月下の執着#2 月の光の、眩しい夜◆1
_マイラとパラファラガムスは、満月の夜に再び出会った。約束したのだ。マイラの夢を、見届けることを。 パラファラガムスがマイラの家に入ると、彼はすでに鎧を着ていた。落ち着かない様子で、椅子に座っている。 31
2016-02-15 17:17:15_決心した男に掛ける言葉は不要だ。二人は頷きあって、言葉を交わすことなく月明かりの下へと歩き出した。外を出歩くものはいない。冷たく、静かで、風のない夜だった。 「見張りを頼む」 それだけを伝え、マイラはただ前に進む。満月はやけに眩しかった。 32
2016-02-15 17:21:43_一歩踏むたび、マイラの心臓は跳ねる。体中から汗が吹き出し、鎧の下を湿らせる。逆に、喉は砂漠でも歩いているかのように乾く。月明かりが明るい。きっと瞳孔が開いているせいだ。マイラはそう思った。 目的地は、今は使われていない住宅街の詰所跡だ。 33
2016-02-15 17:25:42_マイラは夜の闇を見渡した。辺りに人はいない。ただ、パラファラガムスだけが立っている。 (いまだ、いましかない) 視線を送ると、パラファラガムスが静かに頷いて答えた。マイラは唾を飲み込み、彼に背を預けて儀式を始めた。 34
2016-02-15 17:30:13_大股で歩き、詰所に向かう。交代の鎧兵はいない。ただ、いるものとして一人でやる。正規品でない鎧はガチャガチャとうるさく、そのたびに心臓が凍りそうになる。 目が熱い。夢だった、儀式をいま再現している。自分が本当の鎧兵になった気がした。その時間は永遠に感じられた。 35
2016-02-15 17:34:58_詰所前でくるりと1回転し、剣を掲げる。これで交代は終了だ。あとは、やってくる交代の鎧兵を想像し、入れ替わりで交代する儀式もやろう……そこまで考えたとき、驚きで声が出そうになった。 見守っていたはずの、パラファラガムスがいないのだ。さすがに動揺する。 36
2016-02-15 17:38:43_それでも、マイラは冷静に考えようとする。 (パラさんは俺を分かってくれた。信じてくれた。その俺が、パラさんを疑ってどうする。信じるんだ。分かってくれたなら、俺も分かってやるんだ。きっとパラさんは何か事情があって……とにかく、恩を返さなきゃいけないんだ) 37
2016-02-15 17:42:29_決心してからは早かった。交代に来る鎧兵を想像し、迎える所作をする。そしてくるりと1回転をして、礼をし、ゆっくりと詰所跡から遠ざかっていく。もうすぐ、全てが終わる。そのときである。 遠くで声がした。警笛が鳴る。鎧兵が緊急事態を告げている。何かアクシデントが起こったのだ。 38
2016-02-15 17:47:17_野次馬が遠くで騒いでいる。声は遠くだが、場所的には非常に近い。大きな事件が起こったようだ。 (頼む、誰も来ないでくれ) マイラは必死に祈る。 (俺は、俺の楽しみを、俺だけで楽しんでいるだけなんだ……頼む、分かってくれなくていい。そっとしておいてくれ……) 39
2016-02-15 17:51:30_もうすぐ全ての所作が終わる。マイラはじっと闇の向こうを見ていた。姿は見えなくても、きっと自分を見つめる目がある。それは自分を非難する目ではなく、自分を信じてくれる目だ。 そして……彼はとうとう、やり遂げたのだ。 40
2016-02-15 17:55:38【用語解説】 【月】 内部まで完全に都市化された人工物であるが、その起源は古すぎて神々すら把握していない。魔力を司る月齢神たちが、闇のヴェールで月を覆うことで月が満ち欠けしているように見える。神々と使徒の住まう世界であり、銀のビルディングの間に霊力の泉が湧き、運河となって廻る
2016-02-15 18:02:26