- lupinus_marine
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「...」 縄に縛られた、紫色の長髪を振りまく妖艶な"男"。 見るものを欲情させる"魔性"。 私の目の前にいる者は、そんな姿をしていた。 「...こいつが、僕たちと同じとはな...とてもそうは思えないな。あまりにも女性的すぎる。君よりもな。」
2016-01-01 02:49:20隣で見ていたオスぼのくんが呟く。私ですら危機を感じるほどの怨念と淫気。彼の目には、どれほどおぞましく映っているのだろう。 「...」 コードネーム「魔性ぼの」は、ひたすらに黙していた。 「戦場ではうるさかったのに、だんまりか。...やっぱり、"ここ"はトラウマかい?」
2016-01-01 02:52:02ピクリ。少し肩が震えた。 「やっぱり...君も僕らと同じなら、工廠は忌まわしい場所、だよね。」 彼がどこで建造されたのかは知る由もないが、私たち欠陥駆逐艦曙、その中でも"ぼのくん"と呼ばれる者は。 そのほとんどが工廠か、監禁室でその生涯を終えると聞いたことがある。
2016-01-01 02:56:09「...はぁ、何も言わないのか。まぁいい、僕には関係のないことだ。」 この空気に耐えかねたのか、オスぼのくんがゆっくりと外に歩き出す。 「それに、君だけの方が話しやすそうだしね。...メスぼのくん。僕は君が嫌いだ。けれど、君のその包み込む力は嫌いじゃないんだよ?」
2016-01-01 02:58:42首をこちらに向け、そう呟く。彼なりに、私のことを見てくれていたのだ。こんな空気でなければ、今すぐにでも性転換薬をぶちまけて犯したのだが。 「じゃあね。...どうか彼を、解き放って欲しい。」 そう、ポツリと言い、彼は工廠を後にした。 残ったのは、彼と私だけだった。
2016-01-01 03:00:49ゆっくりと、彼に歩み寄る。 「...こないで」 その一言で、足が止まる。冷や汗が出る。これでは、まるで。 「...」 なおも歩み寄ろうとするが。 「こないで...こないでぇ!」 叫び声が工廠に響く。これではまるで...まるで...
2016-01-01 03:03:01「...わかった、近づかない。でも、話しくらいはさせて。」 敵意がないことを伝え、質問をしようと試みる。彼はどこから来て、なぜ攻撃を加えたのか。 それが、とても知りたかった。 「あなたは誰?何故、私たちに攻撃してきたの?」 ゆっくりと、口が開く。 「...私は魔性ぼの。」
2016-01-01 03:05:45...ああ。そういうことか。途端に、思考が回復する。 彼が何故、男を魅了してやまないのか。彼が何故、戦場で負の感情をばら撒いていたのか。 驚くほど単純だった。 彼は、私たちの過去。 彼は、私たちの苦しみの象徴。 ...そして。 彼は、私たちの集合体だった。
2016-01-01 03:09:32「私は!私たちはねぇ!貴方みたいな!幸せに!幸せに暮らしてる奴らが憎くてしょうがないの!滅茶苦茶にして、私と同じ苦しみを味合わせたいの!だから...だからここに来た!貴方を滅茶苦茶にするためにね!」 吐き出すような、激しい言葉の羅列。彼の言い分はわからなくはなかった。
2016-01-01 03:12:22だが。私には。 「近づかないで!近づかないでって言ってるでしょ!?」 それが 「何を...っ!?」 許せなかった。 「...い、たい...」 「...痛いでしょうね。私、本気でビンタしたの、貴方が初めてだから。」 初めて人を殴った。自分の意思で殴った。後悔はない。
2016-01-01 03:14:51彼の肩を抑える。 「幸せに暮らしてる...?ふざけないで!今まで、今まで私がどんな事を受けてたか知ってていってるの!?」 「知ってわよ...!貴方は私、私は貴方よ!」 「だったら尚更!そんなこと2度と言わないで!...貴方は、死ねたんでしょう!?」 「...」
