魂魄妖夢四番勝負番外・輝く針の剣

備忘的なまとめです。原稿やってる時の落書きは筆が進む理論。
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銅折葉 @domioriha

冥界白玉楼。徳高き文人墨客の魂が、転生を忘れて安らぐ場所。最近はちょっと安らぎすぎてるんじゃないかと思ったり、いい加減顕界との結界が開きっぱなしなのどうにかしろと思うところもあるが、基本的には穏やかなあの世の一角である。  ――そんな楼閣の、二百由旬の庭に。 「たのもーぉ!!」

2016-02-28 23:02:07
銅折葉 @domioriha

実に威勢のいい挨拶が響き渡ったのは、春の足音も近い三月の頭であった。 「たのもぉーーーーうっ!!」 凛と響き渡る済んだ声の主は、身の丈およそ三尺あまり。綾目辻花の赤い振袖、渋茶の帯にたっぷりとレースのフリルをあしらったスカート。菫の髪は短く揃え、仰ぎ被るは笠の代わりの椀の蓋。

2016-02-28 23:10:22
銅折葉 @domioriha

その腰には二尺余りの針の剣を佩き、背に黄金色の小槌を背負った小人族の姫君であった。 「私は小人族の末裔、少名針妙丸! この白玉楼の庭師に一手お手合わせをお願いしにやってきたわ! 鬼退治の英雄にして我らが祖、一寸法師の名において、幻想郷一の剣士の座を懸けて勝負しなさい!!」

2016-02-28 23:14:25
銅折葉 @domioriha

「……はあ」 突然の挑戦状に庭の手入れも忘れて問い返すは、半人半霊の庭師にしてここ白玉楼の剣術指南、魂魄妖夢。 師にして祖父妖忌の後を継ぎ、鬼に鵺に死神にと打ち勝った百戦錬磨の使い手は、しかし現在まるきり植木屋の体で、ぱちんと植木鋏を鳴らして枝葉の手入れの最中である。

2016-02-28 23:18:09
銅折葉 @domioriha

「さあ、腕に自慢があるなら、まさか臆したとは言わないわよね!」 「えーと……」 泥で汚れた前掛けを擦り、胡乱な表情の妖夢を気にすることなく、針妙丸は自信ありげに胸を張ってみせるばかり。妖夢もだいぶん背の低い方だが、小人の姫はそんな妖夢をなお見上げるほどのちびっ子だ。

2016-02-28 23:19:55
銅折葉 @domioriha

それでも、彼女の表情は自信に充ち溢れ、まさに英雄野を往くがごとし。己が行く先にこそ道は拓けるのだと信じてやまぬ力強さが漲っていた。 「その」 「なにかしら!?」 目を輝かせる針妙丸に。 「後ほどお話は伺いますので、ひとまず、片付くまでお茶でもいかがでしょうか?」 「そうね!」

2016-02-28 23:23:24
銅折葉 @domioriha

お盆を乗せた半霊を呼び寄せて示す妖夢に、小人族の姫君はまこと寛大に頷くのであった。

2016-02-28 23:24:05
銅折葉 @domioriha

「要するにね。問題なのは幻想郷(ここ)の鬼たちなのよ」 ふうふうと湯呑みを抱えて覚ましながら、縁側に陣取った針妙丸はひとりうんうんと頷いて言う。 「私はしばらく前に、ここに来たばかりなんだけど。色々あって落ち着いて、ここにも鬼が住んでいるのだという話を聞いたわ」

2016-02-28 23:26:25
銅折葉 @domioriha

「小人族の末としては、いつか英雄一寸法師様のように、鬼とはまみえなければいけないのよ。そして正々堂々、勇敢に戦って、華麗に勝利をおさめなくちゃ。ご先祖様に申し訳が立たないわ。それなのに」 ぷうと頬を膨らませ――まるで小動物のようだな、と妖夢は思った――針妙丸は不満げだ。

2016-02-28 23:28:28
銅折葉 @domioriha

「それなのに。一体どういうことなのかしら。妖怪の山というのに鬼が住んでいたという話を聞いて行ってみれば、もうとっくに逃げ出したというし。かつてのその首魁であった四天王が天界に居座っているというから行ってみたら、酔っぱらってまるで話になりゃしないじゃないの。どういうことなのかしら」

2016-02-28 23:30:11
銅折葉 @domioriha

「はあ、それは……」 「本当に困ったものだわ、まあ、四天王って言うんだから他にマシなのがいるだろうとと思って探してみたんだけど、地底で美人さんを抱えて酔っぱらっていたり、もう鬼は引退したから鬼退治だなんて言われても困るとか言い訳したり! 一体どうなってるのかしら、ここの連中は!」

2016-02-28 23:32:31
銅折葉 @domioriha

ぷりぷりと、まるで頭から湯気でも吹き出さんばかりだ。針妙丸の頭の上でお椀の蓋がパタパタと揺れるのを見て、妖夢はふと晩御飯のおかずを考えたりした。 「それでね! その情けない鬼が言うことには、自分達を負かした強い剣士が、他に居るから、そいつに当たってくれって言うのよ」 「はあ」

