣りも渡さず急発進で去るタクシーを見送り、ウスイは歩き出す。禍々しい警句が掲げられた、オオヌギ・ジャンク・クラスターヤードの「絶望の橋」。ここを渡るのは初めてのことだ。人魚から教わった位置情報を入力した携帯IRC、その合成マイコ音声が「直進ドスエ」と告げる。 5
2015-03-26 14:27:12橋を渡ると両岸には崩れかけたプレハブ小屋や、廃棄寸前の屋台などが建ち並ぶ。潜水服越しにも分かる臭気に、ウスイはヘルメットの奥で眉をひそめた。カブキチョのアルコール臭とも違う、処理されていない汚水の臭いだ。((こんなところに、ほんとにいるのかな……)) 7
2015-03-26 14:30:30「いいパーツ。1000でいいよ、取り替えるよ」「要らない部分を売ってください」通りすがるウスイに声を掛ける、ボロを纏ったジャンク屋を必死に早足で振り切り(潜水服の彼女は走れないのだ)、目的のテンプルへと急ぐ。やはり、この界隈でこの格好は悪目立ちしてしまっている。 8
2015-03-26 14:32:24ヘルメットから見える景色は薄暗く、ウスイの足をともすればすくませる。けれど彼女は強いて前へ前へ進んだ。((ビョーキが治る。治れば、帰りは潜水服は、持って帰ればいいんだから))無心に案内音声に従う。「まもなく目的地付近ドスエ」 9
2015-03-26 14:36:13汚水の臭いが強くなる。ウスイは浅い呼吸のなか、その建物を見つけた。道中に立ち並んだトタンやコンテナのプレハブ群とは比べものにならぬほど朽ち果てた、そこは廃屋だった。夜だというのに、あばら屋を取り囲むように、沼に浸かってドゲザ礼拝をする者たちがいる。 10
2015-03-26 14:40:20勇気を振り絞り、沼に足を踏み入れる。細い道を、たどたどしい足取りで進む。ドゲザ礼拝者は口々にネンブツを唱えながら、泥まみれになるのも厭わず、機械仕掛けめいて礼拝を続けている。その異様さに、ウスイは背筋に寒いものを感じた。 11
2015-03-26 14:43:07ブッダに祈ることで全てが解決するわけではないと、祈り疲れたウスイはよく知っているが、その種の祈りではないように見えた。ドゲザ者らの祈りは、困窮ではなく感謝から来ているように見えたのだ。潜水服の足が沼を跳ね返す。ウスイは、意を決してあばら屋に足を踏み入れた。「オジャマシマス」 12
2015-03-26 14:47:18あばら屋は無人だった。人がいるような気配も、生活している様子もうかがえなかった。ただ、部屋の中央に祭壇めいて置かれたチャブには、大量の花束、センコやマンダリンが置かれていた。 13
2015-03-26 14:50:29それはある既視感をウスイにもたらした。父の亡くなったあと、帰って来た亡骸の前に供えられた物たち。ウスイは、よたよたと外へ出るとドゲザ者の一人に尋ねた。「あの……あの、ケンワ=サン……ケンワ・タイ=サンは、どこに?」 14
2015-03-26 14:53:28沼から顔を上げた女は虚ろに笑って答えた。「あの方はお亡くなりになりました。ブッダのみもとへと向かわれたのです。私達をビョーキから救ってくださった……おお……ナムアミダブツ……」ウスイは女の返答を最後まで聞けなかった。かたちばかりのオジギをし、朽ち木の墓標に背を向けた。 15
2015-03-26 14:56:36夜のオオヌギを、茫然自失とした潜水服の少女が彷徨っている。潜水服の頭を垂れたまま、ショートしたドロイドめいた足取り。ウスイ・ヤマモモである。 16
2015-03-26 15:05:55酔っ払いにぶつかり、反射的に謝る。その背中が別の少年にぶつかり、また謝る。その少年が、ウスイのバックパックから財布をスった事にも気がつかず、元来た道をふらふらと歩いて行く。 17
2015-03-26 15:08:23何を呪えばいいのか、何に怒ればいいのか、今のウスイにはわからなかった。((軽はずみに、治るなんて思ったから、こんなに落ち込んでいるんだ。きっと、そうだ。今までだって、父さんの潜水服と、母さんのお金で、じゅうぶんやっていけていたんだから)) 18
2015-03-26 15:11:28((このままで良いんだ。学校は、母さんに頼んで通信にしてもらって、卒業して、在宅のお仕事を見つけて……それでいいんだ。それで……))夜空は段々と暗さを増し、今にもひと雨来そうだ。うつむくウスイは空模様に気づかない。前を歩いてくる猫背の男にもだ。 19
2015-03-26 15:16:12「痛ッ」「グワーッ!」猫背の男と真っ向からぶつかり、ウスイは尻餅をついた。猫背の男も肩をおさえてうずくまっている。「ス、スミマセン。大丈夫ですか?」「肩関節が外れた! 医者代を出せ!」「エッ」ウスイは混乱した。「あ、エト……」「グワーッ! 痛い!」男はのたうち回っている。 20
2015-03-26 15:22:51「あ、あの……」ウスイは言われるままにトークンを差し出そうとバックパックを探し回るが、ナムサン! 彼女の財布はすでに無い!「あ、あれ……ナンデ? 財布……」「カネ払いたくないからって嘘つくんじゃねえぞッコラー!」「アイエッ!」ウスイは震え上がった。「本当に、無いんです」 21
2015-03-26 15:28:18