木原音瀬さんと和泉桂さんのお題連作小説まとめ(小説のみ)

Part1(http://togetter.com/li/89396)、Part2(http://togetter.com/li/93920)にて、お題と小説をまとめておりますが、こちらでは小説部分のみをまとめております。 ※和泉桂さんより同人化する可能性があるとのことです。決定しましたら、このまとめは非公開となります。
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和泉桂 @izumi_k

国だけでなく、あの青年も失うのか。そんなことは嫌だ。自分は愛されたい。蜜柑一つで左右される人生なんて、もうまっぴらだ。あの青年に会いたい。たまらずに外に飛び出した弁天ヶ島が見上げた空にはちぎれ雲が浮かんでいる。こうしてはいられないと、行くあてもないまま弁天は夕方の駅へと向かった。

2011-01-21 20:23:34
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

そして山手線に飛び乗る。乱れた呼吸を整えていると「鍵島キングってすげえよな」と彼のレスラー名が聞こえてた。向かい側に座る大学生らしき二人組が、話をしてる。「飛山って、近所の合気道教室の早朝練習に来てるらしいぜ」「合気道て男同士が抱き合って闘うやつか?」「馬鹿、そりゃレスリングだ」

2011-01-22 19:05:42
和泉桂 @izumi_k

それにしても、今はどこに行けばいいのかと、ペットボトルの水を飲みつつ弁天ヶ島は考える。車内で二人組はまだ話を続けている。「レスリングといえば、イケメンレスラーいるじゃん」「約束があるからって、会社員から転向した?」「そうそう。怪我で、昼からうちの大学病院に入院したんだって」

2011-01-22 19:10:45
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

「やっぱ試合での怪我?」「それが早朝に救急車で運ばれてきたんだけど、キッチンで火傷したみたいなんだよな」弁天ヶ島は握りしめた手が震えた。入院するほど酷い火傷……大丈夫なんだろうか。「俺さ、鍵島キングの手錠パフォーマンス、好きなんだよね。相手を手錠でロープに繋いで、蹴りかますやつ」

2011-01-23 20:34:22
和泉桂 @izumi_k

「鍵島キング、そういやインタビュー読んだぜ。早朝のカフェで『俺は約束のため鬼になると誓った』んだってさ」「へえ……それで怪我しちゃったのか。なんだか気の毒だな」彼らの大学がどこなのかは、すぐにわかった。彼らの持ち物が某大学ラグビー部の名前入りだったからだ。弁天ヶ島は希望に震えた。

2011-01-23 21:10:53
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

某大学の最寄り駅で、弁天ヶ島は電車を降りた。病院までは歩いてすぐだ。何か彼が元気になるようなものをあげたくて、駅の近くの花屋で、彼のレスラーパンツに合わせた青い薔薇の花束を買う。花を買うなんて、初めできた彼女と朝のプラネタリウムでデートをした時以来だ。しかし病院の前で足が止まる。

2011-01-24 23:48:15
和泉桂 @izumi_k

怖い。彼に会うのが。あの昼の動物園での告白は、冗談かもしれない。現に彼は一度も自分の土俵を見に来てくれなかった。彼が観客先にいれば、たとえ豆粒ほどの大きさであってもすぐに見つけられただろう。引き返すべきか悩み、弁天ヶ島はしばしその場に佇む。「お,弁天」声をかけてくる者があった。

2011-01-24 23:55:28
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

振り返るとそこに立っていたのは若鬼丸。体が震え、花束を取り落とす。「どうしてここに!」「朝に床の上で柔軟をしてたら、手首を捻ったんでな。お前こそ誰かの見舞いか?」首を横に振ると、若鬼丸は丸太のような足で花束を踏み潰した。「今晩、部屋へ来い。本で見て、試してみたい体位があったんだ」

2011-01-25 13:42:07
和泉桂 @izumi_k

「部屋が嫌なら深夜の図書室でもいいぜ? ま、戸を誰かに開けられて噂になったら……おまえから誘ったって言うけどな」若鬼丸のふてぶてしい言いぐさに、弁天ヶ島の手が震える。ここで彼を振り切ってあの人のお見舞いに行けば、きっとこの思いを知られてしまう。そうしたらどんな真似をされることか。

2011-01-26 12:30:29
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

結局、見舞いは諦めた。夜、若鬼丸と待ち合わせたカフェで憂鬱なままコーヒーを飲んでいた弁天ヶ島は、隣の席のカップルがキスしているのを目撃した。おおっぴらに愛し合う恋人同士が羨ましい。今から自分は愛してもいない男の慰み者になるというのに!そんな弁天ヶ島の耳に近づいてくる足音が聞こえた

2011-01-26 16:54:23
和泉桂 @izumi_k

やっぱり嫌だ。若鬼丸の言いなりになるなんて!朝まで歩道橋に逃げていれば、若鬼丸だって手出しできないかもしれない。「来たぜ」襖を開けた若鬼丸に、弁天は体当たりする。「うおっ!?」彼は声を上げたものの、さすが兄弟子だ。体勢を立て直して仁王立ちになり、「外は雨だぜ」とにやりと笑った。

2011-01-27 00:23:34
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

横綱の若鬼丸に自分がかなうわけがない。弁天ヶ島は手近にあったリモコンを握りしめ、投げつけようとして思わずスイッチを入れてしまった。テレビ画面に、深夜の遊歩道で笑い合いながらチョコレートを食べる力士達が映し出された。若鬼丸が画面に気を取られている。今だ!弁天ヶ島は横綱に体当たりした

2011-01-27 16:52:19
和泉桂 @izumi_k

「ぐっ」声を上げた若鬼丸に、弁天ヶ島はコップの中身のグラスをぶつけた。「こんな真似して許さねえぞ!」逃げる弁天に、声だけが追いかけてくる。幼い頃、悪戯をして夕方の庭に放り出された記憶。あのときと同じ心細さが甦りかけたが、恐れている場合ではない。自分は真実の愛を探し当てたのだから。

2011-01-28 00:16:14
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

弁天ヶ島は雨が降る中、歩道橋までやってきた。彼に会いたい…この気持ちを伝えよう。もう決めた!こらえきれず駅に向かい電車に飛び乗った。病院では夜の面会は認められない。建物の周囲を歩いていると、明かりのついたベランダに誰か出てくるのが見えた。その手には力士人形が握られている。彼だ!

