ニンジャスレイヤー二次創作【テンダー・ホワイト・ドラゴン・アンド・ブルタル・レッド・ブラック・ドラゴン】#3
「ところでファラン=サン。先日、ドージョーの門下生の方が何人か……ヤクザに襲われて怪我をされたと聞きました。スゴイ・コワイなことですね。ご快癒をお祈りします」「……ご存知でしたか。アリガトゴザイマス」ファランは沈痛な表情を見せたが、この話題に動揺することはなかった。
2016-05-01 15:55:44「試合が控えていたので今まで病院には行けませんでしたが、今朝行ってきたところです。皆、ひどい怪我です」ニンジャ・リアリティ・ショックとおぼしき錯乱状態について、ファランは触れなかった。「シツレイですが、何かお心当たりは……?」「イイエ。考えてみましたが、全くありません」
2016-05-01 15:55:55ファランは事件の内容を部分的に隠した。それはある意味当然とも言える。今日初めて会った新聞記者に、TKグランプリ選手としてのペク・ファランとは無関係の話題を自分から話す必然性が彼にはないからだ。ファランとの会話で引き出せる襲撃事件の関連情報は、これが限界のようだった。
2016-05-01 15:56:13そこでフジキドはふと気づいた。「ファラン=サン、ご家族と一緒の写真を撮らせてもらえればと思っていたのですが、奥様と息子さんたちはご在宅ではないのですか?」ドージョー裏口の奥にはペク家の住居部分がある。ミナは専業主婦。二人の息子と一緒にいるはずだが、今まで一度も姿を見ていない。
2016-05-01 15:56:30「家族は今、妻の実家にいます。……先ほど貴方が言った通り、この事件にはヤクザの影があります。門下生の次に、妻や息子が狙われる危険性も考えなければなりません。事件が解決するまでの間はやむを得ないと思っています。ヤマモト=サン、ご期待に添えず申し訳ありません」ファランは頭を下げた。
2016-05-01 15:56:44「少しシツレイします。ランドリ・トレーニングが始まりますので。よろしければ見ていって下さい」ファランは立ち上がり、それぞれ自分の体格に合った防具を着けた門下生たちの中に入っていった。「オネガイシマス」「「「オネガイシマス!」」」門下生たちの元気のよい声がドージョーに響く。
2016-05-01 15:56:59長方形キックミットを両腕にはめたファランは、門下生たちに指示しながらそのワザを引き出す。下段や中段のチャギ・キックがミットを捉えるたびに小気味の良い音が響く。師範代のヨンソンも同様だ。受けた後に二人が出すワザはもちろん、相手のワン・インチ距離でピタリと止まるスンドメ・アーツ。
2016-05-01 15:57:21門下生同士のランドリでは、かなりの勢いでチャギ・キックを打ち込んでいるように見えるが、強く打つのはあくまで胴体防具の厚みのある部分だけ。大腿や透明フェイスガードへの蹴りは軽く当てるにとどめている。実戦形式に近い鍛錬法とはいえ、トレーニングとしての節度は全員が共有している。
2016-05-01 15:57:42フジキドはカメラを構え、ランドリを邪魔しないようにドージョーの端から写真撮影するふりをしながら、ドージョー全体を見回し構造を把握した。玄関、裏口、天井近くの明かり取り窓に至るまで、全ての開口部に防犯用の電動開閉式装甲雨戸が取り付けられている。恐らくは電子ナリコ警報トラップも。
2016-05-01 15:57:56このドージョーが建ったのは昨年、ファランがTKグランプリ本戦の人気選手になる前だ。無名のカラテ流派のドージョーらしからぬ過剰警戒といえよう。敷地の広さといい、建設費用は馬鹿にならぬはず。それだけの資金はどこから出たのか? ヤクザと何らかの関わりがある可能性もいまだ排除できない。
2016-05-01 15:58:11フジキドが思案している間に、ランドリ・トレーニングは終了した。「では、今日はここまでです」「「「アリガトゴザイマシタ!」」」門下生の元気のよい声がドージョーに響く。
2016-05-01 15:58:23するとヨンソン師範代が、タタミ2枚四方はあるラグをどこからか持ち出してきて、裏口に近い側の隅に勢いよく広げた。傍らにいくつも積み重ねてあった大きなバイオ笹マルチタッパーをカーペットの上に並べ、蓋を開ける。「さあさあみんな、お待ちかねの時間だ! しっかり食ってけよ!」
2016-05-01 15:58:54バイオ笹タッパーの中には、一定の幅にカット済みの中型スシロールがぎっしりと並んでいた。「今日はミナ=サンがいないから、オレとファラン=サンの手作りだ! なに? ガハハ、文句言うな! ああ、手を洗ってからだぞ!」たちまち門下生が集まる。「イタダキマス!」「オイシイ!」「ワーオ!」
