魂魄妖夢四番勝負番外・輝く針の剣

備忘的なまとめです。原稿やってる時の落書きは筆が進む理論。
5
銅折葉 @domioriha

(これが、鬼を倒した一寸法師の剣…!!) 妖夢はこれまで、白玉楼剣術指南の名の元に、難敵と幾度も立ち合い、楼観白楼の二刃をもって応じた。 彼らは皆一様に、妖夢よりも強大で、妖夢よりも恵まれた体躯を誇っており、妖夢は彼らに二百由旬を駆ける脚と、剣の速さで打ち勝ってきた。

2016-07-23 23:42:54
銅折葉 @domioriha

だが、彼女は違う。この小人の姫は、妖夢よりも小さく、妖夢よりも疾い。 「どこを見てるのかしらっ!」 低く地を伏せての楼観剣の横薙ぎを、深く被った椀兜で打ち弾き。針妙丸の切っ先が泳ぐ妖夢の手首を強かに打ち据える。致命傷となる先端の刃筋こそ反らしたが、手首にずきりと激しい痛み。

2016-07-23 23:45:08
銅折葉 @domioriha

刹那。輝く針は宙を奔った。鋩は広大な庭を駆け抜け、裁ち鋏のごとき断音を轟かせて、四方無辺を無尽に刻む。 (ッ、しま、っ) そう。針。彼女の剣は、針なのだ。一刺しには留まらず、繰り返し折り返し、ほつれを見出し、見渡す限りを一繋ぎに縫い止める。輝く針の剣。 「――輝針剣、天衣百縫」

2016-07-23 23:51:55
銅折葉 @domioriha

一瞥百回の返し縫い。跳び退ろうとした脚ごと、光の針に貫かれ、縢られ。 冥界の庭師は、成す術もなく二百由旬の庭に縫い止められる。 「――ねえ」 血の滲む切っ先をひゅんと振って。 小人の末裔は、つまらなそうに振り向いた。 「そんなものなの? 冥界の剣士さんっていうのは」

2016-07-23 23:55:49
銅折葉 @domioriha

どろん。縫い止められていた妖夢の姿が白く煙に包まれ、消える。 じたばたともがくのは、幽明の苦輪で身代りになった半霊だ。針妙丸が肩越しに視線を向けるその先で、庭師は膝を付いて荒く息を繰り返していた。 (……強い) 四尺七寸の楼観剣を杖代わりに、かろうじて身を起こす。

2016-07-23 23:59:19
銅折葉 @domioriha

あ、と思う間もなく。綾目模様の振袖が宙を跳ねる。 容赦なく眉間を刺し貫かんと打ち出される小人姫の切っ先を、紙一重で躱し。すれ違いざまに身を翻し、腰裏から抜き放った白楼剣を一閃。逆手握りの迷食の刃は、しかし神速で引き戻された針先に絡め撃ち落とされた。

2016-07-24 00:02:13
銅折葉 @domioriha

ぎゅるん。うねる蛇のごとく。螺旋を描いて絡み付く針剣の先端が、楼観剣を這い登る。得物を足場に牙を剥く毒蛇の鋩。喉元に迫る刃を前に、 「ここだ!」 妖夢はためらいなく楼観剣を手放した。白い腕を逆に捻り、針妙丸の胸元を掴む。針剣を肩と顎で挟み取り、丹田に気合を込めて一歩を踏み込んだ。

2016-07-24 00:05:33
銅折葉 @domioriha

轟音。玉砂利を跳ねさせ庭を揺らがす踏み込みと共に、小人の姫に肩からの当て身を見舞う。 魂魄流、炯眼剣――からの、折伏無間。体を崩したところに強かな一撃を喰らった小柄な身体は宙を舞い、遠く跳ね飛ばされて――地面との激突の寸前、くるんと身を回して着地する。 「……やるわね」

2016-07-24 00:08:58
銅折葉 @domioriha

少なからぬダメージにげほ、と咳き込む口元をぬぐいながら、針妙丸の表情は恐れも怯えも見当たらず、なお凛々と勇気に燃えていた。 「うん。そうそう。そうでなくっちゃ面白くないわ」 聊かも、折れず、曲がらず、まっすぐに。その通りだ。彼女は小人族。鬼退治の英雄、一寸法師の末裔。

2016-07-24 00:11:09
銅折葉 @domioriha

(参ったな……) 苦境も、苦難も、構わず堂々と乗り越えて。針妙丸はどんな時も、己よりも強大で壮健な相手を前に、その小さな体いっぱいの勇気で挑み、打ち倒してきたのである。 (これ、ちょっと……勝てそうにないかも) これまでと正逆の立場に置かれ。窮地の妖夢の頬を、冷や汗が伝い落ちた。

2016-07-24 00:14:24
銅折葉 @domioriha

魂魄妖夢四番勝負番外・輝く針の剣【つづき】

2017-02-08 23:19:46
銅折葉 @domioriha

「さあ、どうしたの!? もうおしまい!?」 鋭き針の切っ先を油断なく構え、小人の姫は叫ぶ。赫赫たる振る舞いは威風堂々にして雄偉剣蘭。まさに鬼に挑んだ勇者の末裔のものか。 半人半霊の庭師は剣を振るってこれに応じんとするが、その旗色はひどく悪い。

2017-02-08 23:21:16
銅折葉 @domioriha

一振り十滅の楼観剣も、迷い喰の白楼剣も、煌めく針の輝きに弾かれ、反らされ、地へと撃ち落とされるばかりだ。 鬼を下した針剣が閃くたび、鋭い縫い返しが妖夢の手足を撃ち抜き、貫く。二百由旬の庭を駆け抜ける俊足も、出足を見定めて放たれる針先に地面へと縫い止められ、その動きを封じられた。

