希望崎の保険医はバケモノじみた治癒能力を持っている。本来ならば半年間は気絶するはずの椿姫地雷だが、雨竜院電漿は翌日の昼過ぎ、保健室のベッドで目を覚ました。――誰が運んでくれたのだろうか。電漿は考えた。自分のこと。椿姫のこと。これからのこと。果たして自分は許されるのか。1
2015-06-24 19:04:52雨竜院雨弓への劣等感と焦りから、電漿は落雷招聘能力『濫泥礼賛(らんでいらいさん)』に目覚めた。自分は降雨能力を身に付けられるはずだ。何でもいいから降雨能力が欲しい。その一心が天に届き、非常に使い勝手の悪い能力を授かったのだ。つまらない自分に相応しい能力だと電漿は自嘲している。2
2015-06-24 19:37:37魔人の能力は、魔人の精神性を映す鏡である。それでは、カーマイン椿姫の『ブラッディ・レジスタンス』はどうなのか。踏んだ者の全身から激しく出血させ、半年間意識不明に陥らせる対人地雷。表向きの朗らかで優しい椿姫には、似つかわしくない。3
2015-06-24 19:14:38そう言えば、椿姫が芸能活動をやめた理由も聞いたことがない。――電漿は、椿姫のことを何も知らない自分に気付いた。保健室のベッドに横たわりながら、ひたすら考え続けたが、何もわからなかった。果たして自分は許されるのか。許されても良いのか。4
2015-06-24 19:17:36午後21時すぎ。ピピピ、ピピピ。炊事室の電子レンジが加熱完了の電子ベルを鳴らす。カーマイン椿姫、小学六年生。12歳。レンジの扉を開ける。「あちちちち」そう言いながら小さな皿の端を指の先で持って取りだし、素早くテーブルの上に置いて手を放す。小皿の上にはおにぎり。7
2015-06-24 19:26:46「へへへ。プロデューサーさん、びっくりするだろうな」椿姫は可愛らしくほくそ笑む。運転手さんに協力してもらって、家に帰った振りからのサプライズ夜食を決める。夜遅くまで自分のためにお仕事を頑張ってくれているプロデューサーさんに御礼をしたくて、椿姫が考えた作戦だ。8
2015-06-24 19:31:01ほかほかの御飯の中には、鶏の唐揚げとトロットロのチーズ。先週の収録の時、プロデューサーさんが食べ損ねて悔しがってたメニューである。「お客さんは、二人だったかな?」余裕をみて6個作った。「よし!」別の皿に移したおにぎりを持って、会議室に向かう。会議室の中からは楽しげな話し声。9
2015-06-24 19:35:37「そろそろ、つばきゅんも賞味期限だからねー」ディレクターさんの声。(私が……賞味期限……?)ドアノブに掛けようとした、椿姫の手が止まった。「御心配なく。次の子の候補は絞れてきてますよ」プロデューサーさんの声。信じられない言葉。ピピピ、ピピピ。椿姫の心の中で、電子ベルの音。10
2015-06-25 05:32:28「どうです?どの子もツバキより若くて可愛いでしょう?」ガサガサと資料をめくる音。ピピピ、ピピピ。椿姫の中で電子ベルが鳴り響く。「うんうん。やっぱり若い子は良いねぇ。つばきゅん最近オバサン臭くなってきたからねぇ」椿姫の視界が暗くなってゆく。ピピピ、ピピピ。電子ベルの幻聴。11
2015-06-25 04:50:10「しかし、つばきゅんプロデューサー君に随分となついてるみたいだけど、棄てられるなんて可哀想にねぇ」ピピピ、ピピピ、ピピピ。聞きたくない。そんな話、聞きたくない。「やめてくださいよ」プロデューサーさんの、真剣な声。「――僕の守備範囲は小学生までですから」ピピピ、ピピピピピピ。12
2015-06-25 04:56:05ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ 13
2015-06-25 04:59:12頭の中で鳴り響く電子ベルの音。胸の中で渦巻く今までに感じたことない激しい感情。椿姫は手に持った皿を、床に叩き付けて割った。ピピピピピピピ。電子ベルの音は止まらない。おにぎりを踏み潰す。ピピピピピ。電子ベルの音は止まらない。おにぎりを踏み潰す。踏み潰す。ピピピピピ、ピピピピピ。14
2015-06-25 05:03:24会議室から飛び出して来て、椿姫を見て愕然とした顔をするプロデューサー。ピピピピピピピピピ。電子ベルの音が止まらない。止まらない。止まらない。椿姫は潰れたおにぎりの散乱する床に手を当てて「……セット」胸の中でやかましく鳴り続ける電子ベルの音に応えた。「……レジスタ」15
2015-06-25 05:09:39翌朝、10aプロダクションを訪れた清掃員は、大量の血で染められた廊下に倒れている三人の男を発見して叫び声をあげた。三人は半年間意識不明の状態が続いたが、幸運にも意識を取り戻し回復した。そして、カーマイン椿姫の姿がテレビ画面に映ることはなくなった。16
2015-06-25 05:18:0450m級幼女、大鱈ぼっち子は空を見上げた。雲が、集まってくる。白かった雲が集まって、その色が黒ずんでくる。焼きそばパン争奪戦の日に見たのとおんなじカミナリ雲だ。あの日の激しい雷鳴を思い出し、知らず知らずに新校舎の上に置いた手に力がこもる。(ひいい……)怯える新校舎。1
2015-06-25 08:17:06「ぼっち子ちゃん、大丈夫?」呼び掛ける声に右肩の上を見ると、石ノ中煮炒が心配そうな顔で見ていた。新校舎の軋みに気付き、飛んできたのだ。あれから、ぼっち子には沢山の友達ができたけど、肩の上は煮炒と地対空サーベルタイガーDXの小次郎だけしか乗れない特別な場所だ。2
2015-06-25 08:23:35ぽつり、ぽつり。煮炒は手の平を天に向け、雨粒が落ちてきたのを確認する。「降ってきたね。早く帰らないと濡れて風邪引いちゃうよ?」「うん……」ぼっち子は、ゴロゴロと鳴る黒い雲を見上げて不安げな表情。ミシリ。手に力が入り、新校舎が悲鳴を上げる。3
2015-06-25 08:27:29「よしよし。しょうがないなぁ」煮炒は、ぼっち子の頬を優しく撫でながら言った。「今日は一緒に帰ろう。それなら、カミナリの怖さも半分でしょ?」煮炒の言葉に、ぼっち子の曇っていた表情がぱあっと晴れ渡った。「うん!」笑顔でそう答えたぼっち子は、右肩に煮炒を乗せて自宅への進撃を開始した。4
2015-06-25 08:31:37カーマイン椿姫は、教室から窓の外に広がる黒い雲を見つめながらプンプン膨れっ面。(フン。せいぜい悩むといいよ。電漿くんの馬鹿馬鹿バーカ!)保険医の先生に任せたから、地雷からの回復は心配いらない。後は保健室で寝ながらじっくり反省してくれればそれでいい。6
2015-06-25 08:37:28