未完成世界の鎮守府 第5話 (下)

艦娘・瑞鶴。あらゆる物を奪われ、あらゆる物を信じない彼女はこの未完成で残酷な世界で何を見るか。 本編第5話(下)「murder fleet march」 ―魂は闇に堕ち、地獄は創造され続ける。
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奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

「…そこにいるのは誰?」 艤装を大きく破壊され、頭から血を流し硝煙にまみれた軽巡洋艦娘・大井。さらに悪い状態で覆いかぶさるように担がれた重巡洋艦娘・鈴谷。思わぬ事態に発しようとした言葉は一つも出ない。私がどうこうしなければならないのは私だけではなくなった。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:02:03
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

「あぁ、瑞鶴、瑞鶴ね。私たちの所の瑞鶴はやられたわ。空母寮もろとも吹っ飛ばされた」 次々と告げられる悪い知らせに私の頭は回転しなくなっている。中破も同然の大井。大破以上の鈴谷。そして粉微塵になったという私と同じ艦娘。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:02:30
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

「す、鈴谷は、鈴谷の状態は…?」 「さっき搭載していた弾薬が誘爆したの。呻いている所を助けたから怪我の様子は」 「分かったわ。とにかく、とにかく、止血とかできることがあればした方が、その、いいと思う」 「そ、そうね。とりあえず降ろしてそのライトで体の状態を」 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:03:02
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

そう言いながら大井は首に回された鈴谷の腕を外した。 ズルッ、という嫌な音がやけに大きく聞こえた気がした。力を失った鈴谷の身体が水面に音を立てて浮かび上がった。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:03:27
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

それだけではなかった。左腕だけが行儀よく首に回されたまま残っている。思わず私は水面に浮かんだ艦娘の生身の身体にライトを向け、思わず後ずさりした。攻撃でその身体は腰の上で真っ二つにされていた。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:03:57
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

てらてらと光るピンク色の内臓。不気味な白い骨。衝撃でちぎれ、赤黒い色に染められた制御系のコード。 「…どうしたのよ…?!鈴谷?!鈴谷!しっかり!」 大井はひきつった顔のまま対照的に眠っているように穏やかな顔をした鈴谷の頬を繰り返しひっぱたいた。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:04:25
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

重巡洋艦娘はびくともしない。そう、まるで死んだかのように。 「早く!早くここから脱出するのよ!」 もうこんな光景はみたくない。何とかできる内にこの球磨型の娘だけでも助け出すべきだ。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:04:51
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

「何?」「脱出よ!今の私じゃ十分戦えない!だから早く!」 「駄目!今動かすと絶対に助からないわ!ここで救援を待つしかない!」 「何言ってんのよ!」 もはや私の声は引きつっていた。深海棲艦の恐怖と艦娘の死という恐怖。二つの恐怖が私の心を突き動かしている。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:05:33
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

「どう見たってその娘はもう駄目よ!」 「うるさいわね!一緒に帰るのよ!」 「あんたも死ぬわよ!戦友を楽にするのも艦娘ができることよ!」 「何でそんな死なせたがるのよ、この死にたがり屋!」 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:06:03
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

頭の中で何かが弾け飛んだ。右手の拳で奇妙に綺麗なままの軽巡洋艦娘の頬を張り飛ばした。大井は勢いよく尻から水面に叩き付けられる。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:06:26
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

「あんたに何が分かるっていうのよ!この私の、何が!」 「うるさい!」 今度は勢いよく立ち上がった大井の左拳が、私の鼻下に叩き込まれた。めり込んだ拳の衝撃と痛みに思わず身体を折る。 「そうよ!あなたのことなんて私は知らないわ!でもそれはあなたも同じはずよ!」 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:06:55
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

大井は私の身体の斜め上で荒い息をしていた。 「でも、あなたよりも長くこの世界にいる。そしてこの子を知っている。大切な私の仲間を、戦友を、友達を」 「…っ」 「そう、例え死ぬためでも生きるためであっても私はこの子を連れて帰るの。連れて帰らないといけないのよ!」 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:07:25
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

