天叢雲剣譚【2-3】

天叢雲剣譚【2-3】 前提督、雨野の嫌疑を晴らすために決意を新たにする叢雲。その先にいたものは――。
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天叢雲剣譚 @sio_murakumo

スタスタと足早に演習場に向かう。早く動かしたくて堪らない身体が、むずむずと疼いているのだ。 少しでも力をつければ、真実に、雨野提督に近づけるかもしれない。そのための努力なら惜しむつもりはない。なるべく力をつけて、一分でも一秒でも早く、あの人に会いたい。それだけが原動力だった。

2015-05-17 22:07:57
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

だが、私一人でどうにかなるのだろうか? 本営に近づくためには艦隊全体の力を底上げしなければならない。そのことを艦隊の仲間に言う、という選択肢も思い浮かんだが、それはすぐに頭から振り払った。他のみんながどう思っているかわからないのに、私自身の目的のために巻き込むわけにはいかない。

2015-05-17 22:12:40
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

そんなことを考えながら歩いていると、工廠横に隣接されている演習場に知らないうちに辿り着いていた。 「どうやら先客がいるようね」 徐々に熱さを伴っている日差しにより、一層強く輝く水面の上を数人の艦娘が駆け抜ける。彼女たちによって巻き上げられた水滴がその煌びやかさを強調していた。

2015-05-17 22:23:54
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「あら叢雲さん。どうされたんですか?」 演習場に降りるための桟橋、その上で動きを注視していた神通が私に気付いて声をかけてきた。神通の方へと歩み寄りながら演習場に目を向けると、どうやら大井と日向が航行の練習をしているようだ。新しく来た二人は慣れていないせいかその足取りは覚束ない。

2015-05-17 22:32:23
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「ちょっと身体を動かしたくてね。場所、使ってもいいかしら?」 「ええ、大丈夫ですよ。これから少し休憩を挟むつもりでしたから」 「そう、助かるわ」 そう短く返し、艤装が置いてある工廠へ向かう。いつの間にか綺麗に磨かれ、鉄本来の輝きを取り戻していたそれを手に取り、装着していく。

2015-05-17 22:36:31
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「これで良し……っと」 最後に愛用の槍を右手に持ち、全艤装の装着を終える。完璧に整備されているおかげか、それだけで気持ちが昂ってくるのがよくわかった。その気分そのままに海へと駆け出せば、陸の上では照りつけるような日差しが心地よいものへと一変するこの瞬間が気持ちよくてたまらない。

2015-05-17 22:42:44
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

普段出撃する方向から逸れ演習場へと向かう海路へと入る。演習場に着くと練習していた二人が額に玉のような汗を浮かべて水分補給をしていた。どうやら今なら使いたい放題のようだ。 まず演習場の外円を一周して軽く身体を慣らす。所謂、準備運動をしてからでないと身体は思うように動かないものだ。

2015-05-17 22:49:20
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

続いて艤装に弾を装填する。これは戦闘用のものではなく、それより威力を落とした練習用(火薬や使われている鋼材が比べられないほど安い)のものだ。他の大きな鎮守府では演習時も戦闘用のものを使わせてもらえるという話だが、ここのように財政、資材共に厳しいこの鎮守府には縁のない話である。

2015-05-17 22:56:27
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

最後に左手の魚雷発射管を確認して、演習場に浮かべられている四つの的を見据える。一つ深呼吸をして水面を全力で蹴り上げて一気に加速する。的と自分の距離がぐんぐんと縮まっていくがそんなことは気にも留めず突き進んだ。そして一定の距離を切ったところで装填されている砲弾を一つ目の的に放つ。

2015-05-17 22:56:52
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

放たれた砲弾は的の中心をえぐるように命中し、的に新たな焦げ跡を残す。息を吐く間も無く、砲弾をそう遠くない二つ目の的へと放つ。今度は中心から少し右下へとずれたが的の端を掠め取った。続いて三つ目四つ目と連続で砲弾を放つと、どちらも綺麗な放物線を描いて吸い込まれるように的に命中した。

2015-05-17 23:02:40
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

これで砲撃用の的は全て狙い終わった。最後に残った魚雷用の的を狙うために身体をぐるりと反転させる。それは海面に半分だけ顔を覗かせているブイが二回りほど大きく作られているがそれ以外に差異はない。そしてその的目掛けて左手の魚雷発射管に装填されている三連装魚雷を海中へと放つ。

2015-05-17 23:06:25
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

華麗に魚雷は命中し大きな水柱を形成する――はずだった。だが私の思惑は外れて的からさらに奥、演習場の外円付近で大きな水柱が形成されただけだった。海上では的が海風に揺られて寂しげに揺らめいている。 「はぁ、また外したわ……」 まざまざと見せつけられた現実に私は肩をがっくりと落とす。

