「ア・ララバイ・キャン・ビー・ヒアード・イン・ボディサットヴァ・アームズ」 #1

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うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

(これからお送りするお話は『ニンジャスレイヤー』の世界観を用いた二次創作ノベルだ)(そのため、『ニンジャスレイヤー』本編を初め)(原作者であるブラッドレー・ボンド、フィリップ"ニンジャ"モーゼス両氏)(およびほんやくチームとはなんの関係もないことを明記しておく)

2012-08-25 01:45:06
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

……暗い空に輝くのは星ではない。遠く、トコシマ地区にバンブー林のごとく建つ高層住居ビルの明かりである。数多くの窓から漏れる光は、夜半を過ぎても消えることはない。では……ここは?遠い明かりと対象に、街路は暗く、静まり返っている。 01

2012-08-25 01:46:10
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

昼から続いていた重金属酸性雨も、日が変わる頃に止んだ。街路に残る水たまりには、遠い空の明かりが映り、光る二つの世界に挟まれた、ここはネオサイタマ再重点危険地区、コメダ・ストリート。 02

2012-08-25 01:48:09
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

時刻はウシミツ・アワーにさしかかろうとしている。ストリートには、奇声を上げるヨタモノもパンクスもいない。もっと剣呑な者たちは、そもそも音を立てぬ。ハック&スラッシュも、ファック&サヨナラも、このマッポーの世のジゴクめいた闇の中に紛れる。 03

2012-08-25 01:49:08
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

その証拠に……中身のあふれたトラッシュボックスと、窓ガラスもタイヤも失せた廃棄自動車の手前を見よ。回収されないまま山と積まれた旧式UNIXの陰に、今、うごめくものを。バイオネズミのように辺りをうかがいながら、時折遠くの街頭ボンボリにぬらりと鈍く光る刃物を振るう人影を。 04

2012-08-25 01:50:12
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

色褪せ、それゆえに闇に紛れる耐酸性コートからのぞく病的に白い手。逆手に握られた刃物が、振り上げられ、ゴミ袋めいた塊に振り下ろされる。一度、二度。三度目に刃物が引きぬかれた時、がさりと音がして塊が崩れる。毛深い腕がこぼれ、水たまりをばしゃりと叩く。飛び立つバイオハエの群れ。 05

2012-08-25 01:52:03
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

刃物を持つ手が己の顔を払う。フードが翻る。現れたのは、汗と垢にまみれ、ヘドロめいてうねる髪に縁取られた女の横顔。その手同様、病的なまでに白い。こけた頬、半開きの口からのぞく汚れた歯はぼろぼろに尖っている。眼窩は落ち窪み、ぎょろりと剥きだした目が闇にぎらりと光る。 06

2012-08-25 01:53:25
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

女がなにをしているのか……慧眼な読者は気づいているのでは?そして、おお、どうか心臓の弱いものはこの記述から目を逸らしていただきたい。女は……四度目に振り下ろした刃物を、ぐいと手前に引き、ゴミ袋めいた塊から何かを切り取ると……それを……自らの口元に運んだ! 07

2012-08-25 01:54:41
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

女は虚ろな瞳で宙を見つめながら、咀嚼を開始する。コメダ・ストリートの闇に、湿った音が微かに響く。おぞましいその音を、ブッダよ、あなたは聞いているのですか?だとしたら……なぜ、耳をそばだてるままになさっているのですか? 08

2012-08-25 01:56:11
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

……しばらくそうしてから、女はごくりと口の中のものを飲み込んだ。細い喉が大きく動き、小さくため息が漏れる。そうして、再び女は作業を開始する。振り上げ、振り下ろし、刻んだものを口に運ぶ。静かに、音立てて咀嚼しながら、女は刃物を地面に置くと、懐から何かを……取り出した。 09

2012-08-25 01:58:03
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

女が取り出したもの……それは人の頭ほどの大きさの塊だ。ぐるぐると巻きつけたボロ布から、人形のような四肢が突き出している。だが、おお、それは人形ではない!その証拠に、それはゆっくりとではあるが動いている!力なくばたつく足、ゆるやかに握り、開く指! 10

