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佐野亨 Toru Sano @torusano1124
RT @urbansea 淀川長治がサイレント映画ベスト100みたいなのを選び、その最後に若い人へと聞かれ、「映画は今のものだから、若い人は今の映画をみて」と答えていた。あるいは大川慶次郎は競馬初心者に「じゃあ次の競走を予想しあおう、負けんよ」みたいなことを言っていた。
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淀川長治のすごいところは、晩年まで懐古趣味とは無縁で、タランティーノや北野武をリアルタイムに評価していたこと。また、淀長=標準的な映画批評家、と認識している人も多いだろうが、キネ旬のベストテンなどを見ても淀川さんの選出作品がほかの誰ともかぶっていないということがよくあった。
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淀川さんがアラン・パーカーの『ケロッグ博士』をその年のベストワンに選んでいるのを見たときは「さすが!」と叫んだ。<ウンコとカンチョウと男のあそこが立つ治療。映画美術の中に見るこのお遊び。見て見て笑いたまえ。ことし一番のケッサクよ!> sankei.co.jp/enak/yodogawa/…
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淀川さんは北野武には心底惚れていて、『みんな~やってるか!』も「サイレント映画時代のニコニコ大会を思わせる」と、まさに淀川さんにしかできない褒め方で褒めていた。同時期の日本映画では『無能の人』の竹中直人も高く買っていたが、『東京日和』は「監督が(自分に)酔ってる映画」とバッサリ。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
同性愛を扱った映画にも非常にシビアだった淀川さん。中島丈博の『おこげ』に対しては、野心作ではあるものの、「女の子(清水美砂)でこの映画をふやかした」と苦言。逆に、橋口亮輔の『二十才の微熱』は、「幼稚」と評しつつ、きっちり真正面から題材に取り組む姿勢を買っていた。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
90年代の淀川さんの評価でとても印象に残っているのは、ヴィム・ヴェンダースとジム・ジャームッシュ。『パリ、テキサス』『アメリカの友人』などには好意的だった淀川さんだが、『ベルリン・天使の詩』はいささか幼いと評し、『夢の涯てまでも』には「最低。人間をばかにしてる」と怒りが爆発。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
そして、「だめだね、こんな人は」とヴェンダースを完全に見限り、以後の作品についてはほとんど言及しなかった。対して、ジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』には、「ちゃんと人間にさわってる。えらい人だね」と最大限の賛辞を送っている。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
RT @taiki_nishimura 映画学校に月に一度、淀川長治さんの講義があった。生解説してくれるのだ。毎回、時間を大幅にオーバーし、学校側が止めに入って終わることも。1番覚えているのは、『ベニスに死す』の時。「これをあなたたちに観せるのは勿体無い」から講義が始まった。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
淀川さんの映画学校での講義は、90年代にNHK-BSで「淀川長治の映画塾」として放送されたことがある。『映画千夜一夜』とともに、淀川さんの「厳しさ」を知るきっかけとなった。生徒に向かって「あんたたち、映画を勉強してるのにヴィスコンティも観てないの? バイキンだね」
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
「淀川長治の映画塾」。『夏の嵐』の解説では、男を追って狂ったように走るアリダ・ヴァリを「走る、走る、走る!」と熱っぽく口演。『かくも長き不在』の解説では、ヴァリが戦地から帰還した夫らしき男の手をじっと見つめるシーン、鏡に男の後頭部が映るシーンを映画本編より魅力的に再現していた。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
RT @taiki_nishimura 淀川長治さん、当時映画学校の理事長だった今村昌平監督の作品を、講義で「下品!」と言ったことも。理事長の映画は嫌いでも、純粋に映画を若い人に語りたかったんだろうな、きっと。毎回、熱い講義でしたから。本気の。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
淀川さん、今村昌平作品は認めるものとそうでないものがあったが、基本的には肌に合わなかったようだ。『楢山節考』は口をきわめて酷評。『人間蒸発』は「凄いけど、大嫌いな映画」と言っていた(原一男監督の『ゆきゆきて、神軍』も同じ評価)。日本のドキュメンタリーでは小川紳介がご贔屓だった。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
大島渚に対する淀川さんの評価も厳しかったが、『マックス・モン・アムール』は「みずみずしい傑作」と評し、その成熟ぶりを称えていた。また、『愛のコリーダ』には「見かけ倒し」とやはり批判的だったが、『愛の亡霊』は「大人の映画」と褒めていた。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
それにしてもやはり淀川長治は、蓮實重彦が言うように突然変異的な映画批評家だったと思う。実際、蓮實らシネマ69の書き手たちは、自分が面白いと感じた映画が先行世代によってきちんと論じられていないという不満から出発したが、南部圭之助や飯島正への反発が淀川に対してはほとんど見られない。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