2015-05-17 23:13:14
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

そう、私駆逐艦叢雲は魚雷の狙いを定めるのが大の苦手である。 駆逐艦にとって致命的であると自覚しているが、それだけで簡単に直るものではない。もはや才能というより、センスがないのではと疑われるレベルである。断片的な記憶が確かであれば、軍艦の頃はそうではなかったとは思っているのだが。

2015-05-17 23:17:19
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

頭を抱えたくなるが、それを堪えスタート地点へとゆっくり滑る。残された的を恨みがましく見つめて。 「まだ、ダメですか」 神通が気まずそうにしてきた質問に私は黙って首を横に振った。 「……そうですか。一体何故なんでしょうね」 「それは私が知りたいわ。どうもここまでできないのか……」

2015-05-17 23:22:42
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

神通は桟橋の上で伏し目がちに黙りこんでしまう。これまでも何度か魚雷の扱いについて指導を受けたが、そのどれをこなしても自身の技術が改善される見込みはなかった。そのこともあってかどうやら神通は負い目を感じているようだ。……と以前不知火とたまたま食事で相席になったときに漏らしていた。

2015-05-17 23:28:03
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

そのことを知ってからというもの、一層訓練に励むようになったがそれでも成果は得られなかった。ただただ空回りするばかりで時間だけが過ぎていき、焦りと苛立ちが募る日々が無為味に過ぎていった。それをおそらく見ていたであろう神通には並々ならない感謝と、申し訳なさが常に頭に渦巻いていた。

2015-05-17 23:28:13
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「神通は悪くないわ。だから気にしないで」 「いえ、それでは……」 「大丈夫よ。アイツが来たせいで時間はあるんだから、また水雷戦のコツを教えてちょうだい」 「……わかりました」 そう言って神通は力なく微笑む。それだけでも心が休まるものだ。 しかし、そんな優しさは長く続かなかった。

2015-05-17 23:33:43
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「あら、初期艦だって言うから期待してたんだけど、大したことないのね」 不意に飛び込んできた聞き慣れぬ声。その方向を振り返るとムスッとした表情で足をぶらぶらさせている大井がいた。 「……どういうことよ」 「そのまま、言った通りの意味よ」 そう言うと大井は水上にするりと降り立った。

2015-05-17 23:34:20
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「まあ、別にいいんだけれど。私がお手本を見せてあげる」 そして大井は水上を蹴り上げると、私が撃ち逃した的へと向かっていく。先ほどまでの覚束ない足取りは何処へやら、ぐんぐんとスピードに乗る大井。と思いきや、急にぐるりと方向転換し的のあるラインに対して平行に進路を取る。

2015-05-17 23:46:59
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

次いで大井は身体を九十度左へと向きを変え、スピードを落とすことなく――つまり横に滑りながら左手の前腕に取り付けられた魚雷発射管を水面に向ける。息を吐く間もなく魚雷を全て海面に撃ちこんだ。等間隔に放たれたそれは白い雷跡を僅かに残し一直線に的へと向かって行く! そして次の瞬間――。

2015-05-17 23:47:52
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

一本目の魚雷が的のブイに的中した。激しく飛沫をあげ、その全体を大きく揺らす。それが治まらないうちに二本目、三本目の魚雷が吸い込まれるように当たり、ドォンと揺さぶられるような音が鳴り響く。そして止めと言わんばかりの四本目がこれもまた、水面で荒ぶるブイの中心へと的確に当たった。

2015-05-17 23:52:51
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

その衝撃に耐えかねたのかブイはいくつもの破片をまき散らし、海上にいくつかの波紋を残す。バランスを失った的はそのままバシャンと後ろへと倒れ、そのまま海中へと沈んでいった。 残された私たちがその流れるような技術に呆気にとられていると、ぐるりと一周してきた大井が悠々と戻ってくる。

2015-05-17 23:53:18
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「まあこんなものかしらね」 「大井さん、これは」 神通が戸惑いながら尋ねるが、大井は肩にかかった赤みがかった茶髪をさらりと後ろへ流して、淡々と答える。 「別に普通にやっただけよ。身体が思うままに、ね」 「は、あ……」 神通が言葉に詰まると、大井は私の方に不機嫌そうに向き直る。

2015-05-17 23:58:12
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「叢雲さん」 「……何よ」 「艦娘として来たばかりの私がここまでできるのよ? ……努力が足りなくて?」 「……ッ!」 突き刺さる大井の言葉。槍を持つ手に意図せず力が入る。大井はそう言うと私たちを置いて立ち去ろうとする。 「大井さん! 何処へ……」 「もう帰るのよ。十分でしょう?」

2015-05-17 23:58:54