捨て犬とお化け

ヤスくんとワンコ
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全∞ @all_zen_bu

26 「でも、」 「夜中の2時やで??俺かて放り出せんわ。」 「…」 「俺が怖かったらさっきの脱衣所に鍵掛けて籠っとき(笑)」 「そんなんじゃ、ありません…」 ふざけて言うたら、ちょっと真顔で返された。根が真面目なんやろな。 押し問答になりそうだったから彼女がソファで俺がベッド。

2015-07-05 19:37:44
全∞ @all_zen_bu

27 文句言わせんように勝手に決めて、ちょっと強引に同意させた。 布団に入ってウトウトしてると、なんや下半身に変な感触…。 …夢でも見てんの、俺…。 「…!?」 薄目を開けるとリビングにいるはずの彼女と至近距離で目が合った。 「寝ぼけ、とんの…??」 「いえ…」

2015-07-05 19:37:47
全∞ @all_zen_bu

28 「布団…あっちやで??」 薄暗い部屋に、細い白い手が浮かび上がる。 「駄目ですか??嫌ですか??」 「そーゆーこと、ちゃう」 「どうせ何も、…あげられないから…」 「そうや、なくて…」 わずかな部屋の灯りで、左手の薬指の指輪が鈍く光る。 他人の物の印には気付いてた。

2015-07-05 19:37:50
全∞ @all_zen_bu

29 だからこそある意味安心して泊まらせた部分もあったのに。 「抱けない??」 「………旦那か彼氏か、おるんやろ??」 「過去形です。…指輪は外れないだけ。」 読み取れない表情。 ただ、目の奥の黒は至って本気。 言い訳めいたことを言っても、どこか真面目さが滲み出てた。

2015-07-05 19:37:53
全∞ @all_zen_bu

30 重苦しい沈黙。 動かない俺を見て、へたるようにベッドの横に座り込んだ。 「…私も、犬なら良かった。そしたら理由を付けなくても、何も言わなくても…その隣で眠れるのに。」 膝を抱えてうつ向くと、その足に流れるように黒髪が滑る。 「人間も捨てられたら、…拾って貰えれば良いのに。」

2015-07-05 19:37:56
全∞ @all_zen_bu

31 薄っすら笑いながら、涙が頬を伝う。 「…要らないって言われたら、どこへ行けばいいのかな??」 「…」 答が見つからなくて、言葉が出てこない。 「ごめんなさい…何言ってるんだろう…私…あの、帰ります。」 泣き顔を誤魔化すように擦りながら、髪を掻き上げる。 「帰るって…」

2015-07-05 19:38:00
全∞ @all_zen_bu

32 「親切にしてくれたのに、困らせてごめんなさい。」 涙を拭って彼女が頭を下げた。 「ちょぉ、待って!!あの、いや…犬で…犬でエエやん!!」 「…??」 キョトンとした顔で見てくる。 「一緒に寝よ。」 なんも言わんと良いから。 言い訳なんか要らんから。

2015-07-05 19:38:03
全∞ @all_zen_bu

33 「おいで。」 我ながら…何言うてんねやろ。 そう思いながらも犬みたいに呼ぶと、ゆっくり近付いて来て、濡れた瞳に俺を写した。 掛け布団をめくると、黙って滑り込んで来る。 俺から少し離れて、丸まってジッとしてる。 よう見たら小刻みに身体が震えてて。 慣れないことしたんやろな…。

2015-07-05 19:38:06
全∞ @all_zen_bu

34 怖がらせないよう、俺もなるべく動かない。 外見はいかにも仕事が出来そうで清楚で真面目で…普段なら出会わんタイプの人。歳はちょっと上やろか。 暗闇の中、すん、と鼻を啜る音。 まだ泣いとるん?? 犬2匹拾ったと思えば良い話。 けど…1匹はなんや難儀な犬やわ。

2015-07-05 19:38:09
全∞ @all_zen_bu

35 少なくとも今の俺の周りには、おらんタイプ。 捨て犬もずぶ濡れも、初対面の男の家に上がるのも泊まるのも、素性が分かる物持ってないのも… ましてやそっちから夜のお誘いなんて…皆目似合わない。 まったくもって……面倒な匂いしかせぇへん。

2015-07-05 19:38:12
全∞ @all_zen_bu

36 でも。 目が、離せなかった。 目の奥が、綺麗で。 よう考えたら、犬に似とる。 甘えて信じて、見つめてくる目。 濁りの無い黒。 …まぁなるようになるやろ。 俺は静かに眠りについた。

2015-07-05 19:38:14
全∞ @all_zen_bu

37 朝、目が覚めると隣に彼女はおらんかった。 乾かしていたワンピースと、もしかしたらと思ってテーブルに置いていた一万円札が無くなっていた。 綺麗な書体で『ありがとうございます』のメモ書き。 名前、書いてへんわ…。 貸したスウェットは綺麗に畳んでソファに置かれてた。

2015-07-11 00:59:15
全∞ @all_zen_bu

38 拾った仔犬を最後に覗き込んだのか、蓋が少し開いてる。 結局何も聞かないうちに消えてもうたな。 俺も名乗らへんかった。 跡形もなく消えて…やっぱりお化けやったのかと思う。 スウェットを洗おうと洗濯機放り込もうとしたら、ハラリと長い髪が落ちた。 やっぱり…お化けとちゃうやんな。

