騎士と精霊の追想

騎士と精霊の出会いの物語。 今宵はどのような夢を見ますか?
2
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

マーリン「さて、誰もいなくなったかのぅ?もう眠ってしまった者が多いじゃろうな。どれ、眠れない者には、一つお話をして進ぜよう。なに、ある者の夢を覗き見るだけじゃ。ただ、お主たちがよく知るような原典の廻りとは関係のない物語じゃから、煩わしかったらミュートで頼むぞい……ではのぅ」

2015-04-03 01:01:05
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

【とある人魚の追憶】 生きとし生けるもの全てには生きる意義がある、と誰かが言っていたかもしれません。確か名のある賢者だったかしら?けれども、幾ら長生きしてもこの世の全ては見渡せません。現に私はその陰にあたる所で生まれたのですから。現世からはとても目の届かないような、そんな場所で。

2015-04-03 01:06:18
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

例えば、人が生まれる為には二つの命の交わりが必要でしょう。けれど私たち精霊は違います。この世には大自然を司る大精霊が存在していて、そのシモベたる精霊は大精霊の気まぐれなる息吹から生まれるのです。使命を帯びて生み出される者も稀にいますが、私は正に意味の与えられない生を受けたのです。

2015-04-03 01:11:24
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

ただそこに在るだけ、と言うのは簡単です。私は役割も与えられず、空っぽの器を曝け出したまま湖に放り出されました。透明な水が私の空虚な姿を映えさせて、儚い存在である事を自覚させられます。そして誰にも命じられる事なく、何をすれば良いのかも分からぬ私は精霊世界を彷徨うことになったのです。

2015-04-03 01:22:41
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

意義がないからといって、何も芽生えない訳ではありませんでした。同胞たちは私のことを遠巻きに眺めたまま近づきません。最初はそれが何故なのかは分かりませんでしたが、今なら分かります。彼女らは、私の空虚を恐れたのです。気まぐれに生み出され、何者にもなれない私を異端だと認識したのです。

2015-04-03 01:27:36
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

そんな彼女らを見つめて私は思いました、「ああ、虚しい」と。自らを空虚だと認めた時こそ、私に初めて感情が芽生えた瞬間でした。それから長い間ただ在っては眺め、世の理を見つめ、嘆き暮らす日々が続きました。太陽の光が届くくらいに透き通った水底で漂いながら、吐息を泡と化して昇らせます。

2015-04-03 01:33:56
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

そんな私にも転機は訪れました。あれは激しく雨が降っていた日、同胞たちの目を盗んで私は地上に這い出ました。特に興味はなかったはずでしたが、何となくの気まぐれです。肌に雨が打ち付ける中ぼんやりと地上を眺めていると、ふと気配を感じました。視界に映ったのは人間の男たちです。

2015-04-03 01:39:27
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

彼らは町の住民たちでした。私の住処からそれ程離れていない貧しい田舎町です。行商から帰って来たところなのか荷物を抱えて、些か疲弊した表情を浮かべています。しかし私をまじまじと見る眼は、次第に爛々と輝きだしました。……この時に覚えた感情は恐怖です。訳も分からず私は身を固くしました。

2015-04-03 01:44:03
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

彼らが何を言っていたのかは分かりません。人間の言葉なんて知りませんでしたから。でも、男たちが私を捕らえようとしていることは分かりました。人間からすると人魚の身の価値は相当あると何処かで聞きましたから。水の中へ逃れようとすると、一人の男が私のヒレを掴みます。次いで腕、頭……。

2015-04-03 01:48:34
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

身動きの出来ない私の耳に、下卑た笑い声が聞こえます。もうどうにもならない、そう感じると同時に私は自分の状況を他人事のように思いました。このまま何者でもない存在でいるより、何処かへ連れ去ってもらった方が良いのかもしれない。そんな考えが起こって間もない時でした。

2015-04-03 01:53:20
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

私を拘束していた男たちの力が緩みました。ぐったりとした彼らから身を放すと、手にへばりつく赤い液体……血です。呆然としていると、剣を収める音がすぐ横でしました。そこに立っていたのは年端もいかない少年です。幼い身には似合わない刃をぶら下げて、冷たい瞳で私を見下ろしていました。

2015-04-03 01:59:14
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

彼は全身に被った返り血を拭い、私に目線を合わせます。まるで濁った湖の底の様な計り知れない瞳の色。「今、血を拭く」無感情に言い放った彼が紡いだのは、確かに妖精の言語でした。少年はどう見ても人の身なのに?……思えばこの時、初めて驚くという感情を知ったのだと思います。

