木原音瀬さんと和泉桂さんのお題連作小説まとめ(小説のみ)

Part1(http://togetter.com/li/89396)、Part2(http://togetter.com/li/93920)にて、お題と小説をまとめておりますが、こちらでは小説部分のみをまとめております。 ※和泉桂さんより同人化する可能性があるとのことです。決定しましたら、このまとめは非公開となります。
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和泉桂 @izumi_k

夜の歩道橋で、突然、がっちりとした腕を着物の上から掴まれる。振り向きがてら「何か?」と不機嫌に問うと、自分とは真逆の細身の青年だった。「明日こそ白星になるよう、祈ってます!」あなたに憧れているんです――続いた言葉は純粋なものだろうが、厚い胸板の下で心臓がときめきに震えだした。

2011-01-06 01:58:46
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

胸の高鳴りを押し殺し、弁天ヶ島は青年の腕を振り払った。「ありがとうございます」そっけなく言い放ち、逃げるようにその場を立ち去る。けれど腕に感じた青年の指の感触はいつまでも消えることがなかった。翌日の昼、弁天ヶ島が畳の上にあぐらをかいて鍋をつついていると後輩の天海が「あっ?指輪」

2011-01-06 21:09:29
和泉桂 @izumi_k

「えっ」「違う、葱でした。すいません」指輪という言葉から即座にあの青年との未来を夢想しかけた弁天ヶ島は、後輩の迂闊な見間違いを呪う。冷静になれ。初めての親友に舞い上がって夕方の教室で告白し、ふくよかな頬をひっぱたかれた上に氷のような目で睨まれた――辛い恋を思い出して彼は自戒する。

2011-01-07 00:22:28
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

男同士で恋愛が成就するなど、夢物語なのだ。親友を失ったことで、自分は思い知った筈なのに……。「弁天さん、ちょっと」顔を上げると奥さんが部屋の外から手招きしていた。近づくと紙袋を渡される。中には手作りの兎型のクッキーが入っていた。「あなたに渡してって、それだけ言うと逃げるように走っ

2011-01-07 20:42:44
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

ていったの」聞き耳を立てていた天海が「どんな女の人でした?」と横から話に入ってくる。それがねえ、と奥さんは頬に手をあてた。「男の人なの。細身で綺麗な子だったわ」弁天ヶ島はゴクリと喉を鳴らし、再び袋の口を開けた。さっきは気づかなかった小さなカード。「お昼、あの公園で待ってます」

2011-01-07 20:55:53
和泉桂 @izumi_k

海のない国で育った弁天ヶ島の夢は、深夜の海辺で愛を語らい、髪を撫でること。豆粒ほどのちっぽけな夢だが――女々しくすぎて嫌われそうだ。それに彼は、己を憧れと言った。日本語に堪能でも、機微まで理解している自信はない。先走りすぎては嫌われると、公園に向かう足が鉛のように重くなった。

2011-01-08 01:55:25
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

躊躇う心を奮い立たせ、約束の場所までやってきた弁天ヶ島は驚きに立ち尽くした。公園に進入禁止のテープが貼られている!通りがかりの人が「朝、階段から落ちた人がいてね」と教えてくれた。こんな時に…嘆く弁天ヶ島の視界があるものを捉えた。公園の門柱に置かれた力士人形。触れた指先に彼を感じる

2011-01-08 13:04:51
和泉桂 @izumi_k

結局、昨晩は眠れなかった。弁天ヶ島は朝のソファに腰を下ろし、あの土人形を握り締める。これはお守りか。いや、いつか力士人形を作られるような立派な横綱になれば二人は結ばれるという謎かけかもしれない。冬の星座のように燦然と輝く希望に昂奮した刹那、手に力が籠もって人形は真っ二つに折れた。

2011-01-12 23:59:31
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

「おお…」壊れた力士人形が自分と彼の未来を予見するようで、嗚咽が漏れる。「弁天さん!」襖を叩きもせずに部屋に入ってきた天海が「郵便受けに入ってました」と無造作に手紙を差し出した。差出人の名はない。開いてみると「稽古部屋の階段で夜、夢中になってラーメンを食べている貴方に惚れました」

2011-01-13 19:48:06
和泉桂 @izumi_k

彼は自分を見守ってくれている。喜びに、言葉にならない思いが迸りそうだ。弁天ヶ島は稽古場の隣のビルに忍び込んだ。夜、屋上で見張れば彼がどこにいてもわかるだろう。景気づけにアルコールを飲んできたせいか。「あっ!」数時間後、屋上から稽古場の周囲をうろつく男を見つけた弁天は泣き出した。

2011-01-13 21:07:34
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

泣き声が大きかったのか、彼がこちらを見上げた。慌てて身を隠す。恥ずかしい。団子のように小さくなる弁天ヶ島の耳に階段を上ってくる足音が聞こえた。これはアルコールが見せる幻?ドアが開く。彼だ。笑みを浮かべた麗しの彼は「今は忙しいので明日の朝に動物園で。僕は絶対に行きます。神に誓って」

2011-01-14 23:10:23
和泉桂 @izumi_k

早朝の稽古で上の空だと叱られ弁天ヶ島は大遅刻をしてしまった。檻の中のキリンは煙突にも見え、動物園は夕方の廃虚のように淋しい風が吹く。やはり彼はおらず、へこんだ弁天が放し飼いの鶏を抱き上げたが、指に噛み付かれて追い打ちをかけられた。人の気配に振り返ると、眼鏡をかけたあの青年がいた。

