【燻ぶる炎は少女を抱く】

クロエのサイドストーリー
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タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「兄が」 クロエがおもむろに口を開いた。それはアジアンに聞かせるための言葉ではなく、つい漏れ出たようだった。 「とても強い君主と、とても優しいおじさんがいるのだと。私の故郷ではなけど。旅先で出会った話を」 そう言って、彼女は言葉を切った。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-11-29 20:41:59
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

暖かな暖炉の前でまどろみながら、少女は炎を見つめる。炎の中では火鼠がはしゃいで細かな火の粉をきらめかせていた。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-11-29 20:46:26
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「とても強い君主は、まだ若い女の人だったって……。やさしくて、かっこよくて。おじさんは、くたびれたおっさんだったけど、とてもいい人だったって」 アジアンはクロエの髪を撫ぜた。そんなことをすれば、普段ならば烈火のごとくわめくのに今日はそれもない。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-11-29 20:53:12
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

連日の疲労がたまっているのか、今にも眠ってしまいそうだった。 「煙草と酒を愛していて、大切な人がいたんだって……。兄は直接会えなかったらしいけど」 それでね、と言葉を続ける。 「みんないい人たちだったって」 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-11-29 20:56:41
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「そうか。君にそう話したってことは、いい人たちに巡り合えたいい旅だったんだね」 「そうね……。私もそんな人たちに会える旅がしたいわ……」 チュウチュウ。赤い炎から響いてくる。ぱちっぱちっと炭の爆ぜる音も聞こえる。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-11-29 21:00:06
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「クロエちゃん、君はもう寝たほうがいい。明日からまた移動するよ」 柔らかい髪を撫ぜる手は一定で、周囲の敵に注意を払うような警戒心も、傷ついたような不器用さもない。平穏だった。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-11-29 21:04:06
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「おやすみ」 「おやすみ、なさい……」 そもまま、すうっと寝息が聞こえた。 「僕も領土をちゃんと持たないとなぁ」 チキチキチキ。 「わかってるよ、もう。うるさい火鼠だ」 チキチキチュウチュウ。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-11-29 21:07:17
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

男には先ほどの話の人物に何人かの心当たりがあった。脳裏に一人ひとり思い浮かべて、彼女たちとクロエが出会った時の反応を想像すると口元が緩んだ。 離散したクロエの家族を探すこととアジアンの領土を探すこと。それが目下の目的で、それは長い旅になるかもしれない。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-11-29 21:11:50
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

契約はその目的が達成するまでと、契約するときに決めた。それが失効した時に、なおも二人と一匹が一緒にいる保証はない。案外、あっさりとアジアンはクロエを手放すかもしれなかった。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-11-29 21:14:53
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「僕は本当は君主になんかならなくてもいいし、領土を持つのも面倒だよ。テオのように高潔な思いなんて一欠けらも持っていないしね。でも君と一緒にいるには、僕は君主になるしかなかった」 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-11-29 21:17:07
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

その言葉には後悔なぞにじまない。彼は自分のやりたいことをやりたい時にする素直さが取り柄だった。 「君と一緒にいられて、古い知り合いにも会えるかもしれなくて、ひょっとしたら気のいい領民を持てるかもしれないって考えると」 チュウ。 炎が揺らいだ。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-11-29 21:19:37
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「とても楽しいよ」 男は少女を撫でるのをやめて、ベッドに向かう。それなりにお代は払ったから、柔らかな寝台で眠れる。疲れもしっかりとれるだろう。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-11-29 21:21:06
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「それじゃあクロエちゃん、良い夢を。火鼠君、そこの炎を小さくしといてくれよ」 火事になったら困るからね、とアジアンは笑いを残して部屋を出た。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-11-29 21:22:27
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「さて、どこへ行こうか」 男は言う。 「まずは北へ」 少女は答えた。手にしている籠の中で火鼠がチュウと鳴いた。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-12-07 21:53:45
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「北か。これからは雪が降るだろうけど、それでもいいのかい?」 「ええ、アカデミーからの依頼で残っているものがあるから、それをこなさないと。降雪の少ない地域を通っていこう」 とんとんと、少女は地図を叩いた。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-12-07 21:56:04
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

白い手がのばされた。 「この手はなに」 「手をつなごうかと思って」 それを少女は冷たい目で見やって、歩き始めた。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-12-07 21:57:49
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

首をすくめた男は、そのあとを追う。 「これからの時期に一定で生じる混沌があるらしくて」 「珍しいね」 枯れかけた草が踏まれて乾いた音を立てた。ざくりざくりと歩くスピードは、少女に合わせられている。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-12-07 22:01:57
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「草木が枯れたり、昼夜が逆転したり、土が液化したり。生じる現象はばらばらなんだって」 チキチキ。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-12-07 22:03:20
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「うまく混沌を収束できたら、井戸を掘ってもいいし、恒常の光源を作ってもいいしってアカデミーから通達がきててね。可能ならなぜ特定の時期なのかっていう原因を見つけてほしいって」 水源の確保、灯りの不滅、ほかにも風車の安定や畑の栄養を増加させることも可能だろう。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-12-07 22:07:50
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

北に行けばいくほど、土地がやせ細っていくからこの混沌をうまく発散させることができれば随分と生活にゆとりができるだろう。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-12-07 22:09:01
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「それに、この子の餌も用意が楽になるでしょうし」 チキチキ。 ある程度混沌濃度が高ければ、わざわざクロエ達が作り出す手間を省ける。 「寒さが厳しくなる前に調査が終えればいいんだけどな」 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-12-07 22:12:14
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「しっかり防寒具をそろえて、ささっと調査に向かわないと」 「そんなこともあろうかと、クロエちゃんの防寒具は一式そろえておいたよ!」 アジアンが昨日まで見たことのない袋を取り出した。それはちょうど、クロエの服を一揃い収めたかのような大きさ。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-12-07 22:14:52
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「大丈夫、サイズはぴったりのはずだよ」 「変態かしら」 「女将さんに聞いたんだよ」 人聞きの悪いことは言わないでくれ、と男は首を振った。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-12-07 22:16:36
タダノみやこメガネ @ogi_MIYAKO

「変なもの、仕込んでないでしょうね」 「そんなもの仕込むわけないじゃないか。ほら、ごらんよ! クロエちゃんは肌が白いから黒いコートと白いぽんぽんの付いたブーツと手袋に、髪とおそろいの色のマフラー!」 にこにこと、満面の笑みを浮かべる。 #燻ぶる炎は少女を抱く

2015-12-07 22:19:17