2017-02-08 23:21:36
銅折葉 @domioriha

妖夢は無様に地を転がり砂利に塗れながら、反撃と弦月の孤斬を振るうが、針妙丸は綾目辻花の振袖を鮮やかに翻しては巧みな足さばきでそれをかわした。 同時、しゃらんと針剣を腰の鞘に収めるや否や、背から取り出した長い釣り竿を高々と掲げる。 「そぉおーーーれぇえいいっ!!」

2017-02-08 23:23:10
銅折葉 @domioriha

「んな……っ!?」 テグスのきらめきを後に残して、海幸の釣針は空を奔る。針糸は狙い過たず妖夢の足を絡め取り、そのまま容赦なく宙へと引き上げていた。豪快なる一本釣りに、大根でもすっぽ抜くかのように高々と放りあげられ、バランスを欠いた庭師にめがけ。 「輝針剣――絵羽縫直し!!」

2017-02-08 23:23:51
銅折葉 @domioriha

即座の抜剣、一振りから息を継ぐ間もない連続の返し縫いが、妖夢を半霊ともども空へと縫い止めた。 辛うじて打ち払った太刀影と柄で体の軸こそ守るが、それ以外の部位には防御が間に合わない。小人の剣に四肢を無残に引き裂かれ、庭師は玉砂利の上に大きく膝をつく。 ――そこへ。

2017-02-08 23:24:33
銅折葉 @domioriha

「ぇえええーーーーーいっ!!」 鋭い気合と共に、天より打ち下ろする黄金色の小槌。 小人の体躯を遥かに超え、際限なき願いを叶える鬼の宝具が、その本来の大きさを取り戻して放たれる。 地面に穿たれる黄金の一撃は深々と大地を抉った。冥界を穿つ轟音に、幽霊が怯え、並ぶ桜の梢が揺れる。

2017-02-08 23:26:01
銅折葉 @domioriha

「っ、えほっ……」 激しくせき込む半人半霊の庭師。 直撃の刹那、衝撃の瞬間に、妖夢は自分の胴に半霊をぶち当てて、間一髪、小槌の振り落とされた範囲から逃げ出していた。 地面に転がりながら必死に距離を取り、四尺七寸の大太刀を構えんとする。

2017-02-08 23:27:15
銅折葉 @domioriha

爆音と煙が納まる中、針の先端が土煙を裂いて飛ぶ。 咄嗟に振るった大太刀の峰が辛うじてそれを撃ち返すが――もはや妖夢の四肢は満身創痍。四尺七寸の大太刀をもってしても、細い針の切っ先を弾くのに精一杯だ。 「ぐ……っ」 じわり、手首の傷から溢れた血が、白い玉砂利に紅い花を散らした。

2017-02-08 23:28:26
銅折葉 @domioriha

地に伏せる庭師を見下ろして。右手には英雄一寸法師の針の剣、左手には鬼の祭器、打ち出の小槌。鬼を下した御伽噺の勇者の証を掲げ、進撃の小人は威風堂々と妖夢に迫る。 「ふふん」 「…………っ」 くるんと、椀の蓋を指先でもて遊んでは帽子のように頭に乗せ直し、針妙丸は笑みを見せた。

2017-02-08 23:29:39
銅折葉 @domioriha

自信げな少女の笑み――しかしそれは過信ではなく、確かな実力と、底知れぬ勇猛さに裏打ちされたものであることを、妖夢は痛いほど思い知らされていた。 (……鬼よりも、強い) 相性の問題がないとは言えない。けれどそんなものは無関係に、針妙丸は単純に妖夢よりも鋭く、そして迅いのだ。

2017-02-08 23:30:02
銅折葉 @domioriha

師より受け継ぎ、白玉楼を守るための魂魄の二刀。この小人の姫には、それがまるで通じない――その事実を眼前に突き付けられ、思い知らされて、妖夢は歯噛みする。 己の未熟に。そして、未だ知らずにいた強敵との出会いに。 (いつの間にか、思いあがっていたんだ)

2017-02-08 23:31:03
銅折葉 @domioriha

およそ。剣においての勝負ならば。格闘や弾幕というくくりではなく、単純な剣の技量でならば。幻想郷において自分に勝てるものなどそう居ないだろうと。明瞭ではなくとも、そう考える慢心が確かに、魂魄妖夢の心の中にあったのだ。 ゆえに妖夢は、同じ剣を使う相手を想定した鍛錬を、怠ってきた。

2017-02-08 23:31:54
銅折葉 @domioriha

鬼や、鵺や、強大な妖怪達との戦いにばかり、身を投じてきた。挑むのはいつも自分。相手は巨きく強大で、いかな攻撃も通じず、ゆえに自分はどうにかして工夫を凝らし、その突破口を探す。倒されても諦めずに、もう一度立ち向かう。そうすれば、いつか―― (いつかは、きっと?) ああ、いつからだ。

2017-02-08 23:32:33
銅折葉 @domioriha

いつから、それが当たり前になっていた。 (諦めずに挑めば勝てる。そうやって、何度も何度も負けても、最後に勝てば、それで自分の勝ち。そんな不公平なことを、私は、勝手に押し付けてきたんだ) 己の心に救っていた慢心を自嘲し、力の入らない手足を引きずって、ゆっくりと妖夢は起き上がる。

2017-02-08 23:33:28