シンギング・イン・ザ・レイン♯2
- EVO_Hitachi
- 1111
- 0
- 0
- 0
潜水服の奥で震えながらウスイは答えるが、猫背男はウスイを睨み上げる。「信じられねぇなァー?」そして猫背男は両手で彼女の右腕を掴み、プレハブの影へと引きずろうとする!「あ、あの、肩は」「ダッテメッコラー! アバラも折れたんだオラー!」 22
2015-03-26 15:33:53もはや猫背男の言いがかりだとウスイにも分かる。「やめてください! ヤメテ!」しかし、大人の男には力で敵うわけもなく、抵抗虚しくプレハブの裏手まで引きずられてしまう。「その潜水服の下に、良いものを隠してるかもしれないからなァ……」猫背男が彼女を突き飛ばし、馬乗りになる。 23
2015-03-26 15:40:13男はもがくウスイを軽々と押さえつけ、力任せにヘルメットを引きはがす。「助けて! 誰か! イヤだ! 誰か! 助けて!」ウスイの叫び声は誰にも届かない。否、誰も拾わない。ここはオオヌギだ。サヨナラ&ファックが常習の当たり屋に掴まった少女になど、誰も関わらない。 24
2015-03-26 15:46:37「ヒューッ! 意外とマブ!」猫背男の手が、ウスイの細い首にかかる。「カネが無いならしょうがない、しょうがないよなァ……ヒヒヒ……」首の脈をしめられ、視界がじわじわと赤く染まる。弱々しく男の背中を叩いていた手が、力を失い、汚れたコンクリートにぶつかった。 25
2015-03-26 15:48:52((苦しいな……ここで死んじゃうのかな……父さん、潜水服、壊しちゃってごめんなさい。母さん、こんなところで死んだら困るよね……ごめんなさい)) 26
2015-03-26 15:51:08――どれほど経ったろう? ウスイは生ぬるい水に浸かる感覚で目を開いた。潜水服の中に、何かが入り込んでいる。その正体を悟り、ウスイは悲鳴を上げて跳ね起きた。「ウワーッ!」雨だ。雨に当たっている。はぎとられて露わになった頭部から、潜水服の中にまで汚水と雨水が入り込んでいる。 29
2015-03-26 15:56:43「い、いやだ……! どうして……どうして……!」ネオサイタマの雨は死の雨。当たれば半日も生きてはいられない。((ビョーキが治ったら良いなって……思っただけなのに、どうしてこんな……!))ウスイは泥水の中に手をつき、うずくまった。 30
2015-03-26 16:06:31呪う相手を見つけられないまま、ウスイは涙をぼろぼろとこぼし、水たまりを叩いた。何度も、何度も叩いた。跳ね返った泥水が彼女の顔を汚した。その泥水に映った物を見て、ウスイの手が止まった。 31
2015-03-26 16:08:52泥水に映るウスイには、何も起こっていなかった。その顔には、発疹も、じんましんも、爛れもなかった。ぎょっとして、水たまりをのぞき込む。 32
2015-03-26 16:11:35歪んだ水たまりの中には、見慣れた陰気な少女の顔があった。這うように、打ち捨てられた潜水ヘルメットへ向かう。映り込むのは、やはり同じ顔。ウスイは顔に触れて感触を確かめる。何もない。 33
2015-03-26 16:13:08篠突く雨の中、彼女は一種の閃きを得た。やおら立ち上がり、潜水服を脱ぎ捨てた。顔を上げ、雨を全身で受け止めるように手を広げた。しばらく雨に打たれても、ウスイの肌は綺麗なままだった。
2015-03-26 16:15:28「ア……ア……」ウスイの瞳が輝く。体じゅうに、生まれて初めてのエネルギーが沸き上がるのを感じる。犬めいた仕草で頭を振り、額に張り付く前髪をかきあげる。土砂降りの中、ウスイは両手で水たまりを叩いた。何度も、何度も叩いた。ウスイは泣きながら笑っていた。 34
2015-03-26 16:18:14「ヤッター!」ウスイの上げた歓喜の声は、誰にも顧みられることなく、雨のオオヌギに響いた。その背後で猫背の男が死んでいたが、彼女がそれに気づくことはなかった。 35
2015-03-26 16:21:38