2016-05-01 15:59:21「オイ、記者=サン! あんたも一つどうかね! 何かの縁だ!」「アリガトゴザイマス、ヨンソン=サン。イタダキマス」断るのはシツレイにあたる。フジキドはヨンソンに手招きされるがまま、スシロールの端切れを一つ手に取り、口に運んだ。じっくりと咀嚼。スシらしからぬ香ばしい油のフレーバー。
2016-05-01 15:59:45「これは?」「私たちの民族料理のひとつ、キムパッ・スシロールです」門下生が次々とタッパーを空にしていく様子を見守りながら、ファランが説明する。「コメに塩とバイオセサミ油で味付けをするのが特徴です。本来、具材にはファイブ・カラーズの食材を使うのですが、今日は葉物野菜がなくて」
2016-05-01 16:00:27「味はどうだね、味は!」ヨンソンが若干強引にコメントを求めるが、そうされるまでもなくフジキドはうなずいた。「ハイ、とてもオイシイなスシロールです」バイオキャロットや合成肉スライスのショーユジンジャーなど、日本のスシロールにはまず使われない食材を巻いているが、実際美味であった。
2016-05-01 16:00:54そしてそれは実際スシであった。フジキドのニンジャ味覚が告げる。スシは食文化であると同時に、ニンジャの戦闘糧食でもある。ドンブリ・ポンやチョット・ピザのジャンクフードとは違う、ニンジャ代謝機能を活性化する急速回復エネルギー源。キムパッ・スシロールはその条件を間違いなく満たしていた。
2016-05-01 16:01:31「いつもこのように、門下生に食事を振る舞っているのですか?」「ハイ。このドージョーにはカチグミの家の者はいません。月謝制ですが、家庭事情によっては無期限で猶予しています。身体を動かした後、空腹のまま家に帰らせるのは忍びない。ドージョー新築以前から、妻が続けている習慣です」
2016-05-01 16:01:54「大変スバラシイなことですね。ゴチソウサマデシタ」フジキドはファランへのリスペクトを込めて45度オジギした。「イエイエ」ファランは日本的プロトコルに則って30度の謙遜オジギを返す。フジキドはカメラと電波受信機材を片付け、バイオ皮革ビジネスバッグから色紙とサインペンを取り出した。
2016-05-01 16:02:25「弊紙編集長はファラン=サンを大変高く評価しております。よろしければ弊紙当てにサインをいただけないかと」これは事実である。日刊イカサマ・スポーツはTKグランプリの隆盛にいち早く乗って、それまで固定だったオスモウ面と野球面の一部をTKグランプリ関連に割り振っている。売れるからだ。
2016-05-01 16:02:58「ヨロコンデー」ファランはサインペンを受け取り、その左手をサラサラと色紙の上に滑らせた。まず『日刊イカサマ・スポーツ=サン江』という為書きを上の端に。そして色紙の中央、上から下に、ショドー・マスターめいて絶妙にフォントを崩した2文字のカンジ。「白」「龍」。
2016-05-01 16:03:30「白」は彼のファミリーネーム、ペクのカンジ表記だ。そして「龍」は「ドラゴン」。フジキドにとっても馴染み深い、極めてニンジャ的なアトモスフィアを秘めたカンジである。『トーシン・ドラゴンズ・デン』シーズン1優勝後から、彼は公式のサインをこれに変えている。
2016-05-01 16:03:49「今日はアリガトゴザイマシタ。今後ともヨロシク・オネガイシマス」前庭を抜け、門の前。フジキドはサラリマン時代のプロトコルをフル活用して90度オジギしその場を辞した。「記事を楽しみにしています。今後ともヨロシク・オネガイシマス」ファランも丁寧な60度オジギを返しフジキドを見送った。
2016-05-01 16:04:12角をいくつか曲がり、コクボ・ストリートに出たときには、フジキドの姿はいつものトレンチコートとハンチング帽に戻っていた。通りがかりのポストに、先ほどの色紙を入れた封書を投函。宛先は日刊イカサマ・スポーツ本社。偽造とはいえ社のIDと名前を借りた迷惑料代わりというところだ。
2016-05-01 16:04:42ドージョーの構造に不審な点はあったが、ジアゲ・ビズにつながるヤクザやニンジャの具体的な手がかりを得ることはできなかった。いよいよ手詰まりか。ID偽造と一緒にナンシーに依頼した周辺ヤクザクランの電子的調査は、まだ上がってこない。――そのとき、携帯IRC端末に着信バイブレーション。
2016-05-01 16:05:27