2016-02-28 23:34:24
銅折葉 @domioriha

生返事の妖夢の頬が、いきなり左右からがっしりと掴まれる。針妙丸はずいと妖夢の顔を覗き込んだ。 「はあじゃなくて! 貴方のことよ! 貴方の!」 「――え?!」 伊吹の童子も、星熊の鬼も、茨木の隻腕も。揃って、自分達よりも強い剣士が冥界白玉楼に仕えているからと、そう言ったらしい。

2016-02-28 23:37:13
銅折葉 @domioriha

「おかげで幻想郷じゅう、すっかりたらい回しよ! 一寸法師だからって馬鹿にしてるわ! これで違いますなんて言ったってもう許さないんだからね!」 「えっと…」 詰め寄る針妙丸に気押され妖夢は言葉を失う。それにしてもどこかの仙人、露骨に正体ばらしてるけど良いのだろうかと思ったりもした。

2016-02-28 23:40:34
銅折葉 @domioriha

「それとも、貴方が鬼を退治したっていうのは嘘なのかしら?」 「いえ、確かに勝ちましたけど、あれは――」 「それなら話は早いわね!」 説明しようとした妖夢の言葉を遮って。小人族のお姫様は満面の笑顔で手を打ち鳴らす。――刹那。 「ッ―――!?」

2016-02-28 23:43:56
銅折葉 @domioriha

傍らの楼観剣を、半霊と共に掴んで抜き放ち。 大きく後ろに跳んで距離を取った妖夢の頬に、風を切って放たれた鋭い切っ先が、小さな切り傷をつくる。細い体からは信じられないほどの剣戟の衝撃が、妖夢の手をじいんと痺れさせた。 「いざ尋常に勝負よ、半人半霊の庭師さん!」

2016-02-28 23:45:44
銅折葉 @domioriha

輝く針の剣を、片手に抜いて半身に構え。 悠然と宣言する針妙丸に――妖夢は、勝負にしたって突然過ぎるだろうとかまだ仕事の途中なんだけどとかそもそも小人族の鬼退治ってそんなに必須なのかとか、いろいろ言いたいことを全部黙って飲み込んで、四尺七寸の大太刀を正眼に、向き直った。

2016-02-28 23:48:07
銅折葉 @domioriha

魂魄妖夢四番勝負「番外・輝く針の剣」 #つづかない

2016-02-28 23:48:49
銅折葉 @domioriha

深秘録で針妙丸ちゃんがすごい剣士っぷりを見せていたのでもう少し発覚が早ければ妖夢は四番勝負ではなく五番勝負になっていたであろう…… #そして例大祭にも間に合わず夏以降になる

2016-02-29 00:04:26
銅折葉 @domioriha

特に深い考えなしにはじめてしまった針妙丸と妖夢の勝負なんだけど、妖夢の勝ち筋を思いついてしまったので迂闊に三月上旬なんて日付を入れたことに激しく後悔している。

2016-02-29 00:28:01
銅折葉 @domioriha

「小人族にはね、初代の一寸法師様から三つの宝物が伝わっているのよ。一つは、鬼から奪った打ち出の小槌。二つ目が鬼を退治した針の名剣、輝針剣。……これは今は形だけしか残っていなくて、どっちかというと小人族の剣術の流派みたいに伝わっているわ。私これでも免許皆伝なのよ」

2016-02-29 00:33:48
銅折葉 @domioriha

「で、みっつめがお椀の船。これは長い時間の中でなくなっちゃったの。私の乗ってるのはレプリカなのよ。……それとね、本当ならこれにもうひとつ、打ち出の小槌を別格にして除いて、三神器になるように、お箸の櫂があったはずなんだけど――」「はずなんだけど?」

2016-02-29 00:36:29
銅折葉 @domioriha

「十代前くらいのご先祖様がね、二刀流使いだったんだけど、終生のライバルになる長刀の剣士と戦った時に、削って木刀にしちゃってね……その戦いで、ご先祖様は勝つには勝ったんだけど、お箸の櫂もぽっきり折れちゃって、それ以来、えらい人達はみんな知らんぷりなのよ」「あー……」

2016-02-29 00:38:26
銅折葉 @domioriha

「どうしたの、だらしないわね! それが鬼を退治した剣士の剣なのかしら!?」 神速の踏み込みから繰り出される剣尖、まさに雷光のごとし。四尺七寸の大太刀では打ち払うどころか掠らせるのが精一杯だ。たちまち傷だらけになる庭師を前に、小人の姫は勇ましげに針の剣を振りかざす。

2016-07-23 23:33:27
銅折葉 @domioriha

「ッ……!」 針妙丸の剣は、妖夢の知るいかなる流派とも違っていた。軽く羽子板のように構えた手首を返し、鋭い切っ先を撓らせて撃ち穿つ。 小人の姫君が意気揚々と赤い振袖を翻せば、一呼吸に十度を軽く超える鋩が妖夢の肌に深々と傷痕を刻んだ。白玉楼の庭はいくつもの孔を穿たれ、惨憺たる様。

2016-07-23 23:38:05