彼女の病気の話。

キト②
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イフ@東都へ行こう @2_tnm

父が母を捨てた。 私が小学校に上がる頃だった。 いつも優しくて堂々としていた父の、さよならの顔を思い出す。 幼い頭じゃ、事態を上手く飲み込めなかったけれど。 もうこの人に頭を撫でられることがないと思うと、ひどく悲しかった。 ひどく、寂しかった。 母のせいだと思った。

2015-03-25 16:13:20
イフ@東都へ行こう @2_tnm

部屋の扉の隙間から覗き見た、母の泣き顔をよく覚えている。 この人は、父がいないとだめな人だった。 それなのに、捨てられた。 一人で立つための脚を持たない母は、父にとってはさぞ重かったことだろう。 それ以来この家には、母と、私と、妹の三人しかいない。 女しか、いなかった。

2015-03-25 16:18:46
イフ@東都へ行こう @2_tnm

母は私と妹を養うために、這ってでも働いた。 泣いても吐いても働いた。 私は一家の穴を隠すように、目立たぬよう、息を潜めて生きた。 妹は首を傾げていた。 そうして、小学校の高学年になった頃に、気付いた。 捨てられたのは、母だけじゃなかったのだと。

2015-03-25 16:32:00
イフ@東都へ行こう @2_tnm

父は、私と妹の、どちらも引き取らなかった。 その両方が父にとって荷物だったからだ。 経済的なものが理由か、精神的なものが理由か。 おそらく後者だろう。 私たちは三人とも、捨てられたのだ。 捨てられた一家なのだ。

2015-03-25 16:42:02
イフ@東都へ行こう @2_tnm

誰とも目を合わせないように生きてきた私に、転機が訪れたのは小五の頃。 初潮を迎えた。 保健体育の授業で習ったものだった。 頭に思い浮かんだことは一つ。 生理がきた女は、子供を産める。 子供を。産める。 その事実が、世界を変えたようだった。

2015-03-25 16:59:31
イフ@東都へ行こう @2_tnm

男の人のグロテスクなあれが、私の中に入る。 私は子供を産める。 母が、私と妹を産んだように。 それは魔法のようだった。 あり得ない、異世界の出来事のようだった。 どんなファンタジー小説よりも、心がときめいた。 やって、みたかった。

2015-03-25 17:05:08
イフ@東都へ行こう @2_tnm

そのまま、小学生のうちに、処女を失った。 血が出た。痛かった。 いつまで待っても子供は産まれなかった。 次の相手を探す。 もしかしたら、年上の相手の方がいいのかもしれない。 年上を探す。

2015-03-25 17:08:37
イフ@東都へ行こう @2_tnm

中学生になる頃に出会った高校生の男に、避妊具の存在を教えられた。 「ゴム?」 「ああ、子供ができないように」 首を傾げる。 「子供が出来ないなら、しない」 子供を産みたいのだと、私は言った。 そうでなければ、意味がない。 男は、難しい顔をした。

2015-03-25 17:11:42
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「子供を産んで、どうするの」 「一緒に暮らす」 できれば男の子がいい。 家に男性がいないのは、なんだか歪な気がした。 「育てられないよ」 男は言った。 男は私を押し倒した。 ゴム越しの感覚に、それでも私は、生まれて初めての快楽を味わったのだった。

2015-03-25 17:16:39
イフ@東都へ行こう @2_tnm

その時、確信した。 父と母は、きっと、私を産もうと思ったわけじゃなかったのだ。 ただ、したいからしていたのだ。 気持ちいいからしていたのだ。 そして私が生まれたという事実が、母から父を奪った。 そうして私からも、父を奪った。 私はなんだか、獣のように興奮した。

2015-03-25 17:20:38
イフ@東都へ行こう @2_tnm

それからはただ、ずっとしていた。 授業を受けていない間は、とにかくした。 母の泣き顔。父の笑顔。 ああ、もっと私を求めて、と願った。 抱きしめて、受け入れて、体中を撫でて。 隙間が埋まっているわずかな時間だけ、私は生きている、と思った。

2015-03-25 17:26:18
イフ@東都へ行こう @2_tnm

ある時、母の給料と父の養育費を食い潰す、真面目な妹が言った。 「それが愛だとでも思ってるの?」 うん、と頷く。 間違いなく、これは愛だった。 だって、子供が産まれるようなことだもの。 私もあなたも、こうして産まれたんだもの。 愛でなければ、愛でなければ、なんだというのだ!

2015-03-25 17:33:23
イフ@東都へ行こう @2_tnm

高校生になって、更に多くの人と遊んだ。 もう、快楽を求めているのかなんなのか、自分でもわからなかった。 病気だと言われて、納得した。 死ぬまでやめられそうになかった。 でも、ずっと、男の人のしっかりとした体の中に、あるものを求めていた。 探していた。

2015-03-25 17:38:00
イフ@東都へ行こう @2_tnm

だから、本当は、やめたかったのかもしれない。 やめるために、探していたのかもしれない。 父性でもなく。 居場所でもなく。 愛ですら、なく。 ずうっと、ずうっと、それは見つからなかった。 女の人の柔らかな体の中にも、見つからなかった。

2015-03-25 17:42:24
イフ@東都へ行こう @2_tnm

諦めのように、微笑む。 それでも、祈るようにして、目を閉じた。 病気の私と。 見つからないそれと。 訪れない、未来。 今はただ、腰を振る。 この繋がりが、世界との繋がりが、切れないように。

2015-03-25 17:58:01