2015-04-03 02:05:53
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

機械的な動作で私の手と頰に付いた血を拭き取ると、そのまま背を向けて立ち去ろうとする少年。「待って」思わず私は口にしていました。彼は表情を変えぬまま小首を傾げて、まだ何か用かと言わんばかりの反応をしています。私の聞いた"人間"の様子とは少し違う雰囲気が、私の興味を引き出しました。

2015-04-03 02:12:19
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

「どうしてこの人たちを斬ったの?」助けられた、とは思っていませんでした。すると少年は少し考えて「何となく」と答えました。何となくの気まぐれで、容赦なく他人の命を断てるものなのでしょうか。その様はまるで殺人人形です。そんな風に返そうと思ったら、彼はこう付け加えました。

2015-04-03 02:17:56
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

「お前は精霊だろう。精霊が心を乱せば、魔物に転じることがある。そうニムエから学んだ。ここら一帯の、平穏のため」お前のためじゃない、そんな風に受け取れる言葉でした。再び足早に去ろうとする少年に「私を殺すことも出来たでしょうに」と声をかけると、その足が止まります。

2015-04-03 02:25:30
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

うんざりとした顔になるでもなく、少年は淡々と説明しました。「俺の養母は湖の精霊ニムエ。なるべく同胞を殺すのは避けたい」それを聞いて、納得がいきました。少年が人間を手に掛けたこと、感情に乏しい振る舞い。……彼はきっと、人間の心を教わっていないのでしょう。

2015-04-03 02:31:36
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

けれど何故でしょう。そんな少年と接するにつれ、私の中に何かが芽生えてきます。今まで空っぽだった器が満たされていきます。そんな不思議な感覚を彼は与えてくれたのでした。「ここから近いのなら、また来て」また会いたい。その気持ちに疑問は抱かずに。彼は「ランスロット」と名乗って去りました。

2015-04-03 02:38:46
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

その次の日から、彼は私の住む湖へやって来ました。同胞たちに紛れていても、取り立てて特徴のない私を見つけ出して声をかけてくれました。お喋りしても話題は他愛のないこと。けれど少しずつ彼の事を知っていきました。実の母親はいない事、いずれ騎士になって素晴らしい王に仕えるつもりだという事。

2015-04-03 02:45:05
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

剣の腕はそこら辺の大人ですら打ち負かす程だという事。親しい妖精からはランスと呼ばれている事。私に会いに来るのは稽古もなく暇を持て余した時間だという事。……私が彼に興味を抱いたのと同じように、彼もまた私を気にしてくれているのだと感じて、また私の心が満たされたような気がしました。

2015-04-03 02:49:48
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

時々人魚の噂を聞いた町の住民がやって来ることもありましたが、漏れ無く彼が追い払ってくれます。人間と過ごす私を同胞たちは奇異の目で捉える事はありましたが、そんな事も次第に気にならなくなりました。しかしそれでも、私が使命なき精霊であるという事実が重くのしかかる事がありました。

2015-04-03 02:56:18
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

時折思い出すように悩みました。このような意義のない私に彼を付き合わせて良いのか。彼と過ごす資格が、何者にもなれない私にあるものか。そう考える度に虚しさが再び私に押し寄せます。同胞たちの嫌がらせも徐々に激しくなり、遂には湖の底に引き篭もるようになってしまいました。

2015-04-03 03:02:00
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

数日間、私を呼ぶ声が聞こえましたが、その内それもぱったりと止みました。同胞たちの嘲笑を聞き流しながら、これで良かったのだと、彼との縁は切れたのだと思いました。気怠い時間を微睡みと共に過ごし、それからもう数日経った頃、ドボンという音と共に波紋が大きく広がりました。

2015-04-03 03:08:35
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

驚いた事に、底まで沈んできたのはランスロットの持つ剣でした。水面の方へ意識を向けると、複数の怒号がして人影が蠢いています。危険を感じた私は剣を抱えて浮上しました。もし彼に何かあったら、という焦燥を胸に抱きながら。視界に飛び込んできたのは大勢に掴み掛かられて必死に抵抗する彼でした。

2015-04-03 03:14:53
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

男たちはやはり人魚を捕らえに来ているようで、物騒な武器が目立っていました。剣をなくした彼は襲いかかる拳に耐えていました。その時私の中に湧き上がってきたのは怒りです。ボロボロになった彼の姿を目にした途端視界は真っ赤に染まり、気がつけば水弾を生成して男たちに放っていました。

2015-04-03 03:18:18
円卓騎士(亜月創作) @EntkKnights

これが初めて誰かに攻撃を加えた瞬間でした、流石に殺しはしませんでしたが。私の凄まじい様子に恐れをなしたのか、男たちは散り散りになって逃げて行きました。怒りも冷めやらぬ私でしたが、彼に手を握られた事で我に返りました。彼の方が傷ついているのに、心配そうな表情まで浮かべられて。

2015-04-03 03:23:29
1 ・・ 4 次へ