1部 3章【嘆きの咬み傷】

入江の魔人シリーズ第4弾
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えみゅう提督 @emyuteitoku

私に新しい提督と新しい仲間ができた。提督の名は江見悠、仲間は筑摩、明石、初風の3隻。けれど、どうにも怪しい人たちばかりで、昔のように心が休まることはない。私は今任務のために白波を立てながら海上を走っている。編成は筑摩と私――五月雨の2隻だ。 1

2015-12-17 22:00:18
えみゅう提督 @emyuteitoku

提督から言い渡されたのは敵空母群の撃破。航空戦力を持たずに挑むには難しい任務なのだが、旗艦の筑摩は出撃命令を了承した。私は唇に当たる飛沫の塩辛さを感じながら、筑摩に声をかけた。「本当に、大丈夫なんでしょうか」「任務中だ。私語は慎んどけ」厳しい答えが返ってきた。 2

2015-12-17 22:02:14
えみゅう提督 @emyuteitoku

私がすぐに口をつぐむと、筑摩は少し速度を落としてこちらに振りむいた。「なーんてな、別にいいぜ、おしゃべりくらい。不安なんだろ」筑摩の左目の青い瞳が私を見つめた。妙に頼もしく感じる淡い光だ。「私達には航空戦力がありません、制空権を奪われるのは必至です」 3

2015-12-17 22:04:23
えみゅう提督 @emyuteitoku

空母に戦いを挑むからには、まずは空が主戦場となる。敵攻撃隊を漸減、もしくは対空射撃で隊列を崩すなどして上からの強襲を避けなければならない。今の私達にできることは索敵機からの連絡を待つことだけだ。先に敵に見つかった場合のことはあまり考えたくはない。 4

2015-12-17 22:06:47
えみゅう提督 @emyuteitoku

私の不安を見透かしたのか、筑摩は快活に笑う。「ハッハー!さては五月雨ちゃん、私のこと甘く見ているな?私はこの海を知り尽くしてんだ」筑摩は両手の鉄塊を上げガッツポーズを取る。彼女は自分がどれだけ矛盾したことを言っているのかわかっているのだろうか? 5

2015-12-17 22:09:25
えみゅう提督 @emyuteitoku

筑摩は建造要請に応じて送られてきたばかりだ。北方海域を知るどころか、実戦経験さえないはずだというのに、彼女はやけに海を走り慣れている。時折後ろ向きに走ったり、空を見上げたまま波を避けたり、それでいて速度は一定で、隊列位置や航行方向がぶれることも一切ない。 6

2015-12-17 22:11:35
えみゅう提督 @emyuteitoku

「筑摩さんは何者なんですか?」私の率直な質問に、筑摩は答える。「重巡リ級のノーマルモデルだけど?」「は!?」まさかそのまま返してくるとは思わなかった。驚く私に対し、筑摩は困ったように眉を寄せる。「いや、だって…服は規格の物だけどさ、筑摩には見えんでしょ、私」 7

2015-12-17 22:15:33
えみゅう提督 @emyuteitoku

反論の余地がない意見である。「確かにそうですけど…ばらしていいんですか?」「仲間だからな」筑摩はあっけらかんと答えた。「でも仲間っていうなら、その…深海棲艦と戦うのはどうなんですか?」「敵は敵だ。艦娘だって皆仲間ってわけじゃないだろ?どこでも悪い奴はいるさ」 8

2015-12-17 22:16:46
えみゅう提督 @emyuteitoku

納得のいかない私の顔をみて筑摩は少し考え込んでから答えた。「別にいいだろ、どんな姿をした奴がどこで平和を願っていてもよ」筑摩は恥ずかしそうに笑う。嘘を言っているようには見えない。私はその思いがいつ生まれたのかを知りたかった。彼女はいつから戦い続けてきたのか。 9

2015-12-17 22:18:15
えみゅう提督 @emyuteitoku

「筑摩さんはいつからそう思うようになったんですか?」返事はなかった。筑摩は険しい顔で艤装に備えた通信機からの打電に耳を傾けていた。信号はララハと続けている。その暗号に対して私は思慮を巡らせる。「…あの、もしかして、空母三隻編成の小型二隻、大型一隻。ですか?」 10

2015-12-17 22:20:33
えみゅう提督 @emyuteitoku

私の分析に筑摩は眉を上げた。「すごいな、大正解。前から使っている暗号なんだがばれてた?」「なんとなくです。そもそも空母を探していましたし。LightAirとHeavyAirでLALAHAかなって」少し得意になる私を、筑摩は両手で抱え上げた。「じゃ、位置が分かったし。走るぞ」 11

2015-12-17 22:22:23
えみゅう提督 @emyuteitoku

今までの速度は歩いていたのか、そう思った矢先、体に強烈なGを感じた。筑摩は水面を蹴りつけ、加速する。背後に戦艦主砲が着弾したかのような、巨大な水柱が上がり、両舷には白波がそびえ立った。圧倒される私を筑摩が怒鳴りつける。「対空戦闘用意だ!後ろばっか見てんじゃない!」 12

