白球、未来に繋ぐべく

ドリームマッチ&Set2の外伝だよー。
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真木ハルコ @homarine

「クーちゃんアウトー!」チコが、草菊のリアクションミスを宣言した。ラグナロクの場合はテーブルに伏せる動作が正解である。余談だが、伏せる動作はこの場では『身を低くして剣を避ける』と解説されていたが、本来に意味は『地形に密着して撃ち込み点を稼ぐ』動作である。

2016-05-30 22:48:45
真木ハルコ @homarine

(いけない……ここで失敗したのは、とても良くないです……)草菊は焦った。ゲームでミスした者には、質問が行われる。最初のうちは、親しい友人から呼ばれる愛称は?程度の他愛ない質問だったが、だんだん恋愛経験を問うなどの危険な質問が出てきた頃合いだ。(いけない……)頭がフラフラする。

2016-06-01 19:20:10
真木ハルコ @homarine

カンタロウ達の名誉のために再確認しておこう。草菊は、自分で『オレンジジュース』を選んで手に取ったのであり、罠にかける意図はなかった。マイカは、ゲストの為に自分の好きなカクテル『スクリュードライバー』を諦めて譲ったのだ。そして、チコから放たれた質問は非常にシリアスであった。

2016-06-01 19:26:49
真木ハルコ @homarine

「大鋸さん、最近元気ないみたいだけど、何かあったの?」LEDランタンの鋭利な光に照らされたチコの表情は真剣であった。そもそも彼女は、この質問をするために草菊を招いたのである。「……」草菊は、咄嗟に答えることができず、しばしのあいだ談話室を沈黙が支配した。

2016-06-02 07:47:42
真木ハルコ @homarine

「そんなこと……ありません」草菊はそう答えるのがやっとだった。何故だろう、頭が回らない。「嘘。本も読まずに溜め息ばっかりついてるし、朝木さんと喋ってるときも上の空でしょ?」チコは更に詰め寄る。このクラスメイトが、自分のことを良く見てたことに草菊は驚いた。頭がグラグラする感覚。

2016-06-02 08:06:21
真木ハルコ @homarine

草菊は観念して正直に話した。「実は最近、何をしても憂鬱な気分が晴れないのです。でも、心当たりは全く」「そうかな?」口を挟んだのは、カズマであった。彼はカンタロウと、リトルリーグ時代からの友人で、ここに居る6人の中では最も学業優秀で私立の進学校に通っている。

2016-06-02 08:12:52
真木ハルコ @homarine

「大鋸さんは、隠し事をしている。正直に悩み事の理由も話して欲しいな」カズマは、草菊のことを一目見て気に入り、最初からずっと彼女のことを見ていた。それゆえ、彼女が多くの隠し事をしていることに気付いていた。草菊の趣味は読書だけではない。彼女はこの工場で何かをしていた。そして――

2016-06-02 08:18:25
真木ハルコ @homarine

「本当は、魔人なんだよね?」カズマは既に見抜いていたのだった。「い、いえ、違……」草菊ほ否定しようとしたが、舌が上手く回らなかった。カズマは更に追求する。「カンタロウが能力説明した時、微かに避けるような動きをしてたよね? あれはコイツとの戦闘をシミュレートしてたんじゃないのかな」

2016-06-02 08:26:42
真木ハルコ @homarine

「つまり、君は魔人、しかも直接戦闘が得意なタイプ。違うかな?」カズマは頭は良いが、6人の中ではある意味最も馬鹿である。得意気に相手の隠し事を暴きたてる賢さアピールで、好感度が上がるわけないのに。「……!」草菊は声にならない悲鳴を上げた。バレてしまった。どうしよう。……暴力?

2016-06-02 08:32:07
真木ハルコ @homarine

草菊はうつむき、拳をぎゅっと握り締めた。魔人であることは、人に知られてはいけない。暴力で以て口止めすべし。しかし、その様子を見てチコは誤解した。「やめなよ、カズマ君。クーちゃん泣いちゃうよ?」「あっごめん」カズマは引き下がり、草菊は拳をゆるめた。

2016-06-02 19:36:03
真木ハルコ @homarine

少しぎこちなくなった場を和まそうと、チコは秘策を繰り出した。「家でクッキー焼いてきたんだ。みんな食べて」トートバッグの中から取り出されたのは、風呂敷に包まれた中ぐらいのタッパー。結果として、それが惨劇の引き金となってしまった。

2016-06-02 19:48:05
真木ハルコ @homarine

アルコールに侵された草菊の脳裏には恐るべきヴィジョンが結ばれた。机に置かれたチコのタッパーから、ずるりと災厄が這い出す。災厄は人の形をしており、白い肌に死斑めいて青い血管が浮き出た手が、草菊を掴まんと近付いてくる。何本も。何本も。「ひ」草菊は悲鳴を上げ、チコに正拳突きを放った。