2011-01-28 13:17:33
和泉桂 @izumi_k

傘を差した弁天ヶ島は夜の部屋を見上げるが、声が出ない。「あの」ベランダに佇む人物が、不意に声をかけてきた。「そこのあなた。誰かを捜してるんですか?」答えられずに震えていると、「あなたは…」と青年が言葉を切った。「似てます。僕の好きな人に」弁天の胸が高鳴る。「逃げないで、どうか」

2011-01-29 21:42:08
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

青年が笑ったような気がした。「僕の愛する人はラーメンが好きなんです」彼の「待って」の静止を振り切り、弁天ヶ島は駆け出した。そして深夜の路地裏で一人、泣き崩れる。彼はずっと想ってくれていたのだ。それなのに自分は若鬼丸と関係を持ち、彼を裏切った。こんな自分を慰める言葉などどこにもない

2011-01-29 22:52:21
和泉桂 @izumi_k

いつの間にか、夜になっていた。居酒屋で一人アルコールを浴びるように飲んだ弁天ヶ島は、そろそろ帰らなくてはいけないと終電車に乗る。金曜日、深夜の車内は混み合っている。世界にはこんなに沢山の人がいるのに、自分は彼でなくてはだめなのだ。そう思ったのに、どうして浮気などしてしまったのか。

2011-01-30 10:24:24
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

家に帰り、天ヶ島は泥のように眠った。早朝、目を覚ますとベッドの傍からポーッと泣き声がする。飼っている鳩のぽっぽだ。ぽっぽを抱きしめると、湯たんぽように温かかった。そうだ、心を決めないといけない。弁天ヶ島は言葉を選び、自分の罪を認めた手紙を書くと鳩の足に結びつけ、窓から外へ離した。

2011-01-30 16:51:31
和泉桂 @izumi_k

ワイドショーで彼の退院を知ったので、待ち合わせは朝の高架下にした。自分はもうすぐ巡業に出てしまうし、早く思いを伝えたい。こんな穢れた自分だけど、彼への思いは本物だ。鳩に託した手紙は無事に届くだろうか。窓外を見る弁天の前で、雨が降り出す。まるで空が泣き出したようで、不安に駆られた。

2011-01-31 21:28:07
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

物思いに耽っていると「弁天さん」と自分を呼ぶ声が聞こえた。振り返る。サングラスで変装していても彼だと分かる。「こっちへ」彼に手を取られ、強い握力に胸が踊った。連れて行かれたのはホテル。こんな朝から密室で二人きり。緊張する弁天ヶ島に彼は「今から手品を見せます」とスカーフを取り出した

2011-01-31 21:47:43
和泉桂 @izumi_k

こんな緊張感は、早朝の教室で突然飛び込んできた犬に押し倒された時以来だ。犬嫌いの弁天ヶ島は、犬と抱き合う羽目になって失神してしまったものだ。「ほら」彼の手の中から出てきたのは、鳩のぽっぽだった。飛んできたぽっぽは、弁天の手に泊まる。その足には薄いピンクの紙が結わえられていた。

2011-02-01 19:17:40
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

ピンクの紙には「夕方、このホテルのレストランで食事はいかがですか?」と書かれてあった。返事をしようとすると、彼は弁天ヶ島の瞳を見て、人差し指を唇に押し当てた。「若鬼丸には内緒で」密会するということだろうか。けど……「私はあなたを裏切ってしまったんですよ」堪え切れず言葉がほとばしる

2011-02-01 20:00:19
和泉桂 @izumi_k

「今のあなたの気持ちを信じます」青年の言葉に、弁天の心は震える。早朝の橋から見上げた星のように、眼鏡越しに見える青年の目は輝く。「好きです。夕食まで待てません。ここで、あなたと……」弁天は青年に取り縋り、そのままベッドに押し倒した。ぴいっと鳴いた鳩のぽっぽがテレビの上に止まる。

2011-02-02 12:51:03
木原音瀬『吸血鬼と愉快な仲間たち2』発売中 @narikono

「あっ、そんな。こんなに汚れた私と…」泣き出してしまった弁天ヶ島の目元を、青年は長袖シャツの袖口で優しく拭ってくれた。「泣かないで。昼間の日差しを浴びて輝く菩提樹の並木道のように美しい緑色の瞳が、涙でおぼれてしまう」青年はふと遠くを見た。「貴方の国はなくなってしまったんでしたね」

2011-02-02 19:55:42
和泉桂 @izumi_k

「国のことは、いいんです」抱き締められていると、様々な思いが溢れそうになる。夜の歩道橋で彼との思い出に耽ったこと。氷のように冷えた若鬼丸との情事。でもそれ以上に胸が詰まって言葉が出ない。「弁天さん?」無言の弁天に彼が声をかける。その声の優しさに、つい感情が迸った。「どすこーい!」

2011-02-03 10:31:35