2015-12-17 22:24:30
えみゅう提督 @emyuteitoku

暴風が全身を叩く。風に押されて閉じていた瞼を薄く開けると、敵機の編隊がゴマ粒のように前方上空に広がっていた。「て、敵機目視しました!」「知っとるわ!艦爆主体の編隊だ。数は…33機、思ったより少ないな」筑摩は難しい顔で考え込み、私は抱えられたまま射撃準備を整える。 13

2015-12-17 22:26:17
えみゅう提督 @emyuteitoku

「いくら二隻相手とはいえ空母三隻で飛行戦隊一個とは手抜きすぎだな。後方の編隊の動きも微妙だ、慣れてないんだろう。となると…」筑摩は何か思いついたのか、一つ大きく頷いてさらに速度を上げた。「五月雨ちゃん、対空任せた!それと、かなり飛ばすから酔うなよ!」 14

2015-12-17 22:28:07
えみゅう提督 @emyuteitoku

敵機が迫ってくる。だが、筑摩の尋常ではない速力に対応できないのかいくつかの編隊が崩れかけている。私は主砲を上空に向けた。今の武装は12.7㎝連想砲、対空向きの装備ではないが、筑摩に抱えられているおかげで体が上を向いており、かなりの仰角がとれる。 15

2015-12-17 22:30:06
えみゅう提督 @emyuteitoku

息が詰まる強風の中、私は敵機に向けて主砲を放つ。まだ距離が遠く砲弾はかする気配すらない。「無理に当てようとするな、上にぶっ放せるのを見せるだけでいい。小隊一個の邪魔ができれば十分だ!」筑摩は雄々しく私に語り掛けた。息が詰まる風の中でも彼女の声は私の鼓膜と揺らす。 16

2015-12-17 22:32:31
えみゅう提督 @emyuteitoku

「委細承知しました!」私は自分を勇気づける意味も込めて、大声で返答する。「直上に入ろうとする隊を狙え!練度が高いのはそっちだ!」続く筑摩の指示、その判断を信じ私は前方の敵機に向けて射撃を続ける、狙いは編隊のやや前へ。五度目の砲撃の直後、空に一つの火花が立った。 17

2015-12-17 22:34:12
えみゅう提督 @emyuteitoku

「当たった!一機、煙を吐いています!爆弾投棄、高度を――」「戦果確認なんぞいらんわ!視線を下げるなっ!」筑摩の叱責が落ちかけた私の目線を持ち上げた。敵機の隊列は崩れておらず、投下位置についている。「爆撃きます!」私の報告を聞いて筑摩は一瞬だけ真上を見た。 18

2015-12-17 22:36:13
えみゅう提督 @emyuteitoku

再び顔を前に向けた筑摩の表情は、硬く影が落ちていた。私の対空ではどうにもできなかったのか、そう思った。しかし、筑摩は降り注ぐ爆弾に対して速度をさらに上げ稲妻のような航跡を刻む。海面に落ちた爆弾が上げる水柱よりも高い白波を立てながら、全ての爆撃を避けていく。 19

2015-12-17 22:38:19
えみゅう提督 @emyuteitoku

続く緩降下爆撃は、ほとんど後ろに着弾していて、筑摩の練度差の判断が正しかったことが見て取れた。爆弾を抱える敵機がなくなったことを確認し視線を海に戻すと、水平線に上部が丸い艦影が三つ見えた。「敵艦、目視しました!」いよいよ現れた敵本隊を前に鼓動が高鳴った。 20

2015-12-17 22:40:49
えみゅう提督 @emyuteitoku

敵艦隊は艦首をこちらに向け面舵を切っている。「離れていきますね、追いかけましょう」砲撃戦を前に筑摩は少し速度を落とし私を海面に降ろした。「いや、舵はそのままだ」筑摩の判断は意外なものだった。追えば同航戦に持ち込める位置だ。「逃しては二次攻撃が来ます!」 21

2015-12-17 22:42:03
えみゅう提督 @emyuteitoku

筑摩は左手を大きく掲げた「言ったろ甘く見んなって」それがこの戦いで筑摩が見せた唯一の闘志だった。彼女は左腕の鉄塊を一発の轟音と共に振りぬいた。音は一発だけのはずだった。しかし、宙に残るのは三つの煙。揺らめく黒煙が色を失う前に、三隻の空母に穴が開いた。 22

2015-12-17 22:44:23
えみゅう提督 @emyuteitoku

瞬きをする時間もなく、軽空母達は大爆発を起こした。もう見る必要はない、爆沈だ。しかし、後続のヲ級は左舷の大穴から火を噴きながらも健在だ。「誘爆しろ…沈め!」体に力を入れて祈る私の肩に筑摩が手を置いた。「がきんちょが物騒なこというもんじゃない」 23

2015-12-17 22:46:31
えみゅう提督 @emyuteitoku

自分で仕留めたからこその手ごたえなのか、筑摩は反撃無しと判断し両腕を降ろしていた。彼女は速度を落とし、やがて立ち止まった。「あいつはもう助からない」筑摩の言葉と共に一際巨大な火柱が黒煙をまとって吹きあがり、煙の中からヲ級の頭部兵装が木の葉のように舞い上がった。 24

2015-12-17 22:48:15