トゥー・テンプラズ・ゼア・イズ・ノット・フォー・ファーザーズ#3後編

たろりん(ニンジャ) @tarorininja

ハッピーバードはそのユニーク・ジツを用い空を走る。ネオサイタマ市民は空を見上げない。空に仕事はないし、曇天が空に蓋をしているのを確認したところで気が滅入るだけだ。22 #tnjtk

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仮に空を見上げ、空を駆けるハッピーバードの姿を目撃した者が居たとしても、飛行機かドローンの見間違いだと自分を納得させて終わりにするだろう。少なくともそれはニンジャではない。ニンジャなど存在しないのだから。23 #tnjtk

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ナブセは医者の制止も聞かず、半ば無理矢理に退院した。ワタナベが何に巻き込まれたのかは分からない。皆が社会の闇に踏み込むのを恐れ、ワタナベの名前すら出そうとしない。「尻の小さなブッダ」ナブセは、病室を出る直前、飾られたままのミニバイオレンゲに呼びかけた。25 #tnjtk

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「俺たちの苦しみを、俺たちの寂しさを」バタン。ナブセは暗い病室の扉を閉め、言った。「…少しだけでいい。和らげてくれないか」そうして病院の廊下を歩き出す。屈強な体躯、カラテ漲る所作。デッカーとして過ごした年月が、彼の眉間に深いシワを刻んでいる。26 #tnjtk

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ALAS！一体それを誰が知ろう。一見この上なくタフに見える彼の心は繊細で、かつ殺人の狂気に犯され、ヘイキンテキは殆ど恒常的に失われている。彼は強く、哀れな男だ。そして決して善人ではない。彼の本質は、異常サイコ暴力マニアックなのだ。27 #tnjtk

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((分かっている。俺は死ねばジゴクに落ちる。しかしブッダ、今だけは…今だけは、頼む。俺にワタナベ=サンを救わせて欲しい))ナブセはミマミを思い出す。夫の捜索願をナブセを通じて出した時の彼女だ。つとめて気丈に振る舞っている彼女を、ナブセは、美しいと思った。28 #tnjtk

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自分の血に染まった拳で何ができるだろうか。人を殴り殺すことにしか使ってこなかった拳で。この手は誰かを愛するには向かない。しかし、この世界の不条理を殴りつけるには向いている。ナブセは、じっと己の手を見た。((ワタナベ=サンを連れ戻す))そう誓った。29 #tnjtk

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翌日から、ナブセは熱心に調査を開始した。巨大な陰謀に巻き込まれているのであろうワタナベの居所は、直接には調べることはできないだろう。しかし、失踪する前の彼の足取りなら掴むことはできる。オハギが隠された場所にワタナベは行ったはずだ。30 #tnjtk

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白兎を追いかけることができないならば、アリスの足跡を辿れば良い。ワタナベの現在の居所がどれだけ隠蔽されていようとも、ワタナベが捜査したであろう場所を徹底的に調べあげれば彼の足取りを捉えることはできるはずなのだ。ナブセは執拗にオハギ捜査に取り組んだ。31 #tnjtk

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ハズレばかりを引いた。末端の売人を捕らえても、オハギの流通ルートを掴まねばワタナベには辿り着けない。きっとワタナベはアタリに辿り着いたのだ。ナブセがこれほど苦労しても見つけられないブルズアイ。ワタナベの足跡を探しながら、ナブセはソンケイを感じていた。32 #tnjtk

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…そうして、ナブセはメン・タイ流通経路に目をつけた。デッカー内でも数人しか知らず、全員が黙認している違法の流れだ。「ウナギにドジョウを混ぜる者あり」これは、ナブセがワタナベに授けたインストラクションだ。「ならばかえってウナギを疑うべし」33 #tnjtk

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ナブセがプリントアウトした航空写真には、潮錆びた倉庫街が映し出されていた。34 #tnjtk

