『死に至らない罪』と『死に至る罪』

『死に至る罪』とは何か…? 新約聖書のみことばを新約聖書からだけで理解しようとするのか、旧約聖書も含め、聖書全体から理解しようとするのかで、解釈がこんなにも違うのです。
律法 贖い いけにえ 身代わり
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サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
1ヨハネ5:16ーだれでも兄弟が死に至らない罪を犯しているのを見たなら、神に求めなさい。そうすれば神はその人のために、死に至らない罪を犯している人々に、いのちをお与えになります。死に至る罪があります。この罪については、願うようにとは言いません。 *『死に至る罪』とは何か…?
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
【新改訳チェーン式注解】によると、 *死に至る罪ーいろいろな解釈があるが、聖霊を汚す罪と見るのが最も最適である。これは、聖霊のわざを悪魔のわざであるとして、聖霊に逆らい、聖霊の語りかけに耳を傾けようとしない、霊的に傲慢な罪である。イエスは、聖霊を汚す罪は赦されないと語っている。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
(マタイ12:31~32, マルコ3:29, ルカ12:10) 聖霊によって良心が責められても、故意に聖霊を拒み、反逆し続ける者には救いがないので、当然死に至ることになる。 …もしこの注解が正しければ『死に至る罪については、願うようにとは言いません』ということになりはしないか?
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
つまり、それは頑なに福音を拒み続ける不信者の救いは、願わなくてといい…ということになりはしないのかな? この注解の内容は、新約聖書のみことばを、新約聖書からだけで理解しようとしているように思える。聖霊を汚す罪というのは、ベルゼブル論争の時のユダヤ人に対して言われたことだ。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
律法と預言書(旧約聖書)を託され、尚且つ、メシアを信じるユダヤ人信者によると、1ヨハネ5:16は次のように解釈される。 モーセの律法によれば、大きく二種類の罪に分類される。 『死に至る罪』と『死に至らない罪』だ。 この場合の『死』とは、罪を犯した人の肉体の死のこと。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
律法により、犯した罪の種類により、その人の身代わりとなるいけにえの動物が決められていたーレビ記1~7章。 身代わりとなる動物がいる罪を犯した場合、罪人本人の代わりに動物の血をささげればよかった。 その血により罪は覆われたので、本人は死ぬことのない『死に至らない罪』に分類される。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
しかし『姦淫・殺人・神への冒瀆』などの罪には、身代わりとなる動物の規定はなかった。 *姦淫レビ記20:10ー人がもし、他人の妻と姦通するなら、すなわちその隣人の妻と姦通するなら、姦通した男も女も必ず殺されなければならない。申命記22:22~24
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
これを律法学者とパリサイ人が悪用したのが、ヨハネ8:1~11『姦淫の女』の話。 osusowake.hatenablog.com/entry/2014/07/…
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
*殺人レビ記24:17~19ーかりそめにも人を打ち殺す者は、必ず殺される。 動物を打ち殺す者は、いのちにはいのちをもって償わなければならない。 もし人がその隣人に傷を負わせるなら、その人は自分がしたと同じようにされなければならない。創世記9:5
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
例外は、殺意のない過失殺人の場合のみ申命記19:3~4ーあなたは距離を測定し、あなたの神、主があなたに受け継がせる地域を三つに区分しなければならない。殺人者はだれでも、そこにのがれることができる。 殺人者がそこにのがれて生きることができる場合は次のとおり。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
知らずに隣人を殺し、以前からその人を憎んでいなかった場合である。 故意に殺人を犯した場合は、身代わりとなる動物の規定がないため、殺人者本人のいのちをもって償うことになった。これも『死に至る罪』です。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
*神への冒瀆レビ記24:16ー主の御名を冒瀆する者は必ず殺されなければならない。全会衆は必ずその者に石を投げて殺さなければならない。在留異国人でも、この国に生まれた者でも、御名を冒瀆するなら、殺される。 マタイ26:63~66…御子イエスは、この『冒瀆罪』に問われました。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
これらは全て神の存在を知る『神の民であるユダヤ人』に対する規定です。 律法による動物のいけにえでは、贖いきれなかった『罪』があったということ。つまり、律法は『不完全だった』ということです。しかし、神の小羊としてのイエスの血は、全ての罪から贖い、きよめてくださるものです。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
著者ヨハネは、信者の中でこのような罪を犯した者に対して「願うようにとは言いません」と記している。それは、彼らがたましいの救いを失うという意味ではなく、そのような罪を犯した者はこの世にあって、肉体の死という罰の対象になったということです。 1ヨハネ5:18a

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