2015-07-11 00:59:21
全∞ @all_zen_bu

39 とりあえず朝一番で掛かり付けの動物病院に拾った仔犬を連れて行った。 正直自分の今のスケジュールじゃ、乳飲み犬のお世話は出来ひん。分かってたつもりやけど…動物病院と馴染みのペットショップやトリマーに頼んで里親を探すことになった。

2015-07-11 00:59:27
全∞ @all_zen_bu

40 犬種も分からんし、正直引き取り手探すの難しいってどこでも言われた。 でも可愛く撮れた写真入れてチラシ作って、貼れるとこに貼らしてもらう。 その甲斐あってか、1週間もしないで引き取りたいって人が現れた。 動物病院の仲介に、安心してくれたみたいや。

2015-07-11 00:59:32
全∞ @all_zen_bu

41 『今引き取りに来てくれました~。ワクチンとか他の手続きもしたので、ウチに寄ってくれそうですよ。』 「安心したわぁ。ありがとうございましたぁ。」 連絡の電話を切ると大倉が見上げてきた。 「何??」 「こないだ拾った犬、今引き渡したって。」 「お前が飼うんちゃうかったん??」

2015-07-11 00:59:36
全∞ @all_zen_bu

42 「飼いたかってんけど、今は無理やろ…手ぇ掛かるし。」 「ふーん。」 大倉はホンマに勘が良い。 彼女の話なんてちょっとしかせーへんかったのに…俺が引っ掛かってんのにすぐ気付く。 そのくせ何も言わんからたちが悪いわ。 気に入らんから、興味ないの知っとるけど写真攻撃や。

2015-07-11 00:59:40
全∞ @all_zen_bu

43 「可愛いやろぉ♡ほら、コレも~♡」 「あーハイハイ。」 チッ。軽くあしらわれた。 「引き取ってくれたのって、その女の人なんちゃう??」 「…いや…来たの若い男やって。」 「ふぅん。」 そんなのどうでもエエねん。彼女に未練あるわけちゃうし。 ただ… 大倉とまた目が合う。

2015-07-11 00:59:49
全∞ @all_zen_bu

44 「なんやねん…」 「なんも言うてへーん。」 あぁ、癪に障る。 「誰かに拾われたんかなぁ??」 「知らん。」 言うたらこれ見よがしに大きなタメ息つきおって。 そんなん知らんわ。 ただ…一人で泣いてなきゃ、それでエエ。 誰かの隣でも、エエねん。

2015-07-11 00:59:53
全∞ @all_zen_bu

45 それから半年。 凍えるように冷たい冬の霧雨。 あの夜に似ている。 仕事帰りに思い出して公園を通る。 忘れかけていた犬と彼女。 …嘘や。 すれ違う似た人を、何度も振り返った。 せやけど、簡単には会われへんなぁ。 何も、聞かんかったから。 何も、知らんから。

2015-07-11 01:00:03
全∞ @all_zen_bu

46 もう会われへん運命なんやろか。 お化けでもいいから、出てきてくれへんかな。名前くらい、聞きたかったわ。 俺も名乗らんかったし、…たぶん誰だか分かってへんのやろな。 仔犬も大きくなったやろ。 アンタは誰かの隣で…眠ってるんかな。 もう震えてへんの??泣いてへんの??

2015-07-11 01:00:07
全∞ @all_zen_bu

47 それからまた少しして、いつものペットショップへ行ったらオーナーが声を掛けてきた。 「あ、安田さんちょうどいいところに。」 「こんにちは。なに~??」 「これ、さっき女の人が来て…安田さんに渡してくれって。」 「え??」 「ファンの人ですかね??渡せないって断ったんだけど…」

2015-07-11 01:00:12
全∞ @all_zen_bu

48 「なんやろ…」 「いらっしゃらなければ募金してくれって。現金ですかね??」 封筒には一万円札。 「店長!!その人どっちに行った!?」 「店の前は右に出ていきましたよ。」 俺は店を飛び出した。 一万円、返しに来たんや!! 俺んちからも、あの公園からもそれほど離れてないこの店。

2015-07-11 01:00:25
全∞ @all_zen_bu

49 どうやってこの店知ったんやろ… キョロキョロしながら歩く。 駅に行くなら、この大きい交差点を渡るか、歩道橋を使うか… いつもはなかなか替わらない横断歩道の信号が、タイミング良く青になった。 歩道橋を見上げながら小走りに渡る。 揺れるニット帽が見えて、根拠もなく追いかける。

2015-07-11 01:01:15
全∞ @all_zen_bu

50 駆け足で階段を上がる。 歩道橋の真ん中に、人影が見えた。 片耳だけ垂れた茶色い犬。 赤い首輪、赤いリード。 それを握る、白い細い手。 その手に指輪はもう無い。 ニット帽と長い黒髪が風に揺れて、彼女の足が止まった。 俺の顔を見てこぼれそうなほど目を大きくする。

2015-07-11 01:01:23