2012-08-25 01:59:13
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

女は口の中のものを咀嚼しながら、そっとボロ布を剥ぐ。現れたのは……痩せこけた赤子の顔。ショウジのように褪せた色の顔の中で、ぎょろりと剥きだした目だけが虚ろに宙を見る。半開きの口元にはヨダレとも吐瀉物ともつかぬものが乾いてこびりついている。 11

2012-08-25 02:00:13
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

赤子の顔を見下ろす女の顔がくしゃくしゃに歪み、両目からこぼれた涙が痩せこけた頬を伝う。ブッダステンドグラスに描かれる、ジゴクのオニめいた顔が赤子に近づき、しばし重なりあう……! 12

2012-08-25 02:01:16
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

やがて、女の顔が離れると、咀嚼の音は赤子に移る。女は涙の尽きぬ瞳を細め、口元をきゅっと吊り上げて……ボロ布を懐にしまうと、再び地面の刃物に手を伸ばした。 13

2012-08-25 02:02:16
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「ア・ララバイ・キャン・ビー・ヒアード・イン・ボディサットヴァ・アームズ」 #1

2012-08-25 02:02:48
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

……一年後。タマ・リバー沿岸部。 14

2012-08-25 02:05:09
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

時刻はやはりウシミツ・アワー。川沿いの土手に明かりが揺れる。その多くがタイマツだ。不規則に間隔を置いて続く明かりの列は、闇に横たわるオオヌギ・ジャンク・クラスターヤードとをつなぐ「絶望の橋」から伸びている。 15

2012-08-25 02:07:13
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「どこだ!」タイマツを手にした男が叫ぶ。もう片方の手には、錆の浮いたマチューテ。「見ろ!」少し前を歩いていた、ライフルを手にした男が叫びを返す。「ここの草が倒れてる!ここに、逃げ込んだんだ!」 16

2012-08-25 02:09:01
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

タイマツの男が駆け寄り、ライフル男の指差す先に明かりをかざす。タマ・リバーの川沿いに生い茂るバイオセイタカアワダチソウの草むら、その一分がダンジョンの通路めいて押し開かれている。「間違いねえ」タイマツの男はつぶやき、土手を振り返ると、大声で呼ばわった。「みんな!来てくれ!」 17

2012-08-25 02:10:35
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

男の声に、土手に散開していた明かりが一斉に集まった。闇に浮かび上がる人々の顔と得物は、どちらもタイマツや懐中電灯の明かりにぎらぎらと輝いている。「いたか」「たぶんな」タイマツにマチューテの男は押し開かれた草むらを明かりで示した。「オニババはこの先だ」 18

2012-08-25 02:12:33
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「いくか」「いこう」人々は頷き合い、二列の隊伍を組むと、そろそろと草むらに分け入ってゆく。タイマツをかかげるもの、得物を辺りに向けるもの、バイオバンブー槍で草むらを刺し調べるもの……そろそろと、しかし確実に、一団は草むらを進んでいく。 19

2012-08-25 02:14:19
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

彼らはオオヌギ・ジャンク・クラスターヤードの住人である。カチグミとマケグミ、栄えるものと堕ちるものに絶対的な格差を生む、ネオサイタマからのヒエラルキーからもこぼれ落ちた者たち。「絶望の橋」を渡らざるを得なかった最底辺の人々だ。 20

2012-08-25 02:16:11
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

それゆえに、彼らは強い結束を持っている。ネオサイタマという、生ける巨大な不条理の足元を生き抜かねばならぬ彼らには、互いを支えあうより他に生きる道はない。彼らはそれを「アイミ・タガイ」と呼ぶ。平安時代の人々が持っていた、奥ゆかしい相互援助の精神から名前をとったものだ。 21

2012-08-25 02:18:09
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

本来、それはオオヌギ住民が、互いの生活をカバーしあうために、また、彼ら自身を面白半分に襲うヨタモノやパンクスの襲撃や、オオヌギを押し潰して省みぬネオサイタマの不条理な暴威から守るためのものだ。しかし、それが今は、彼らをして、なにものかを駆り立てさせる原動力となっている……。 22

2012-08-25 02:21:00