- laurassuoh
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自分の絵を褒めてくれた友人に心酔して一緒に暮らそうって口説きおとしてその大好きな友人に絵を完全否定されて精神不安定になってでも一緒にいたくてすがる程心は離れてある日ナイフをもって待ち伏せして、でも傷つけられなくて自分の耳を切り落として精神病院に入ってどこのBLだよゴッホだよ
2015-04-25 21:42:21二人が暮らし始めた理由はゴッホの弟テオがゴーギャンの絵を買う画商だったのも大きいとか、精神不安定になったのはお互い芸術観が違いすぎてゴッホ曰く「電気的な」議論が絶えなかったからとか、切りつけ未遂はゴーギャンに睨みつけられてビビったからだとか、そういうのを極端に美化するとこうなる。
2015-06-15 01:13:53ゴッホとゴーギャンでBLやるならあいつらは尊敬する画家も別なら目指す芸術の表現方法、思想も異なっていたことを意識しておかないと。さっきのだとゴッホが何かヤンデレっぽくて、クールなゴーギャンに振り回されてるみたいだ。所謂プリニウスの時からある逸話の信憑性云々の話にも思えてくるな。
2015-06-15 01:19:14ゴッホとゴーギャンで個人的に一番BLを感じたのは「日本の芸術家は自画像を交換する」という神話を信じこんだゴッホがゴーギャンに自画像の交換を申し込んだ話。画像はそれで、1枚目からゴーギャン〈レ・ミゼラブル〉とゴッホ〈仏僧としての自画像〉 pic.twitter.com/z755SeroCl
2015-06-15 01:24:50実際はBLでも何でもないんだけど、最初のRTのように確証がある逸話や史実から萌えを見出すには自画像交換の話が分かりやすい。この頃(といっても1888年なので共同生活がその10月から始まって12月23日に事件が起きる)はまだ仲が良くて手紙でお互いの絵の意味とか思想を語ってたのだ。
2015-06-15 01:33:22それより事件後、ゴッホの唯一の友人だった郵便配達夫ルーランさんが転勤したことで黄色い家に戻ってきたゴッホの孤独感が増したことの方がBLっぽいよな 1889〈郵便配達夫ルーランの肖像〉 pic.twitter.com/ROueUflbC0
2015-06-15 01:37:16ゴッホはこの他にゴーギャンの不在、弟テオの婚約などが重なって精神を病み、周囲の住人の懇願もあって病院に収容されます。サン・レミ療養院にて発作を繰り返しながら、安定期には絵を猛烈に描くゴッホは弟の計らいでオーヴェールの芸術を理解する医師ガシェの元で制作に没頭するのです。
2015-06-15 01:43:43「夏はオーヴェールで過ごそう」というゴッホを振り切ってオランダに戻っていたテオ一家。ゴッホはパリで窮乏に喘ぐテオの姿に責任を感じ自殺を決意したとされています。1890年7月27日、ゴッホは拳銃自殺を図り2日後に死去。テオはその後ゴッホの葬式中に倒れ、精神を病み半年後に死去します。
2015-06-15 01:48:35テオは慢性的な病気を患っていたと言われていますが、兄の自殺が彼の精神に多大な影響を与えたことは確かでしょう。歳の差4歳の二人は子供の頃から大変仲が良かったのです。さて、残されたテオの妻ヨーはその後苦労を重ねながらゴッホの作品管理、800通もの手紙の整理・出版に尽力しました。
2015-06-15 01:51:57彼女は当時ガラクタ同然のゴッホの絵を大切に保管していました。ゴッホが現在知られるようになったのは彼女の功績も大きいと言えるでしょう。二人の死から23年後、ヨーはテオのお墓をオーヴェールのゴッホのお墓の横に移し、「永遠に一緒にいられるように」取り計らったのです。
2015-06-15 01:53:59こうして見てくるとゴッホとテオの絆には特に逸話を挿入せず史実を並べただけでも心打たれるものがありますね。テオの息子(甥)が誕生した時に送った〈花咲くアーモンドの枝〉を眺めつつ、偉大なる画家ゴッホの37年の情熱的な生涯に思いを馳せます。 pic.twitter.com/QUu3GPujha
2015-06-15 01:58:38