凸凹兄妹〜前夜〜

フォルモーレ子爵領とイクス。父子の語り。
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ままるだ(まちるだ) @e_pochiko

#凸凹兄妹 前夜 @IKS_gc2 「イクス殿。………いえ。イクス、“様”」 妹が引きこもって5日目になる夜、長く仕えている壮年の使用人が、戸惑ったような顔でやってきた。廃嫡となってより、同格で呼ぶよう言い含めてきた男だ。 「当主が……、いえ。お父上が、お呼びです」⇒

2015-06-28 11:41:03
ほりしゅー @IKS_gc2

@e_pochiko 「……承知致しました。すぐに参ります」 その言葉に、呼びかけられた当人も内心で戸惑いつつ、応じる。 先日の一件、姿を見せない妹。そしてここに来ての、当主の、父の呼び出し。 何か。分水嶺めいたものを感じながら、目的の場所へ足を向けた。➡️

2015-06-28 11:45:54
ままるだ(まちるだ) @e_pochiko

@IKS_gc2 幼い頃に戯れに見せて貰って以来、廃嫡ののちは入室も許されなかった父の私室。燭台の灯に照らされたフォルモーレ卿―父は、記憶よりも幾ばくか小さく見えた。きっと、己が大きくなった、それだけのことなのだが。 「……まぁ、座れ」 机には酒瓶と、グラスが二つ置かれていた。⇒

2015-06-28 11:53:52
ほりしゅー @IKS_gc2

@e_pochiko 「……では、失礼致します」 それでも、どこか威圧感を感じるのは、己の記憶が幼少期、そして継承の儀の時のまま、止まっているのが原因か。 命じられるまま腰をかけ、先ずは当主の杯を、次に己の杯を満たす。➡️

2015-06-28 11:58:16
ままるだ(まちるだ) @e_pochiko

@IKS_gc2 己の杯に向けられた壜を当主の手が止めた。 「今宵は、侍従として呼んだのではない」 壜を取り上げ、その手で少年の杯を満たす。 「思うところを、垂れて行け。 でなければ何のための酒か判らん」 特別乾杯することもなく、男は一息にグラスを呷った。⇒

2015-06-28 12:09:16
ほりしゅー @IKS_gc2

@e_pochiko 思うところ。つまりは自分や妹を取り巻く現在の状況を。 「……であれば」 同じように酒杯を呷る。 「セイアの望みを叶えてやってください、父上」 あの子は、自分などよりずっと辛い思いをしながら、この大戦を生き抜いた。兄が認められる、ただそれだけのために。➡️

2015-06-28 12:16:20
ままるだ(まちるだ) @e_pochiko

@IKS_gc2 「何かと思えば、其れか」 空になった杯を手酌で、ついでに息子のそれも満たし、また呷る。 「あれの望みとは、何だ。 廃嫡となったお前を今更贔屓して傍に置き、 当主の座で我儘の限りを尽くすことか。 それともこの家を放逐され、 元の野の花に返ることか」⇒

2015-06-28 12:35:11
ほりしゅー @IKS_gc2

@e_pochiko 己の口で言うのは烏滸がましい。けれど、語らなければ伝わらない。意を決し、言葉を続ける。 「今さら君主となることは望みません。ですが、私にフォルモーレの名を名乗ることを、お許し下さい」 仕える侍従ではなく、家族として。➡️

2015-06-28 12:43:41
ままるだ(まちるだ) @e_pochiko

@IKS_gc2 「……己が何を言っているのか、解っているのか」 ⇒

2015-06-28 12:47:16
ほりしゅー @IKS_gc2

@e_pochiko 「はい」 真っ直ぐに見返す。➡️

2015-06-28 12:48:24
ままるだ(まちるだ) @e_pochiko

@IKS_gc2 「中てられたものだな」 三杯目を音もなく呷る。 「野の花が斯様に可愛いか。 宮城の理で生きてきたお前自ら、 野の理を宮中に持ち込んで憚らぬほどに。 お前にそうまで思わせたのは何だ。 宮中に雑草を蔓延らせてでも、あれ一人の我儘を叶えたいと思うのか」⇒

2015-06-28 13:16:45
ほりしゅー @IKS_gc2

@e_pochiko 「あの子の願いは、私の願いでもあります」 自分が目を逸らし、蓋をしてきた思い。気付けても、臆病故に口にできなかった思い。聖印への強い憧憬。それを、彼女が気付かせ、口にしてくれた。 「今一度、申し上げます。私を、フォルモーレの末席にお加え下さい、父上」➡️

2015-06-28 13:24:11
ままるだ(まちるだ) @e_pochiko

@IKS_gc2 ふ、と息が漏れた。 「早くそう言え」 頼んでいない酒を注がれる。 「たかが聖印を継げなかったくらいで、妹の舌を通さねば己の望みも言えぬ軟弱者に成り下がりおって。 ……その件は、考えておいてやる。 あとは楽にして呑め。 俺をあまり疲れさせるな」⇒

2015-06-28 13:36:52
ほりしゅー @IKS_gc2

@e_pochiko 目を見張る。畏怖し、頭を垂れる存在としか見えてなかった目の前の人物が、初めて、父に見えた気がした。 「……ありがとうございます、父上。……では、よろしければ」 酒瓶を向ける。それが、何かの象徴になればと願いながら。➡️

2015-06-28 13:43:20
ままるだ(まちるだ) @e_pochiko

@IKS_gc2 息子を持った父がいつか酒を酌み交わす日を夢想することは少なくあるまい。 聖印を分かち合ったその日にと夢見て、叶わなかった日は、昨日のようで。 乾杯にはまだ早い。考えてやらねばならぬことは多い。 だが、今だけは。 束の間でいい、只、父と子であった我等の時間を。

2015-06-28 14:11:23