@kokekuzu 英仏百年戦争の頃について ・百年戦争の原因 →イギリス王国初代ノルマン王家が、フランス諸侯出身だったことによって起こったフランス王位継承問題 ・当時のフランスは、イギリス王を支援するブルゴーニュ派と、シャルル七世を擁するアルマニャック派に分裂
2015-08-04 12:56:32@kokekuzu ・そもそもイギリスに対してシャルル六世の娘をイギリスに嫁がせ、王位はその息子に譲る、という取り決めをしていたために王太子シャルル七世は廃嫡(相続権の剥奪)されていた pic.twitter.com/AP6slyJN0L
2015-08-04 12:56:55@kokekuzu ジャンヌ・ダルクの生い立ち ⑴ジャンヌの名前 ・故郷のドンレミ村ではジャネットと呼ばれていた ・父はジャック・ダルク、母はイザベル ・家を出てからは父の姓を取りジャンヌ・ダルクと称するようになる
2015-08-04 12:57:02@kokekuzu (2)普通の少女ジャンヌ ・ある程度恵まれた農家出身 ・祈りの言葉をよく知り、同じ年頃の模範となるようなよく働く娘 ・教会や聖なる場所に信仰深い態度で足しげく通っていた
2015-08-04 12:59:34@kokekuzu (3)ドンレミ村について ・フランス北東部、シャンパーニュ地方とロレーヌ地方の境 ・妖精信仰のある「妖精たちの木の村」 →「妖精たちの木」と呼ばれる丘の上にある名物の古い一本のブナの木 (妖精は年配の女性のような姿)
2015-08-04 13:02:40@kokekuzu ジャンヌの聞いた声について ・初めて声を聞いたのは13の頃、真夏の正午ごろに父親の畑で ・17のときに王に会い王の軍を率いてオルレアンを解放せよという具体的な内容の声を聞く (※豆知識※現代でもフランスでは空耳を聞くと「声を聞いた」と表現することがある)
2015-08-04 13:05:44@kokekuzu ・聖女カトリーヌ、マルグリット、大天使ミカエルの姿をとった声 →審問の際に聖職者が「大天使ミカエルは服を着ていたか?」と質問すると、ジャンヌは呆れたように「神は天使に着せる服もないと?」と答えた
2015-08-04 13:09:15@kokekuzu 『声』の真偽 ・悪魔の声?神の声?妖精の悪戯? →シャルル七世によってポワティエで聖職者により審問が行われた →身近に超自然的な妖精信仰があったことから悪魔の影響を受けやすいのでは?という疑惑
2015-08-04 13:07:37@kokekuzu 消えた『声』(シャルル七世戴冠後) ・シャルル七世はブルゴーニュ公との講和を望んでいた →諸侯の信任を得て王になれた満足感があった ・ブルゴーニュ公はパリを明け渡すつもりは無かったが、ジャンヌや軍部はパリ奪還を計画
2015-08-04 13:11:52@kokekuzu ちょうどこの頃ジャンヌにはオルレアンを解放せよ、王太子をランスで戴冠させよ、などといった今まで定期的に聞こえていた具体的な『声』が聞こえなくなってしまった
2015-08-04 13:13:13@kokekuzu パリ奪還は上手くいかず戦いは失敗続きに。 シャルル七世とジャンヌの方向性の違いが徐々に出てくる。 この頃ある日のお祈りの際に夏までに捕われの身になるという啓示があった。
2015-08-04 13:14:54@kokekuzu 捕虜になったジャンヌ ・1430年5月、18歳のころブルゴーニュ軍とシャルル七世軍の衝突地域であったコンピエーニュに駆けつけたジャンヌは、ブルゴーニュ派の騎士の捕虜となった
2015-08-04 13:17:40@kokekuzu ⑴異端審問 ・イギリスはジャンヌを魔女として火刑台へ送ることでイギリス軍の恐怖を取り除き、ひいてはシャルル七世の戴冠そのものの妥当性を覆そうとした
2015-08-04 13:21:23@kokekuzu ・重圧の中でジャンヌという少女の驚くべき真摯さ、聡明さ、純粋さ →威圧的な誘導尋問にも堂々と受け答え、ときには審問官たちが真摯さに胸を打たれその日の審問を打ち止めにしたこともあった
2015-08-04 13:23:00@kokekuzu ・声の真偽についてはポワティエでの審問で十分に審議されており資料もあった ・ジャンヌがあまりに確信を持って話すので殆どの人は嘘や気が狂っているとは思わなかった
2015-08-04 13:25:24@kokekuzu 死刑の根拠 ・異端の根拠として扱えるものは宣誓への拒絶、男装などのみだった →宣誓....脱走しないという宣誓を拒絶 男装....馬に乗るために貸与されていたもの (つまり、どれもこじつけのようなものだった)
2015-08-04 13:27:41@kokekuzu 仕組まれた「戻り異端」 ・死刑の根拠が足りないため異端を認めさせた上で快俊させ、再び罪をおかさせる必要があった ・快俊してからの不服従は戻り異端であり問答無用で死刑に出来る
2015-08-04 13:29:17@kokekuzu ・1431年5月24日にもう二度と武器を手にしない、二度と男装をしないという条項を何度も読み返し唱えさせられサインをさせられた →宣誓書はフランス語ではなく読み上げられた事項とは異なる「神の声を聞いたと嘘をつき、教会と敵対し、悪魔に従った」というものだった
2015-08-04 13:34:01@kokekuzu 快俊をしサインしたら少しは自由にしてやると言われたのに鎖に縛られ独房につれていかれ食事は水とパンのみ、ミサにも行けなかった。
2015-08-04 13:35:23@kokekuzu ・ジャンヌはワンピースを着ていたが牢番に暴力を振るわれイギリス貴族に襲われそうになったことも ・独房に入れられて三日後に自分の身を守るために、用意されていた男の服を着た
2015-08-04 13:36:54