マダルフ対ミスト

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イェラルの語り部 @YeralTeller

目の前に見たことのない景色が広がっている。でも、帝国とカフェの両軍の兵士たちが倒れる中、一人眼前に立つ男を俺は知っている。軍師ミスト、英雄アシュレイの親友にして、頭の切れるやっかいな魔術師だ。

2014-10-11 12:18:40
イェラルの語り部 @YeralTeller

見覚えのない景色が広がっている。戦場に漂う血と砂塵の臭い、そして血にまみれた自分の両手。でも、これが誰が見た景色か俺は知っている。そいつは、友と呼んでもいいのかもしれない。『マッド、これはお前の夢なのか?』答えは返って来ない。まぁ、夢の中だから仕方ない。

2014-10-11 12:19:24
イェラルの語り部 @YeralTeller

対峙する二人は動かない。でも、戦いはもう始まってるみたいだ。俺は魔術師じゃないからあいつらの攻防なんてわざわざ見ない。でも、魔術師の目を通せばいやでもそれは見えてきた。互いに魔術の基点を一瞬にして無数に展開し、それぞれの動きに呼応してそれぞれに魔力を巡らせる。

2014-10-11 12:20:09
イェラルの語り部 @YeralTeller

起動、対抗、隠蔽、破壊、偏向、相殺。さながら駒の差し合いだ。戦場に熱が帯びて来たのか、眼前の男が触媒であろう宝石剣を前にかざす。マッドも右腕を前にかざし、魔術行使に呼応した風が袖を引き裂く。そこには右腕全体に広がる刻印が光を帯びて浮き上がっていた。

2014-10-11 12:20:50
イェラルの語り部 @YeralTeller

偏向された魔術が発現し、戦場を傷つける。虚空から産まれた剣がマッドの足下に突き刺さり、風がミストの足下を抉る。そして、発現までに対応しきれなかった魔術を自らの魔術で相殺する。剣は風でいなされ、風は刃で斬られた。

2014-10-11 12:21:17
イェラルの語り部 @YeralTeller

不意にマッドの思考が流れ込む。『あいつの魔術、この力の色、あれは俺と同じ!?何故!?』好奇心や驚きは戦場じゃ邪魔な思考だ。『これだから魔術師は』そんなことを心で呟きながら、戦いの行く末を見守る。案の定マッドはその一瞬の隙を突かれ、懐に一本の剣が飛び込んだ。

2014-10-11 12:22:09
イェラルの語り部 @YeralTeller

だけど、それはマッドの体に届かず、一瞬光を帯びて塵と消えた。どうやら緊急時用の自動防御魔術らしい。ただ、これで一つマッドを守る盾が消えた。残るは二つ。マッドの焦りが伝わる。しかし、おかしい。優勢なはずのミストが今にも消えそうな雰囲気を出している。

2014-10-11 12:22:40
イェラルの語り部 @YeralTeller

ミストの猛攻がより激しさを増した。まるで最期の灯火のように激しく燃え上がる。魔術師の目をもってよく見るとその雰囲気の正体が見てとれた。ミストが燃え上がるように感じたそれは、魔力の霧散だった。しかもそれは魂までも連れ去るように見えた。

2014-10-11 12:23:10
イェラルの語り部 @YeralTeller

またマッドの思考が流れ込む。『あの魔導書はシセに預けたはずだ。なぜお前がその力を使える?お前はどこに行こうとしている?なぜ魔導書に隠された原初に触れられた?その先に何を見た?何故、何故!?』うるさいやつだ。相手は今にも死のうとしている。それでいいじゃないか。

2014-10-11 12:23:36
イェラルの語り部 @YeralTeller

また一つマッドの盾が失われた。狙われたのは喉だった。残りはあと一つ。だが、ミストに残された時間もあと僅かといったところだ。ミストが何か叫んでいる。でも、マッドの耳には風の音しか聞こえない。そして、ミストの回りに尋常じゃない数の式が展開された。

2014-10-11 12:24:00
イェラルの語り部 @YeralTeller

マッドは戦場に集中した。対抗や偏向は間に合わない。発現するすべての剣をしのぐように無数の風を展開する。もうそこに雑念は無かった。一呼吸もしないうちにその剣は降り注いだ。剣の数に対してマッドが描いた風の数は少ない。マッドは風で剣の軌道を変え、複数の剣を弾き飛ばす。

2014-10-11 12:24:49
イェラルの語り部 @YeralTeller

だがそれでも処理しきれなかった一本がマッドの胸を貫こうとして掻き消えた。もう身を守る盾はない。まだ残る剣の雨を展開しうる全ての魔力を使ってしのぎ切った。でも、その雨に紛れて最後の一振りがマッドに目掛けて降り注ぐ。冷たく細く鋭いエペが、砂塵に紛れて眼前に現れた。

2014-10-11 12:25:57
イェラルの語り部 @YeralTeller

マッドは息を飲むことしか出来なかった。死ぬ瞬間がスローモーションに見えるというのはどうやら本当らしい。でも、俺はこの戦いの行く末を知っている。マッドの目の前で剣は霧となって消えた。やはりあちらの時間切れみたいだ。

2014-10-11 12:26:43
イェラルの語り部 @YeralTeller

風の止んだ静寂の中、一人の魔術師が膝をつく音と「……届かなかった」その一言だけが響いた。

2014-10-11 12:29:12
イェラルの語り部 @YeralTeller

マッドはやっと呼吸することを思い出し、大きく息を吐く。砂塵の向こうから悲痛な叫びと駆け寄る足音が聞こえる。かの英雄だ。マッドはローブを翻し、トドメを刺せないもどかしさに囚われながらも、その場を後にした。

2014-10-11 12:30:20
イェラルの語り部 @YeralTeller

ああ、目覚めの悪い朝だ。あんなものを見せた張本人はどこにいるのか?枕元に手を伸ばすとそいつはいた。鼈甲に固められた目玉の髪飾り。とりあえず腹立たしいので、デコピンを一発お見舞いしてやる。『痛ぇ。なんだよ、寝起きから機嫌悪いな』そんな声が心に届く。

2014-10-11 12:30:56
イェラルの語り部 @YeralTeller

「お前のせいで夢見が悪かったからな、お返しだ」そう言ってやる。そして髪に手を伸ばし、『理不尽だ』と心に呟くそれを髪に着ける。「受け入れろ」そう言って起き上がった。カーテンを開けると眩しい日差しが差し込む。悪くない。そっと髪飾りを撫でる。なかなか悪くない旅だ。

2014-10-11 12:31:13