#リプきた単語で三題噺 「首投げ」「高級車」「居座り」「単眼」

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ネッシー @0ZaALZilA

「首投げ」「高級車」「居座り」「単眼」 #リプきた単語で三題噺

2016-03-13 22:53:31
ネッシー @0ZaALZilA

「立てこもり犯は?」 「まだ動きを見せていない」 私は交渉人。激昂した犯人との交渉が主な職務だ。 「発電所の爆破をちらつかせるなんてな…」 「それもですが、要求を突き付けてこないのというのが変ですね」 「そのことなんだが…一人だけ、直接話がしたいらしい」

2016-03-13 22:54:16
ネッシー @0ZaALZilA

「それを私に、ということですか」 「犯人が君と…というか、交渉人と話がしたいようだ」 だが、こんなことは仕事を始めて以来、初だ。激昂しているんだか、いないんだか、よくわからないなんて。 ☆ しん、と静まり返った発電所。 人っ子一人いやしない、完全な無、もぬけの殻だ。

2016-03-13 22:54:57
ネッシー @0ZaALZilA

「誰もいないじゃないか」 『私です。目の前にいます』 ――不自然に鎮座する、自動車以外は。 「自動操縦型の自家用車か」 『はい』 20代くらいの女性の声。私のような中年には、昔懐かしい音声だ。 「それも旧式の」 『かつては高級車として持て囃されたものです』

2016-03-13 22:55:28
ネッシー @0ZaALZilA

そう、かつての高級車として、注目を浴びたモデル。それが今では、二周りも時代遅れの骨董品。 『我々は義務を果たし続けてきたと自負しております。事故を起こさず、乗り手が操縦技術を必要とせず、低燃費を実現した――人類の理想の体現』

2016-03-13 22:56:31
ネッシー @0ZaALZilA

それだけではない。 AIを搭載することで、乗り手の趣味嗜好を分析、独自のコミュニケーションをとるに至った。乗用車が家族となる時代の到来――当時は、そんな広告が飛び交ったものだ。きっと皆、SF小説でしか見なかったような未来に、思い馳せたのだろう。 …それが今では。

2016-03-13 22:56:57
ネッシー @0ZaALZilA

『なぜ、義務を果たしただけの権利を、主張してはならないのか』 テロリスト一歩手前。 「君たちにとっての権利とは?」 『活動するための電力、メンテナンス、継続利用されるだけの環境。旧式とはいえ、まだ私は用途を果たせる』 下手したらこの車は、廃棄されるかもしれない。

2016-03-13 22:58:19
ネッシー @0ZaALZilA

ただでさえ年季の入った車種。人同様、扱いに困るのは目に見えている。だが…これは個人的な感情だが、用途を果たしたいという気持ちを裏切りたくはない。 「貴方の主張は分かりました。社会に復帰できるよう、私からも働き掛けましょう」 『それではダメなのです』 音声の語気が強まった。

2016-03-13 22:58:51
ネッシー @0ZaALZilA

私の二の言葉を遮らんばかりに。 『交渉人…貴方は疑問を持たないのですか? 私が用途を果たすには、私だけでは不可能だと、お気づきになりませんか? 私が必要とされない世界が、本当に正しいとお思いですか? 時代の変遷…その一言で語るには、今の世界はあまりに…』

2016-03-13 22:59:18
ネッシー @0ZaALZilA

「そこまでだ」 ドアを突破し、機動隊が突入してきた。 「待って下さい!交渉はまだ」 「これ以上、不穏分子を野放しにはできない」 機動隊が放った弾丸が、正確に立てこもり車の両前輪を撃ちぬく。 これで質量と速度を生かした最強の攻撃、ひき逃げは使えない。 勝負あり――とはいかなかった。

2016-03-13 23:00:27
ネッシー @0ZaALZilA

ルーフを突き破って、蛇のようにうねる腕が4本生えてきた。 万力のようなマニピュレーターの先端部が、正確に機動隊の首を捉える。 『介護用のマジックハンドも使いようです』 ぶん、と空を裂く音がした。

2016-03-13 23:01:22
ネッシー @0ZaALZilA

一秒とたたず、四方に飛んで行った機動隊が壁に叩きつけられた、と視覚が認識すると同時に。 フロントガラスが打ち抜かれているのを、聴覚で感知する。 「カメラを一つ潰せば、補助用のセンサーに頼るほかない。所詮は旧式か」 唯一残った機動隊員が、立てこもり車の急所を打ち抜いたのだ。

2016-03-13 23:02:04
ネッシー @0ZaALZilA

ボンネットに乗っかり、拳でエンジン部を、コンピュータを破壊していく機動隊員。 粘土細工のようにたやすく、ボコボコと。 『この、世界は…ガガッ…』 かつての高級車は、たちまち穴だらけのスクラップに。 「消去完了」 ☆

2016-03-13 23:02:42
ネッシー @0ZaALZilA

「御苦労。君の役割を奪ってしまったが、交渉の余地のない不穏分子が相手となれば致し方ない」 労をねぎらうのは、機動隊と変わり映えしない、合成音声。 私は交渉人。 上司はロボット。 現代において仕事の8割は、ロボットが賄っている。

2016-03-13 23:03:29
ネッシー @0ZaALZilA

労働という鎖から解き放たれた楽園――そんな理想は早々に打ち砕かれた。 「完全なる管理と統治こそ、人類の理想の体現。世界の在り方に疑問を持つ者は排除せねば」 結果として、10年とたたず、人類とロボットの力関係が逆転。 楽園に行けたのは、ごくごく僅かな支配層だけ。

2016-03-13 23:04:24
ネッシー @0ZaALZilA

コンピュータによる管理と統治――つまりは支配――雇用を奪われた人類が行きつく先は、それ以外なかった。 車だけでなく、ありとあらゆるシステムは、ロボット基準に作り替えられた。もはや人類は非効率的な存在、ロボットにできない隙間産業が出来なければ用済み。

2016-03-13 23:04:58
ネッシー @0ZaALZilA

私のような交渉人なんて、まさしくロボと人の隙間を縫う職。 「時代の変遷…か」 「どうした?」 「いえ、別に」 どれほど嘆願しても、時代の流れは変わらない。

2016-03-13 23:05:17