忠誠ごっこ

しんばしさんに篤く御礼申し上げます。
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里村邦彦 @SaTMRa

口さがない人は、戦車道を女子供のごっこ遊びだ、などという。戦車はもともと戦争の道具で、もちろん使っていたのは大人で、男で、今だって戦争映画の主役に、女子戦車兵が抜擢されることは珍しい。黒森峰の主力であるドイツ戦車を扱うものなんて、特にそうだ。百年足らずの伝統は、少々軽い所がある。

2016-03-01 12:52:18
里村邦彦 @SaTMRa

西住の家の仰々しいところ、大げさなところ、厳粛すぎるようなところを見るたびに、西住みほは少しだけ、そんな意見に靡きそうになる。西住本家の立派な武家屋敷は、見た目はまるで違うけれど、西洋の城郭でもあった。戦車道家たるものは、騎士[パンツァーリッター]であれ。それは一つの暗黙だった。

2016-03-01 12:55:25
里村邦彦 @SaTMRa

戦車道は騎士道に範をおく。武勲、勇猛、高潔、誠実。寛大、信念、礼節、統率。それは中世浪漫の徒花だった。掲げられたまま朽ちていたものだった。人間性を引き剥がすような、苛烈すぎる戦争が嘗てあり、誰もが夢想を求めたから、呼び戻されたものだった。西住の家も例外ではない。西住みほの当人も。

2016-03-01 13:00:57
里村邦彦 @SaTMRa

だが重かった。無限軌道の騎士甲冑、75ミリの大槍は、西住みほには荷が勝った。押し潰されるものだった。それでもみほはどうしてか、戦車試合をうまくやった。実の姉との試合から、時は流れてはや四年。中学戦車道界で、不敗西住の名は朽ちぬままだ。西住みほは目立たなかったが。

2016-03-01 13:05:18
里村邦彦 @SaTMRa

あと一年で、高校生。全国大会に出ることになる。それを思うたび、鎧や式典や勲章もどきの重さに、西住みほは胸の潰れる思いになる。そのたびに、どこかへふらりと、足が向く。目線は棚を追っていた。木彫りの熊、ドクロのキーホルダー、龍と剣のキーホルダー、ご当地ボコ。あとで買おう。それから。

2016-03-01 13:09:03
里村邦彦 @SaTMRa

「何やってるの」「あ。逸見さん」同じ班の、戦車道同志の、逸見エリカがそこにいた。大変に不機嫌な顔だった。「自由時間。そろそろ終わりなんだけど」「あ、あ、ごめんなさい」修学旅行だった。近場にコンビニがなく、ふらりと入った土産物屋だった。行方不明の班員を、どうやら探しに来たと見えた。

2016-03-01 13:11:41
里村邦彦 @SaTMRa

「ほら。行くわよ。あなた、怒られちゃまずいんでしょう」「あ、うん」家に話が行くことすらあった。それは大変にいただけない。逸見エリカは西住みほの、小さな右手を乱暴に取った。「ご、ごめんねエリカさん」「ほんとに……なんで戦車降りるとこうなのよ。あんた」「ごめん」「謝らないで」

2016-03-01 13:14:45
里村邦彦 @SaTMRa

謝らないでと言われても、ならどうしろというのだろう。どうにかバスに合流し、宿にたどり着きお風呂もいただき、夜の時間にあとは寝るだけ。西住みほはぼんやりと、ホテルの窓から空を見ていた。淡く曇った雲の向こうに、微かな星が瞬いていた。黒森峰はかねがある。ホテルは一人部屋だった。

2016-03-01 13:17:22
里村邦彦 @SaTMRa

誰も来ない。そのはずだった。微かなノック。気のせいかと思った。もう一度ノック。苛立つように少しだけ強く。慌てて戸口に走り寄る。扉を引くと拳を振り上げ、大きなビニール袋を下げた、逸見エリカと鉢合わせた。悲鳴のような息が出た。「……寝てるのかと思った」「起こすつもりだったの……?」

2016-03-01 13:19:25
里村邦彦 @SaTMRa

「ドアベル鳴らしたら先生が来るじゃない」「そうかもしれないけど」「あのね。西住さん。昼間のこと、どうせまたずうっと、ぐちぐち悩んでたんでしょうあんた」「え」「どうなの」「あ、うん」「あ、うん。じゃない。なんであなたはそうなのよ。私のほうが嫌になるわ」「ごめん」「ごめんじゃない!」

2016-03-01 13:22:10
里村邦彦 @SaTMRa

「あのね。あなた、自分が西住家だって自覚、ある? 私があなたの部下だってことは? 中学だって戦車は戦車なのよ?」押し殺した声だった。こいつはいったいどうしたら、自分の立場を飲み込むのだろう。黒森峰ユース最優車長。乗った戦車は目立たないが、必ず勝つ。誰にでも勝つ。逸見エリカにもだ。

2016-03-01 13:24:06
里村邦彦 @SaTMRa

西住みほが車長になったのも、逸見エリカのいわば上官になったのも、そしてこれから高校卒業、あるいは大学、実業団でも、上司であり続けるだろうことは、ようはそこから由来する。なのになんだ。この体たらくは。魂ひとかけあるいは半分、どこかに置き忘れてでもきたのか。「西住さん」「は……ひっ」

2016-03-01 13:26:08
里村邦彦 @SaTMRa

ほとんど悲鳴のような声は、逸見エリカの持ち出した、立派な木刀を見たからだ。逸見エリカは渋面で、自分で「刀身」を掴み、「柄」を差し出す。西住みほへ。「え」「剣はなかったけど。これで十分でしょう、中学生なんだし」「ええと」「……礼法でしょうが! 騎士叙勲! 何、私じゃ不足な訳!?」

2016-03-01 13:28:27
里村邦彦 @SaTMRa

「ええと……いいの?」「嫌なの?」「嫌じゃ……ないけど」「じゃ、はやくなさいよ。私はよく知らないんだから」もちろんそんなものを知るのは、古色蒼然とした伝統の、宗家の人間くらいのものだ。西住みほはおずおずと、叙勲儀式の真似事をした。冷たい木の刀身で、逸見エリカの頬を軽く打った。

2016-03-01 13:30:50
里村邦彦 @SaTMRa

「最後まで付き合ってもらうんだからね」と。逸見エリカはそう言った。この腰の座らない上官も、正式な部下ができたなら、それに責任を感じたなら、少しはしゃきっとするかもしれない。その程度の思いつきだった。実際効果は薄かったが、少なくとも一つ。軽口の種は出来上がった。

2016-03-01 13:32:22
里村邦彦 @SaTMRa

そしてこうなります。 twitter.com/shin_bashi/sta…

2016-03-01 13:33:00
しんばし @shin_bashi

決勝前に「いつかあなたの私が黒森峰を率いるんだから」「エリカさんが隊長?」「なにそれ嫌味?」と軽口叩きあいつつ二人で頑張ろうと約束してたのに、翌年自分を残して転校した西住妹を許せない逸見さんとかそういうジャンクフード設定をたまに食べたくなることありますよね。

2016-03-01 12:36:00