《4》錦戸先生、秘密の家庭訪問

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hikari∞短めのお話 @love_suzume

1. 何度も表札を確かめて、チャイムを押した。 こんなに堂々と、それも、合法的に彼女に会えるなんて。 ピンポンの音がやけに大きく聞こえて、ギクリとする。 少しの間の後、内側からそっとドアが開いた。 「...どうぞ...錦戸先生」

2016-05-22 22:05:32
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2. 彼女に初めて会ったのは、半年前のこと。 「冷やし中華ください」 声にびっくりして顔をあげたら、彼女がいた。 真冬に冷やし中華食うヤツなんて、俺以外におんの? 「どうしても食べたくなっちゃって」 目があうと、彼女は恥ずかしそうに笑って、そう言った。

2016-05-22 22:05:49
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3. 人生で初めて、一目ぼれした。 んで、人生初のナンパ。 とっくに食べ終わってんのに、お茶おかわりしたりして...。 「ごちそうさまでした」 彼女が箸を置いてそう言った瞬間、思い切って連絡先訊いたんやった。 左手の指輪は、気づかなかったことにして。

2016-05-22 22:06:12
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4. 「先生、どうぞ」 彼女はスリッパを勧めてくれた。 「もぉ...やめへん?それ...」 「え...?」 「先生...って...」 少し、視線を泳がせて...。 「.........いらっしゃい、亮くん」

2016-05-22 22:06:19
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5. 何度か、一緒に冷やし中華を食べた。 土曜日の昼過ぎの秘密。 彼女は俺より少しだけ年上で、ご主人と保育園に通う娘と3人で暮らしてる。 何回かの食事で聞き出せたのは、それだけ。 なのに...。

2016-05-22 22:06:31
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6. 教科書に載せたいくらいキレイな箸の運び。 柔らかくて穏やかな声。 小さな耳たぶにある薄いホクロ。 6歳の娘がおるようにはとても見えない、少女のようなはにかんだ笑顔。 その...彼女を構成するあらゆるものを、俺はすぐに愛おしいと...強烈なまでに思った。

2016-05-22 22:06:48
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7. 「狭いとこで恥ずかしいけど...」 リビングはこぢんまりしてたけど、気持ちよく片付いていた。 ここで...。 いつも暮らしてるんや。 そう思うと、不思議な気持ちになる。 それくらい、彼女には生活感がなかったし、現実味がなかった。 まるで、ファンタジーのような。

2016-05-22 22:06:56
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8. 「お茶...は、飲んじゃいけないんだっけ...?」 体を重ねたのは一度だけ。 あの日は...。 三月の終わりの金曜日の夜中、急に連絡があった。 明日、どうしても会いたいって。 そんな日に限って激しい雨で...。 車で駅まで迎えに行った。

2016-05-22 22:07:11
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9. 彼女はもう、初めから泣いてて...。 それ、見ただけでもう...あかんかってん。 何も言わんと家連れて帰って、そのまま、抱いた。 そんなのウソみたいで、夢みたいで...。 彼女が、本当は誰か知らん男のものだなんて思いたくなくて、身体だけでも俺のものにしたくて...。

2016-05-22 22:07:26
hikari∞短めのお話 @love_suzume

10. 激しく、ひとりよがりに、抱いてしまった。 でも...。 彼女がシャワー浴びに行って、床に散らばった洋服を片付けようとしたとき。 コロンと落ちたもの。 指輪の内側に彫ってある日付は、8年前の昨日やった。

2016-05-22 22:07:36
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11. 「そんな...先生扱いせんといてって」 「でも...」 彼女は困ったように下を向く。 こないだの、4月の入学式。 明らかに大き過ぎるランドセルを背負った女の子とどこか不安そうな顔をした彼女が、手をつないで校門をくぐってきたときは、地面がひっくり返るかと思った。

2016-05-22 22:07:44
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12. でも...。 それまで知らんかった“お母さん”の顔を知ってしまって余計に俺は...。 「うん。村上さんは、いつも元気やし俺の話も目を見て聞いてくれるし、お友達もいっぱいできたし、ほんまに何の問題もありません。強いて言うなら鉄棒がちょっと苦手...?でも、そんくらい」

2016-05-22 22:07:56
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13. 彼女は少し、ホッとした表情を見せた。 「やから、先生はこれでおしまいにしていい?」 「...いいの?」 「何のために他の子の家、5分ずつ早めに出たと思ってんの」 最低な教師やっていう自覚はある、けど...。 ふたりで、自然に席を立ってた。

2016-05-22 22:08:12
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14. 「...会いたかった」 「...私も...」 柔らかい唇。 もう、熱を帯びてる。 「ベッド...どこ?」 「...亮くん...嫌じゃない...の...?」 ............。 ふだん、旦那に抱かれてる場所だから...? もしかして、昨日も...?

2016-05-22 22:08:21
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15. 「お前おったら、なんでもええねん、俺」 ベッドの上、しっとりした白い肌を、軽く噛んだ。 「っ亮くん...それは...」 跡を残さないように。 そんなん分かってるけど。 「...きて...亮...」 彼女は目を閉じて、俺が動くたびに小さな声をあげる。

2016-05-22 22:08:35
hikari∞短めのお話 @love_suzume

16. ときおり彼女の口から零れる俺の名前は、今まで誰かに何百万回って呼ばれてきたどの響きとも違う、秘密の宝石みたいなきらめきを持って耳に届いた。 俺は...。 同じ気持ちやって、思っててもええの...?

2016-05-22 22:08:52
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17. 「誕生日、おめでとう」 散々考えて選んだ、彼女の小さな耳たぶにぴったりの、小さなピアス。 彼女はびっくりした顔で、ピアスを食い入るように見つめてる。 「あ...アクセサリーとか、まずかった...?」 「ううん、違うの、あの人は...どうせ気づかないし...」

2016-05-22 22:09:03
hikari∞短めのお話 @love_suzume

18. 小さなピアスを指でつまんで、カーテンの隙間から入る西陽にかざした。 「きれい...」 「ほんま...?」 彼女は頷いて、ピアスをつける。 その仕草がピアスなんかよりよっぽどきれいで...。 「......旦那さんからは...何もらったん...?」

2016-05-22 22:09:13
hikari∞短めのお話 @love_suzume

19. ぽーっと見とれながら、よりによってなんでそんなこと聞いてしまったんやろ。 「...なんにも」 「............」 「一応、ケーキ予約してくれてたみたいなんだけど...」 彼女は口ごもって、つけたばっかりのピアスに触れた。

2016-05-22 22:09:22
hikari∞短めのお話 @love_suzume

20. 「...帰ってこなかったから。昨日...」 .................。 「......ケーキ、迎えに来るのずっと待ってたかもしれないのにね。かわいそう」 ぽつんとそう言った。 「やめよ?この話...」

2016-05-22 22:09:31
hikari∞短めのお話 @love_suzume

21. 彼女の目に涙を確認して、俺は...。 なあ...。 もう、口に出して言うてもええ? 愛してるって。

2016-05-22 22:09:37