それはおそらく、映画批評がどこまでも文芸批評の雛形のうえに成立していた時代にあって、淀川長治ただ一人だけが「映画の言葉で映画について語っている」という信頼感があったためだろう。言うまでもなく、山田宏一の「映画批評は映画の言葉で書かれるべき」という至言も、淀川への深い敬意による。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
シネマ69の功績を語るうえで重要な記事が映像実験誌Fs2号に掲載されている。西嶋憲生による波多野哲朗インタビュー。ここで波多野氏は、創刊当時、「『キネ旬』は全く無視していました。業界の雑誌ということで。『映芸』は小川(徹)さん独特の政治的な裏目読みには距離を置かねばならないと……
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
……面白い批評を書く人として尊敬はしてましたが、すぐ文学者を連れてきて何か書かせるという小川さんの一種の文学コンプレックスも気になってました。(略)(佐藤重臣の「映画評論」は)映画の作り手を元気づける雑誌という感じで批評そのものの自立という問題はないんじゃないかと考えてました」
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
と語っている。そんななかで、波多野氏や山根貞男らシネマ69の編集同人は「映画」「批評」そして「戦後」という問題意識を共有し、蓮實重彦や上野昂志ら常連執筆者も含め、「映画を見ること」と「映画について書くこと」の関係を徹底的に突き詰めて考えていたという。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
三浦哲哉氏による蓮實重彦インタビューでは、60年代から70年代にかけて、「誰もが見ているのに、なぜ見たことを認識しないのだろうか、という問いがつねにあり」、深作欣二や工藤栄一や鈴木則文が論じられないことへの不満があったと語られている。 flowerwild.net/2006/11/2006-1…
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
波多野哲朗や蓮實重彦の発言を読んでいると、シネマ69が共有していた問題意識と、そこからひと回りもふた回りも時代を経た90年代半ばに映画秘宝が創刊された理由が、実はまったく共通していることに気づくはずである。つまり、映画秘宝は実は蓮實重彦の息子であり、淀川長治の息子でもあるのだ。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
こうした認識をもたないと、シネフィルと映画秘宝系(というか、ハナからそんなものはないのだ)が対立項である、などというまったく誤った見方をすることになってしまう。あるとすればそれは「父への反逆」であり、「近親憎悪」なのである。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
波多野哲朗の言う「批評そのものの自立」という考え方が蓮實重彦の表層批評として展開され、映画と映画批評の言葉を限りなく接近させた結果、いきおい文芸批評を応用することの正当性すら否定してしまったところに問題はある。蓮實氏自身、それについては「悪いシネフィル」という言葉で批判している。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
それは蓮實氏本人の責任というよりも、無自覚にそれこそ表層だけを模倣して憚らなかったエピゴーネンの問題が大きいのだが、いずれにせよそうした「悪いシネフィル」の跋扈に業を煮やした一人が映画秘宝の創刊仕掛人、町山智浩氏であった。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
町山氏の編集による映画秘宝の前身的ムック『映画宝島 発進準備イチかバチか!号』(1990年)には、(それこそシネマ69創刊時と同じように)キネマ旬報をはじめとする既存の映画雑誌、情報誌への憎悪が渦巻き、ほとんど同時代の映画ジャーナリズムへの絶縁状のような様相を呈している。
佐野亨 Toru Sano @torusano1124
たとえば四方田犬彦と稲川方人と大和晶の座談会「ニッポン映画ジャーナリズムのどこがダメか」では四方田氏がこんな発言をしている。「蓮實重彦の『リュミエール』の功罪というのは考えねばならない。僕の知ってた70年代の蓮實さんは、もっと過激で、ラジカルで、快楽原則がはっきりした人だった……
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コメント

佐野亨 Toru Sano @torusano1124 2015年8月20日
まとめを更新しました。
ななし~ず(普通免許取得、二年経過♪) @nonames74 2018年7月10日
>淀川長治のすごいところは、晩年まで懐古趣味とは無縁で、タランティーノや北野武をリアルタイムに評価していたこと。 淀川さんは「新しい映画を見なさい」と言われていた。古い映画は確かにいいところはあるが、新しい映画を見ないとダメだ、と。つまり、ともすれば「新しい映画は見なくていい。古いので十分」と思いがちなところは、それは淀川さんも自覚されていて、ただ淀川さんは映画を「学びの場」ともしていたのもあり、とするなら、新しいのを見ないとダメだと。そして、「新しい映画は面白い」とも言われていた。
ななし~ず(普通免許取得、二年経過♪) @nonames74 2018年7月10日
自分は評論家だから、仕事だから、映画に対しては娯楽のみならず勉強もしようと思ってるから・・・だから、新しい映画を見るのだ・・・、というのを抜きにして、映画を見る人たちに向けては「(たとえ娯楽で映画に触れるにしても)新しい映画を見なさい」と言われていたように思う。古い映画を見なくていいと言っているのではなく。
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