ようやく衝撃から解放されて私は頭を上げた。鉄くさい香りが鼻をつく。 大井は言い終えて荒々しい顔のまま肩で息をしていた。 「…わかったわ。言いたいことは山ほどあるけど、何とかするしかないわ」「本当…?」 こちらを見たその目はまだ疑いの色に支配されていた。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:08:00
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

「だってそうしないとあなた、テコでも動かないじゃない」 「ひどい物言いね」 「何言ってんのよ、あなたがその娘を連れて帰ると決めたように、私もあなたを私の鎮守府へ連れて帰ると決めたのよ」 「…どうやら私たち、似たもの同士らしいわね」 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:08:30
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

「あなたよりは柔軟よ。でもできればもうすこし早く、安全な場所で会っておくべきだったかも」 思わず顔を見合わせた。その顔からは怒りが消え、少しほほ笑んでいたような気が…した。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:08:55
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

その、次の瞬間だった。閃光が視界を支配して、何も見えなくなった。そして光よりも遅れて轟音が私の鼓膜に突き刺さる。衝撃波が視界と意識を奪い取った。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:10:51
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

ようやく視界が回復した。何かが頭の上に載っている。そして鈴谷の姿はどこにもなかった。 「大井…どこ?」 「ここにいるわ…鈴谷は…!」 私を見上げた大井が声にならない悲鳴を上げた。私は頭の上に載っている何かを掴む。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:12:29
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

ぬちゃっとした気色の悪い感覚が手を通して伝わってくる。 よく目をこらしてみるとそれは人間の内臓の一部だった。今度は私が悲鳴をあげた。 「落ち着きなさい!落ち着いて!」 様々な感情で顔をぐちゃぐちゃにした大井が何とか私をおとなしくさせようとする。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:13:55
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

その時だった。 今度は幾つもの風切り音がやけにはっきりと耳に届いた。大井が私を突き飛ばした。あまりの勢いに一回転してだいぶ離れた所まで飛ばされる。 再び閃光と、遅れて届いた爆発音が網膜と鼓膜を支配した。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:14:41
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

??「ヤッタカ?」 ??「イヤ、行動不能ニ追イ込ンダダケダ」 ??「マァイイ。片ヅケルダケヨ」 ??「リルカ」 ??「ナニ?」 ??「空母ノ方ハ殆ド無傷ラシイデス」 ??「運ノイイ奴メ…イヤ、待テヨ。少シ興味ガアル」 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:15:46
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

―視界がはっきりしない中で、声だけが聞こえてくる。私たちによく似た、しかし明らかに違う声質、そう…とても耳障りな声。 この声はまさか、深海棲艦か? #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:16:32
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

ようやく視力が回復してきた。それが分かったと同時に強い光が私に向けられた。何日か前にもこんなのがあったな。 「動クナ!」 先ほど聴こえてきたのと同じ、私たちによく似た声が響いた。深海棲艦だ。 「ミナ、コイツ、非武装ダゾ」 「何テコッタ!悪運ノ強イ奴メ」 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:17:07
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

悪運。悪運か。冗談じゃない。ここでこうしていること自体不運だろう。幸運艦?海軍次世代空母の先達?あげくの果ては敵に囲まれても平然としているか?ふざけるな。 「大人シクシロ。抵抗ハ無意味ダ…ソレトモ武装モ無シデ何ガ出来ルトデモ?」 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:17:34
奇くらげ@金曜日東へ45a @boneofjellyfish

無意味。そうか、無意味か。 「…無意味、そう、無意味ね…クッ…ククク…」 「何ダ!何ガオカシイ!」 乾いた破裂音。次の瞬間、鼓膜を破らんとする程の爆音と共に黒光りする駆逐艦クラスの身体が吹っ飛ぶ。 #未完成世界の鎮守府

2015-12-15 00:18:06