2016-06-02 19:57:39
真木ハルコ @homarine

だが、草菊の拳は、チコには届かなかった。草菊の右手首を、誰かの左手が掴んで制止し、捻った。ふわり。体が宙に浮く。ランタンの明かりに照らされた影が回転する。回りながら、草菊は自分を投げ飛ばした者の顔を見た。マイカ――希望崎1年G組、港河真為香(みなとがわまいか)。

2016-06-03 08:02:02
真木ハルコ @homarine

マイカは魔人ではない。それどころか、腕力だけならカズマはおろかチコにすら劣る。だが、近接格闘の格闘性能はタカオやカンタロウよりも上であろう。マイカは右腕と引き換えに到達した合気道の極意の名は『彼我合一の境地』。草菊の攻撃力は、即ちマイカの攻撃力に他ならない。

2016-06-03 08:11:37
真木ハルコ @homarine

草菊は、ランタンに照らされた暗い室内がゆっくりと回転しているのを見ていた。カンタロウは一歩引き、ポケットから何かを取り出そうとしている。要注意。タカオも立ち上がり、状況に対応する姿勢。一応は魔人だ、警戒はしておくべきか。カズマとチコは呆然としている。戦力外。

2016-06-03 08:16:51
真木ハルコ @homarine

皆さんも、飲み会帰りのゲーセンで、弾幕が異常にはっきりと見えた経験があるだろう。これは、アルコールによって脳が覚醒した為であろうか。私の考えは、否である。むしろ実態としてはその逆で、明瞭な酩酊視界は脳機能の鈍痲によってもたらされる現象だ。

2016-06-03 08:27:18
真木ハルコ @homarine

本来ならば危機感を感じなければいけない場面なのに、アルコールの影響で状況を漠然と眺めてしまう。結果として普段は見えてないものがよく見える「こともある」のだ。だが、危機感の欠如により的確に対応できる確率は非常に低い。草菊は、ここで戦闘を継続するべきではなかった。

2016-06-03 08:32:08
真木ハルコ @homarine

いずれにせよ、最優先で対処すべきは自分を今、投げ飛ばしているマイカだ。草菊は投げの流れに逆らわず、右正拳に更なる力を加えた。突きの力はマイカの左掌でいなされて回転力に変換される。投げ技の回転が加速する。しかし……。ぐるり。二人の繋がった手を軸に、マイカの視界もまた旋回した。

2016-06-04 10:54:23
真木ハルコ @homarine

奥義『彼我合一の境地』は、相手と自分の精神を同期することによって気を合わせ、敵の力を利用する技術である。マイカには、草菊が突然攻撃に転じた理由が分からなかった。故に、彼我合一が浅かったのだ。合わせ損ねた気が、呪詛返しの如くマイカに返り、マイカの身体も宙を舞った。

2016-06-04 11:02:19
真木ハルコ @homarine

カンタロウが、投球姿勢に入った。全てを貫通する球を投げる能力。当たり所が悪ければ即死だ。「I’m a perfect中年.」タカオが変身ワードを唱えた。体格が一回り大きくなってゆく。特にウエスト周りが。チコとカズマも遅れて立ち上がる。草菊とマイカは空中で錐揉み回転中。

2016-06-06 07:46:33
真木ハルコ @homarine

右手に握られた白球は、ピンポン玉。『人投零打』による貫通付与により空気抵抗による減速はなく、最も重要なのは初速である。ピンポン玉は、重量とサイズのバランス的に最適なボールのひとつだ。草菊が着地しようとする脚を狙い、カンタロウは全力投球した。【残り80球】

2016-06-06 08:03:29
真木ハルコ @homarine

だが、カンタロウの投球モーションを、草菊は冷静に見ていた。普通に着地するように見せ掛けて着地狙いを誘ったのだ。カンタロウがフォーム修正の効かなくなったタイミングで、草菊はマイカの左腕をぐいと引っ張った。マイカは、草菊に抵抗できなかった。

2016-06-06 08:14:14
真木ハルコ @homarine

合気の反作用を得るための地面から切り離されているから?違う。合気道を甘く見てはいけない。草菊の心身と同期できないから?違う。先程の攻防で彼我合一の調整は完了している。右腕の義手が日常生活用なのでバランスが悪いから?それも違う。問題は、この空中回転であった。

2016-06-06 08:21:33
真木ハルコ @homarine

空中で引き寄せたマイカの腹部に草菊は右足を叩き込み、タカオの方向へ蹴り飛ばした。ミシリ。マイカの肋骨が軋むが、右腕を失った時と比べればどうということはない。だが、胃にダメージを受けたのが問題だった。蹴りの反動で二人が離れる。その下方を高速で貫通弾が通過し、壁の向こうに消えた。

2016-06-06 08:32:04
真木ハルコ @homarine

草菊は上体から床に着地。両手をついて90度方向転換しながら壁を蹴る。壁面が靴の形に凹み、草菊とカンタロウの距離が一気に詰まった。タカオは飛んできたマイカを受け止め、一歩後退りして膝をついた。マイカの胃の中で、回転撹拌された酒が渦巻く。「やめて!」チコが叫んだ。

2016-06-06 08:45:47
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