2016-01-01 03:17:05怒りが収まらない。なおも叫ぶ。 「私だって!!死にたかった!!ずっと、ずっと苦しかった!!提督に殴られて!戦艦の人たちのサンドバッグにされて!駆逐艦のみんなにリンチされて!それで...それで謝られてぇ!誰も悪くない...悪くなかったのにぃ!」 「...」
2016-01-01 03:19:05「でも、辛かったぁ...!辛かったんだよ...!痛かったし、苦しかったし、悲しかった...!私さえ、私さえいなければと!私が死んじゃえば、それで終わるって思ってた!けれど!死ねなかった...怖かったの...すごく...怖かったんだよ...」 「...」
2016-01-01 03:21:02魔性ぼのくんは、目を見開いて、こちらを見ているだけだった。 「でもね...?工廠から連れ出されて、提督に、海色さんの所に来てね...変われたんだよ...?」 「貴方は...幸運だったのよ...」 魔性ぼのくんが顔を下げる。まるで、眩しい太陽を見たかのように。
2016-01-01 03:23:58「確かに、そうかもね...私は、幸運だった。ゴミのように棄てられずに、生きてるんだから。」 「だったら...!」 「でもね。貴方だって、幸運だと思うよ?」 「何を言ってるの!?私は!」 「私たちの怨念、だよね?ずっと、辛かったんだよね?苦しかったんだよね?」
2016-01-01 03:26:56「っ...そう、よ...」 彼の目には、涙が浮かんでいた。辛かったのだろう。苦しかったのだろう。並の感情ではない、どれだけの負の感情が集まったのか、どれだけの私たちが集まったのか。どれだけの...どれだけの年月をかけて、「彼」になったのだろうか。
2016-01-01 03:32:59無意識のうちに、彼を抱きしめていた。 「あなたっ...!何を、して...」 「...いいよ。」 「え?」 更に強く、抱きしめる。 「私が、受け止めてあげる。」 「意味が...わからないわ...」 彼の顔は見えなかった。けれど、その声は震えていた。
2016-01-01 03:35:37「言葉通りだよ。辛かったから。苦しかったから。私たちを不幸にするのはもうやめて。」 「...」 「その代わりに、私に聞かせて?貴方が、貴方たちが。どんな体験をしてきたのか話して?」 「私は...」 「...幸せに、なりたかったんだよね?」 「...!」
2016-01-01 03:38:31「でも、幸せになれない。そう、思ってたんだよね...」 「私も...私たちも、幸せになっていいの...?」 「いいんだよ、幸せになって。貴方たちが幸せになっちゃいけないって言った人は、私がぶっ飛ばしてあげるから!」 にこりと、彼に笑って見せた。
2016-01-01 03:40:53「うっ...うぅうっ...!」 強く抱きしめられる。隣で嗚咽が聞こえる。 「私...私ぃっ!ずっと、ずっと苦しかった!私は、私たちは!他の艦娘を、人を!不幸にすることでしか幸せになれないって!蹴落とさないと!幸せを噛み締められないって!」 「うん。うん。」
2016-01-01 03:43:44ゆっくりと、彼の背中を撫でる。 「間違った幸せだって!気づいてた...気づいてたの!でも!普通の幸せは訪れないって!怨念として混ざり合った私たちに、安寧は訪れないって!ずっと...ずっと幸せから逃げてたんだ!」 「うん。うん。もう大丈夫。幸せになってもいいんだよ。」
2016-01-01 03:46:24「うっ...うぅぅっ!うわぁああああああっ!!!」 泣きじゃくる彼を、押し潰れないくらいに強く抱きしめる。彼は不幸せだった。けれど、それももう終わり。彼はもう、他の人を不幸せにして、空虚な幸せを掴むことはしないだろう。 「落ち着いた?」 「うんっ...うんっ...!」
2016-01-01 03:49:06