宿り木に舞う蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

ノックをしようと手を上げて。 「……はぁ」 陰鬱としたため息を一つ吐く。 ここに来いってことはつまりそういうことだよな。 中に居るであろう人物の意図を推察すると途端に。廊下の薄暗さが肩に圧し掛かってきた気がした。 「……また怒られるんすかね」 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

これからふりかかる災厄に表情がどんどん強張っていく。 関節という関節が動くことを拒否し始める。 しかしここまできて突っ立ていても埒があかない。 「……こうなったら先手必勝っす。開けた瞬間が勝負っす」 腹を括って覚悟を決めて。口は堅く真一文字。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

固まった体を無理矢理奮い立たせて。 トントンッ 木製の扉を二回叩く。 「誰だ？」 「俺っす」 「来たか。入れ」 厳格な声に促され、取っ手に手をかけ静かに開く。 数多くの骨董品と書物棚が置かれているのに。十分な広さがある誰かの部屋。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

昔から変わらない内装を。歩調は静かに鼓動は激しく。 平然を装い最奥まで。窓辺で座る男の元へ一直線に向かい頭を下げる。 「嘘ついててごめんっす親父！ 反省してるっす！ だから鉄拳制裁だけは勘弁してほしいっす！！」 ……決まった。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

掃除の行き届いた床を見ながら、自身の勝利を確信した。 いくら厳格でも入ってくるなりいきなり。素直に。 頭を下げられ反省されたら怒るに怒れないだろう。 完璧な奇襲に惚れ惚れする。 「……なんの話だ？」 だがそれが自惚れだと直ぐに気がつく。 「ふぇ？」 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

間抜けな声と顔を上げる。 初老一歩手前の相手。自分の親父の顔が、困惑したような呆れたような顔でこちらを伺っていた。 「……えっ、あーっ、いや。なんでもないっす」 「入ってくるなりいきなり頭を下げてきたんだ？ なんでもなくはないだろ？」 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

ただでさえ彫りの深い顔がさらに深くなる。 眉間にシワが寄り、口角をひくつかせて。表情が人からオーガに変わる。 ……あーっ、これもうどう言いつくろってもダメなやつだ。 観念した。諦めた。 殴られる未来を想像してしどろもどろに口を開く。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

「うぅ、まっ、前、猫が悪戯して廊下の花瓶を割ったって言ったっすけど、あれ実は俺が落として割っちゃって……それで……」 伏し目がちの視界に親父の右手が降り上がる様子が映った。 条件反射で目を閉じて。申し訳程度に手で防御する。 暗闇の中。恐怖の中。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

来るべき痛みに備える……が。いくら待ってもやってこない。 恐る恐る目を開ける。 そこには、心底呆れた様子で頭をかく姿があった。 ……あれ？ 今日はなんかいつもと違う。 「……そのことはまた後で叱る。今日呼んだのは別件だ」 あぁ、やっぱり叱られるんだ。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

肩を落としてシュンとしながら。心なしか疲れているような親父を伺いながら。 「別件ってなんすか？」 何か重要な話が始まることを察し姿勢を正す。 「最近漂い始めた不穏な空気についてだ」 「不穏な空気……」 考える。こともなく簡単に思い当たる。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

異形が目を覚ますような。大群が押し寄せてくるような。 例年とは少し違う。体中を這うような嗚咽を催す嫌悪感。 「パブロ。お前はどう思う？」 「どうって……」 急に聞かれて少し驚く。 こういう時まずは自分の意見を言うのが今までの親父だったからだ。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

「……親父は、どう思うっすか？」 だから堪らず聞いてみた。 「お前はここ、パピヨネ領の君主だろ？ だったらまずはお前の意見。元君主であるオレの意見はその後だ」 諭すような言葉にあぁ、なるほどと納得する。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

同時に。 未熟なりとも君主として認めてくれている。その不器用な優しさが胸に染み渡った。 「おいなに笑ってる？」 「いやぁ、なんでもないっす」 「？」 小首を傾げる相手を他所に。ささやかばかりの笑顔を残し。 頭の中で自分の意見を組み立てる。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