2011-01-14 23:34:54
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

「おはようございます」声をかけられ、思わず顔を背けた。「あなたを待ってた訳じゃない」口にした途端、後悔する。本当は嬉しくて仕方ない癖に。促され、弁天ヶ島は早朝の冷たさの余韻を残す階段に腰を下ろした。寄り添うように彼は腰掛けてくる。触れた腰が熱い。顔を上げると眼鏡越し、視線が合った

2011-01-15 19:21:00
和泉桂 @izumi_k

「弁天さん、照れてるんですか。可愛い」青年の何気ない一言に、弁天ヶ島は己の掌を握り込む。「照れてません」「でも、顔が赤い」「私は獣なんです」「獣?」真夜中の台所でこの青年と愛し合うほどの熱い恋がしたい。口に出せないが、思いはいつしかそこまで膨らんでいた。それが恋の魔法なのか。

2011-01-15 20:07:18
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

「僕も獣ですよ」青年は微笑んだ。「貴方と、真昼の屋上で生まれたままの姿で…」うわっと弁天ヶ島は叫び、言葉を遮った。なんて破廉恥な、と羞恥する弁天ヶ島をよそに「あなたはとてもピュアな人だ。そして瞳は青く輝く星のよう。僕と付き合ってください。一生大切にすると誓います」と告白してきた。

2011-01-16 19:21:46
和泉桂 @izumi_k

返事をしようとしたが、青年はなおも続けた。「でも、今の僕はしがない会社員です。夢を叶えたそのとき、あなたの国の夕方の遊園地で返事を聞かせてください」弁天ヶ島が口を挟む隙もない。「あなたと出会えたから、僕は頑張れます。あなたに会えて良かった」立ち去る間際、彼の眼鏡がきらりと光った。

2011-01-16 19:35:49
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

弁天ヶ島は早朝、稽古場の周囲をウオーキングしていた。今場所から幕内にあがり、練習にも熱が入る。橋の傍までやってきた弁天ヶ島は、欄干に置かれた力士人形にハッと足を止める。眼鏡の彼と最後に話したのは5年前。からかわれただけ、あの程度の男ならいくらでもいると強がっても何度も夢に見た。

2011-01-17 19:47:53
和泉桂 @izumi_k

人形を手に取った弁天ヶ島は急いで自室に戻り、先日、手慰みに木彫りした「彼」の人形とそっと寄り添わせる。強がりつつも、ずっと忘れられなかった。ぽたぽたと零れた涙は、まるで星座だ。嗚咽を漏らす弁天は、早朝の畳の上に置かれたスポーツ新聞の一面の写真に目を留めた。間違いない。眼鏡の彼だ!

2011-01-17 23:58:52
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

見出しには「廃墟となったプラネタリウムで決戦。24時間、ノンストップバトル!早朝のデスマッチ!!」と書かれてある。自分に告白してくれたあの美しい青年は、青いパンツにショートブーツ、鍛え上げられたしなやかな肉体に無数の傷を受け、右手を高々と振り上げている。彼はレスラーになったのだ。

2011-01-18 16:30:50
和泉桂 @izumi_k

口にはしなかったが、レスラーになるのが彼の夢だろう。だが、あの美しい躰に無数の傷を受けるなんて、どれほど辛かったことか。「おおお……」朝の階段で嗚咽を漏らす弁天ヶ島とすれ違った後輩が、怪訝そうな顔を向ける。ここでも涙が滝のように溢れ、コンクリート製の階段にたくさんの星座を作った。

2011-01-18 23:15:16
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

「こんな早朝から、階段で何をしているんだ?」涙を拭い振り返ると、同じ部屋で横綱の若鬼丸が自分を見下ろしていた。若鬼丸は涙が染みこんだスポーツ新聞をチラと見やると、フッと鼻先で笑った。「そのアイドルレスラー、俺は嫌いだな」その言葉で、弁天ヶ島が若鬼丸に抱いていた憧れがスッとさめた。

2011-01-19 12:19:14
和泉桂 @izumi_k

「どうしてですか?」詰め寄る弁天に、先輩は「昼の海辺で好きな人に花束を贈りたい、なんて答えてるだろ。イケメンだからってやり過ぎ。こういう奴に限って本当は約束を破るんだよな」と言う。「彼は約束を破りません!」思わず弁天ヶ島は声を荒らげる。そうだ。あの人は絶対に約束を守るはずだ。

2011-01-19 23:09:15
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

「そんな奴よりもさ……」若鬼丸が弁天ヶ島の耳許に低く囁いた。「昨日の昼、けっこう激しかったな」床の上の情事を思い出し、顔からザッと血の気が引く。「やめてください。噂にでもなったら…」若鬼丸は「俺は平気だぜ」と鼻先で笑う。そう、自分と若鬼丸は誰にも言えない秘密を共有していた。

2011-01-20 21:20:36
和泉桂 @izumi_k

いつの頃からか、昼のエレベーターの中に蜜柑が置いてあったら、それは稽古後に若鬼丸と愛し合う合図となっていた。しかし、弁天が島は若鬼丸を愛しているわけではない。己の純情は、あの名前すら知らぬ眼鏡の青年のものだ。だけど、もう自分は穢れてしまった。約束を破るのは……弁天のほうなのだ。

2011-01-20 22:03:33
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

寄り添ってくる若鬼丸から弁天ヶ島は顔を背けた。眼鏡の彼を待っていたが去年、生まれた国は大国に合併されて名前が消えた。そのニュースを日本で聞き、夕方の歩道橋で号泣した。彼との約束の場所もなくなり、全てが終わった気がしたのだ。若鬼丸の吐息に振り返ると「今日は蜜柑を置くぜ」と言われた

2011-01-21 13:10:51