鳥籠の王子と幸せな娘#1 幸せな王子◆1
_昔とある国に、幸せな王子とどこにでもいる普通の街娘がいた。王子は幸せだった。優しい家族に囲まれ、民からは慕われていた。 街娘は不幸だった。王子に憧れたまま、一生彼の中に自分はいない。これは街娘が王子の心を捕らえる話。街娘の名は……ミルエリ。 1
2016-05-10 19:53:26_その国の名。都市国家エベンジェ。スーツを着た労働者が行き交う経済の国で、帝国中枢都市ナィレンから聖河を跨いで南に位置する衛星都市である。科学文明の恩恵を受けた街の中心にはいくつもの高層建築が立ち並び、遠くから街を見るとピラミッド型に見える。王子はこの街で何不自由なく育った。 2
2016-05-10 19:58:42_整った顔立ちに、穏やかな性格。王の風格をすでに備え、民のことを考え、尽くしてきた。そんな王子に市民も不満など無く、平和な時代が過ぎた。 (私は不満だらけだ……) ミルエリだけが、善良な市民の中で一人黒い思考に染まっている。 3
2016-05-10 20:03:17_王子は民のことを考えてくれる。けれども、それは漠然とした民のことで、ミルエリのことではない。彼女は王子の視界の外にいた。 (王子がもし私のことを考えてくれたら……) 街の片隅、高層建築の谷からは王城がよく見える。ただ、そこからではミルエリを気に留めることすら不可能だ。 4
2016-05-10 20:09:19_もうすぐ、王子が近くにやってくる。仕事帰りのミルエリはスーツ姿で街角に立って待っていた。それでも、道端を埋め尽くす大観衆の前では記憶の片隅にも残らないだろう。ミルエリにはそんな絶望があった。ミルエリの家庭は一般的な、どこにでもある、普通の家庭だ。王族に接点など無い。 5
2016-05-10 20:13:34_大歓声に包まれて、王子の乗った車が遠く道路の中央をゆっくりと通る。今日は王子の成人式だ。齢18を迎え、王族の仕事もこれから始まり忙しくなると聞いた。そして、どこぞの高貴なお方と結婚し、永遠に遠くの存在になるのであろう。ミルエリはきゅっと口をつぐむ。 6
2016-05-10 20:18:46_永遠という絶対的なものがミルエリを苛む。手に入れたい。王子を。王子の心を。いま、王子の心の中にミルエリの要素は欠片もない。ミルエリはとうとう耐えられなくなって固く目をつむった。 (私はこんなにも群衆に紛れてしまっている……このまま、何も変わらないの?) 7
2016-05-10 20:25:30(嫌だ) 心の中で叫ぶ。暗いスーツでは抑えきれない、漆黒の感情が渦巻く。 (王子は街の女を好きにならない) ミルエリの心を蝕む、確かな事実。 (それでもいい。王子を手にしたい) 目を見開き、遠く通り過ぎる王子を目に焼き付ける。 8
2016-05-10 20:29:33ミルエリは王子に振り向いてもらえたのだろうか。王子がミルエリに触れることはあったのだろうか。歴史に残された答えは、イエスである。 彼女は王子を手に入れた。そしてその心までも、自らで一杯に満たした。かくして、ミルエリは幸せになった。 9
2016-05-10 20:34:15【用語解説】 【ナィレンの衛星都市】 かつてのナィレンは様々な政府機関や企業などが密集した摩天楼の街であったが、それゆえに地価が高騰して住むには不都合な街でもあった。なので普通の労働者は衛星都市から長距離を高速列車で移動して勤めていた。今ではナィレンの列車は暴走状態である
2016-05-10 20:45:30