「そうっすね……。毎年恒例のイナゴの大発生にしては凶悪と言うか、凶暴と言うか……。うまくは言えないすけど、とにかくそんな『得体の知れない憎悪』みたいなものを感じるっす。こう……別のなにかの……」 結局まとまらなかった考えを口から出し終える。 「……そうか」 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

見計らって。親父が机に置いてあった手紙を差し出す。 「これは？」 「デセオという国にいる友人から送られてきたものだ」 「デセオってあの？」 「知ってるのか？」 「王さまがビキニ着たり着せられたりする混沌の国っすよね？」 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

「違うっ！ ……いや、実はオレもあそこの内情は詳しく知らないんだが、そうなのか？」 「あーっ、俺も噂で聞いただけだからよくわかんないっすけど……」 「……はぁ、あまり噂を鵜呑みにするな。驚くだろ」 「ごっ、ごめんっす」 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

「ともかく、『願望の国　デセオ』からの手紙だ。読んでみろ」 促されて既に封を切られた封筒を開け、中に入った紙を取り出す。 『近々災厄の兆しあり。注意されたし』 開いた手紙には達筆な字で簡素に。なにやら物騒な一言と筆者の名前が書いてあった。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

「災厄の……兆し……って」 「具体的にはわからん」 出すべき言葉を先読みして親父が呟く。 「ただ察するに、混沌とか災厄とか。そういうことに慣れている向こうでも観測できない『なにかが』起こることは間違いないんだろうな」 「じゃあ、この陰鬱とした空気は……」 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

「恐らくイナゴなんかじゃなく、その『なにか』によるものだろうな。お前の意見は正しかったってことだ。成長したな、パブロ」 淡々と。真実だけを語る親父の言葉。 褒められたような気がしたけれど、今はそれが頭に入ってこない。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

額に汗が滲み、頬を伝う。 「……ロ」 イナゴの方がまだ優しい。 姿も形もわかっているから注意も対処もできる。 「……ブロ」 しかし、今回は違う。 得体の知れないものによる災厄。 そんなもの、どう注意すればいいんだ。 どう対処すればいいんだ。 「パブロッ！」 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

「ふぉうっ！？」 意識が自分の内から外へと戻る。 心配そうに見つめる親父の顔で我に帰る。 「あっ、俺」 「……まぁ、不安になるのは無理もない。お前はまだ若いし、君主になったばかりだもんな。だが」 気遣いはここまでと鋭い眼光がこちらを見上げる。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

「こんな時こそ背筋を伸ばせ。胸を張れ。虚勢でもいいから持ち続けてりゃ、いつかは威勢に変わって肝が据わるからよ」 オレも倒れない程度に手を貸すから。 そう言い切ってニヤつく親父を見て、忘れていたことを思い出す。 自分が聖印を受け継いだ理由。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

自身が君主になった理由。 「……親父、横になってなくていいんすか？」 「なんだ、今更か。心配するな。今日は調子がいい方だ」 「無理しちゃダメすよ。もう若くないんすから」 「煩い。オレはまだまだ若い」 悪態をつく様子に隠しきれていない疲れを見る。 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

治らぬ病に蝕まれた親父。 それでもこうして自室に篭り。 威厳を持ち続けて自分を導こうとしてくれる頼れる姿。 それに。 「いや、若くっないっす！ イナゴも災厄も若い息子に任せてじじいはゆっくり休んでおくっすよ！」 #大禍災 #虫愛ずる蝶

ラザニヤさん🍊A6P3 @xP__Px

いつまでももたれかかっているわけにはいかない。 いつまでも頼りにするわけにはいかない。 背筋を伸ばして胸を張る。 威勢に変われと虚勢を持つ。 こっちは大丈夫だから安心して寝てろ。 それが伝われと真っ直ぐ親父を見つめ直す。 #大禍災 #虫愛ずる蝶