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その夜、ナブセはミマミに夕食に招かれた。とても食べきれない量のテンプラの材料が、ワタナベ・ワダチ名義で送られてきたというのだ。((彼の居場所を突き止める手掛かりにならないか))ナブセは一瞬期待したが、首を振って笑った。きっと巧妙に細工されているだろう。35 #tnjtk

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ナブセが小さなアパートメントの扉をノックすると、モチヤッコめいた男の子が扉を開けてくれた。「ドーモ、ナブセ=サン！」ナブセは笑って答えた。「ドーモ、ナットウ=サン。お呼ばれしました」ナットウに手を引かれ中に上がると、ソバツユの煮えるいい匂いがした。36 #tnjtk

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「すみません、ナブセ=サン。少し手が離せなくて」少し疲れた顔の、鍋でテンプラを揚げている途中のミマミが振り返った。「ようこそ」と書かれたエプロンをした、彼女の胸は豊満だ。「いえ。夕飯に呼んで下さりありがとうございます」ナブセは不器用な返事をした。37 #tnjtk

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ナットウの観ているのであろうテレビジヨンは、ニンジャヒーローのカートゥーンを流していた。赤い装束に身を包んだニンジャが、痛快なカラテで敵を叩きのめし、物語をハッピーエンドへと導く勧善懲悪の作品だ。「ニンジャ！」ナットウが嬉しそうにモニタを指差した。38 #tnjtk

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「ニンジャよりもカラテカの方が強いかも知れんぞ」ナブセはコタツに座りながら言った。「ナブセ=サン、ニンジャより強いの？」「ああ。俺は無敵だ」「カッコイイヤッター！」ナットウがはしゃいだ。「ワダチ=クンもナットウをからかうのが好きで」ミマミが苦笑した。39 #tnjtk

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しばらくして、ミマミが山盛りのテンプラを皿に乗せてやってきた。「テンプラだー！」ナットウが嬉しそうに言った。「今日は二本だけとか言わないわ。さて、ナットウ・チャンは何本食べられるかしらね」ミマミがナットウのぷくっとした頬をつついた。40 #tnjtk

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「「「イタダキマス」」」3人の声が重なった。食事中、ナブセも、ミマミも、ナットウも、ワタナベの名を出さなかった。天気の話や、病院食、ニンジャ、モチヤッコなどの当たり障りの無い話ばかりをした。日本人の常識として、ラッコなどの政治的な話題も避けた。41 #tnjtk

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ナットウはエビを4本食べたところで満腹になってしまい、カートゥーンを見ていた。ミマミも野菜のテンプラを一通り食べた後にお箸を置いた。量が多すぎるのだ。((相当高級な食材だ。オーガニックかもしれない))ナブセは黙々とカボチャを食べながら考えていた。42 #tnjtk

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ナブセは一時間ほどかけて全てのテンプラを食べ切った。ミマミは洗い物を殆ど終えて憩っており、ナットウはうとうとしていた。「ナブセ=サン」ミマミが口を開いた。「…私は、テンプラよりも、あの人に帰ってきて欲しいです」ナブセは無言で頷いた。分かる。43 #tnjtk

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チャを飲み終えたところで、ナブセは帰宅を申し出た。ナットウが目を覚まし、不安そうにナブセのズボンを握った。ナブセはナットウの頭を撫でようとした己の手を見つめ、引っ込めた。「ダイジョブダッテ」ナブセは似合わない言葉で、似合わない笑顔を作った。44 #tnjtk

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ミマミに見送られ、玄関を出たナブセは、しばらく夜道を歩き、立ち止まった。先ほどから粘りつくような視線を感じているのだ。「誰だ」ナブセは夜の闇に呼び掛けた。「…ウ」ナブセの背後、空に張り巡らされた電線の上から、獣のような、微かな声が聞こえた。45 #tnjtk

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ナブセは振り返り、見上げた。鼠色のコート。アンコに汚れたシャツ。鳥の嘴を模したメンポ。痩せぎすのニンジャが、青い炎を周囲に浮かべ、電線に止まるカラスめいて、ナブセをじっと見下ろしていた。「…ワタナベ=サン？」ナブセは突発的にそう問うていた。46 #tnjtk