即興小説・アール氏の規則正しい生活

即興。
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佐々木匙@やったー @sasasa3396

アール氏の生活は、いつも大変規則正しいものです。朝は七時ちょうどにぱちりと目を覚まし、すぐに服を着替え朝食のテーブルにつきます。朝食は全て調理マシーンが調えてくれていますから、アール氏はそれをもぐもぐと食べるだけです。今日も目玉焼きはちょうどいい塩加減。

2016-01-23 04:00:11
佐々木匙@やったー @sasasa3396

それからアール氏は新聞を広げ、ざっと目を通します。いつも彼はそれほど熱心には読みません。読み終わったものはばさりとテーブルに置くと、掃除機が掴み取って持っていってくれます。便利なものだなと毎日彼は思います。それから、外へ出る準備。身だしなみはしっかりとしなければなりません。

2016-01-23 04:02:43
佐々木匙@やったー @sasasa3396

アール氏は、重い三重の扉を開いて外へと出かけます。外は風が吹いているようですが、彼がそれを感じることはありません。何せ、厳重な耐災害用スーツとヘルメットを装備していますからね。アール氏は外に出ると、まず辺りを見回します。すっかり灰色になった街を。

2016-01-23 04:05:14
佐々木匙@やったー @sasasa3396

スーツはなかなか重く歩きづらいものですが、毎日着ているうちに慣れました。彼の日課は、このほとんど滅びたように見える街を歩き回り、何か変わったことはないか、できれば彼以外に生き延びた人間はいないかと探すことです。今のところ、成果は上がっていません。

2016-01-23 04:07:09
佐々木匙@やったー @sasasa3396

新型爆弾が落ちた(とラジオが告げた)のはもう三ヶ月前のこと。街はすっかり爆発で色を奪い去られ、人も灰色に変わってしまいました。アール氏が今も元気でいるのは、大変な心配性から前もってシェルターをこしらえていたから。彼を笑った人たちはもうみんな色を失って死んでしまいました。

2016-01-23 04:10:02
佐々木匙@やったー @sasasa3396

アール氏は街を一周します。小さな街ですから、数時間で散歩は終わってしまいます。街は全て灰色に沈み、動くものは彼の他にありませんでした。アール氏はヘルメットの中でため息をつきます。新型爆弾の威力を国も恐れ、この街は調査すらされないままにぽつりと放置されていました。

2016-01-23 04:12:32
佐々木匙@やったー @sasasa3396

アール氏はやがて自分の家、厳重なシェルターに戻ってきていました。重いドアを開けると、中は暖かい色に満たされています。彼は帰るたびにその光景にほっとしていました。ヘルメットを外し、スーツを点検して、問題ないことに安堵し、重いそれを脱ぎます。彼は軽くなった身体に微笑みました。

2016-01-23 04:15:21
佐々木匙@やったー @sasasa3396

そうして、また顔を曇らせます。一体いつまでこの生活を続けるのか? 毎日同じ日付の新聞を読み、誰にも合わない毎日を続けるのか? 食料はまだ残っていますが、それが尽きたら? アール氏はいつもはそんな考えを振り払い、音楽など聴き始めるのですが、その日は違っていました。

2016-01-23 04:17:28
佐々木匙@やったー @sasasa3396

彼はコンピュータを操作し、写真データをいじると懐かしいかつての街の姿を表示させたのです。青い空。赤い煉瓦の街並み。黄色い銀杏並木。かつてあったもの。今は失われたもの。彼はそれを見つめ、ほんの少しだけ泣きました。それから、テーブルに着きます。お茶の時間でしたから。

2016-01-23 04:19:52
佐々木匙@やったー @sasasa3396

やがて調理マシーンが温かい紅茶を淹れて運んできた時。アール氏は数週間ぶりに声を出しました。「明日、この街を出て外に行こうと思うんだ」マシーンは特に反応を示しません。「もう、ここには帰らないと思う」彼は続けます。「だから、お前の役目は明日の朝食までだ」

2016-01-23 04:22:23
佐々木匙@やったー @sasasa3396

調理マシーンは、軽く音を立ててスケジュールを調整しました。「明日の朝食以降、機能は休止します。よろしいですか?」「ああ」そしてぐるりと部屋を見渡し、「明日の10時で、食料庫以外全ての生活機能を休止モードにする」静まり返った部屋に、突然様々な電子音声が鳴り響きました。

2016-01-23 04:24:57
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「かしこまりました」「10時以降休止モードに移行します」「機能休止」「スリープします」「よろしいですか?」「休止」「休止」「受け付けました」そして、ぴたりと止まりました。アール氏は、生活機械たちを見渡し、それから頷きました。

2016-01-23 04:27:15
佐々木匙@やったー @sasasa3396

アール氏の生活は、いつも大変規則正しいものです。お茶の時間の後は、コンピュータ相手にチェスの勝負。いつも勝ったり負けたりを繰り返します。その日はなんだか調子が良くて、五戦して四勝の記録。アール氏はたいそう喜びました。それが終われば夕食で、その後は入浴。

2016-01-23 04:29:22
佐々木匙@やったー @sasasa3396

お風呂の後は、特にすることもありませんからすぐにベッドに入ります。アール氏は寝心地の良いベッドで天井を眺めながら、明日からのことを考えました。隣町への遠い旅路と、もしかしたら待ち受けているかもしれない検問や軍隊。それでも、彼は色に満ちた世界のことを思いました。

2016-01-23 04:31:44
佐々木匙@やったー @sasasa3396

彼は、閉じた瞼の裏にいっぱいの青い空を描きながら、腕を広げました。そして、生活機械たちの微かなモーター音を耳にすると、ぽつりとこう呟きます。「みんな、今までありがとうな」プログラムにない言葉ですから、当然返事はありませんでした。アール氏はそのまま眠りにつきました。

2016-01-23 04:33:49
佐々木匙@やったー @sasasa3396

明日、彼はここを出て行きます。抱えられるだけの食料と水、一枚の地図を持って。モーター音はそれを知ってか知らずか、微かにずっと響き続けておりました。

2016-01-23 04:34:58
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「アール氏の規則正しい生活」おわり

2016-01-23 04:35:20