愛裸色

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❥blue box @sweetblue818

・・愛裸色・・ 1. 「また雨か」 「最近ずっと天気悪ない?」 …… 「悪い天気なんてない」 車椅子に乗った女性が呟いた。 それが彼女との出逢いだった。 pic.twitter.com/dRh8SoC9ce

2016-05-21 15:08:25
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2. ** 二度目に彼女に会ったときも雨が降っていた。 骨折して入院した友だちを見舞う帰り。 彼女は病院の渡り廊下の広い窓から外を眺めていた。 「よう降りますね」 何となく声をかけたくなった。 聞こえているのかいないのか、彼女は何も言わなかった。

2016-05-21 16:23:01
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3. しばらくすると看護師さんが来て「そろそろ戻ろうか」と彼女を連れて行った。 一瞬見えた瞳は何も見えていないかのようにぼんやりとしていた。 ** 三度目、声をかけてきたのは彼女の方だった。 退院する友だちを迎えに行った日、その日はいい天気だった。 「晴れ」

2016-05-21 16:24:32
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4. 空を指す。 「え?」 「“いい”天気、じゃない」 「はい?」 「雨は“悪い”天気じゃない」 「あの…、」 「雨の日“天気が悪い”言ってた」 何やねんコイツ、ちょっとムッとしたとき 「お友だち 良かった 退院 」 彼女の笑顔を初めて見た。

2016-05-21 16:26:28
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5. *** 「何で俺がお前の送り迎えやねん」 退院した友だちのリハビリに付き合う。 「ええやん、どうせ暇やろ」 「暇ちゃうし」 「看護師さんとの出会いもあるかもしれんで」 「いらんわ、そんなん」 ホンマは、どっかで彼女に会いたい気持ちがあった。

2016-05-21 16:27:11
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6. いや、もちろん退院しとるほうがええんねんけど。 「あ、」 待合室でぼんやりしてると彼女が立っていた。 「あ…」 次の言葉を探す。 「今日は“晴れ”、な」 そう言うと彼女はにっこり笑った。 「調子ええの?」 車椅子じゃない。 「うん」

2016-05-21 16:28:14
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7. 「それは良かった」 「お友だちの付き添い?」 「うん。ええように使われてる」 「優しい、ね」 「暇なだけ(笑)」 こうやって言葉を交わすのは初めてなんやけど。 彼女から流れるゆっくりとした時間が心地良くてもう少し話していたくなった。 「どっか行くん?」

2016-05-21 16:29:12
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8. 薄手のカーディガンを羽織った彼女はスニーカーを履いていた。 「日向ぼっこ」 「お邪魔してもええ?」 彼女は不思議そうな顔をした後、微笑んだ。

2016-05-21 16:29:32
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9. *** 「あったかいなぁ」 「ポカポカだね」 彼女、高橋さんはベンチに静かに腰かけた。 「安原くん、ギター弾くの?」 「うん。何で?」 「指」  高橋さんは俺の手を指した。 「ああ、硬なっとるな」  凸凹した指先をポンポンと合わせる。

2016-05-21 16:30:32
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10. 「よう気づいたなぁ」 「わたしも昔やろうとしたことがある」 「ことがある?」 「…断念した」 『Fコード』  同時に発した言葉に思わず吹き出す。 「ありがち」 「本当に届かなかったんだもん」 「慣れやって。続けてたら今頃弾けるようになってた思うで?」

2016-05-21 16:31:14
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11. 「そうかなぁ」 高橋さんは自分の手をまじまじと見つめた。 「うん。指紋なくなるくらい弾いとったらな」 「悪い事できるね」 「なんやそれ」 柔らかく笑う。 「…だからかなぁ」 「ん?」 「安原くんの声、ギターの音みたい」 「え?」

2016-05-21 16:32:07
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12. 「静かに話してるときはアコースティック、テンション高く話してるときはエレキの音」 「ホンマ?」 「うん、そんな感じ」 「なんやわからへんけど、褒められてんのかな。それ」 「うん。聴いてて心地いい…」 高橋さんは遠くを見ながら呟いた。

2016-05-21 16:32:48
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13. *** それから時々友だちのリハビリに付き合うという名目で病院に通うようになった。 高橋さんとは会える日もあれば会われへん日もあった。 会えた日は何をするでもなく二人でゆっくりと時を過ごした。 会われへん日に探すこともなかった。

2016-05-21 16:33:34
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14. 彼女の病室も知らなかったし、連絡の取りようもなかった。 でも、俺の携帯番号だけは知らせておいた。

2016-05-21 16:34:00
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15. *** 雨、か。 高橋さんに会うようになってから、雨の日を意識するようになった。 何しとんのかな、今頃。そのうち友だちのリハビリが終われば会われへんようになるんかな。 …何で入院しとるんやろ。 そんなことを考えてると電話が鳴った。

2016-05-21 16:34:25
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16. (公衆電話?) 今どき怪しく思って出らんどこかと携帯をテーブルに戻しかけて、 ふと思い直した。 「もしもし?」 (安原くん?) 「高橋さん?!」 初めての電話。 (うん、どこにいると思う?) 「病院、じゃないよなぁ」 いろんな音が聞こえる。

2016-05-21 16:36:02
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17. (海!) 「え?退院したん?」 (脱走した!) 「は?」 (安原くん、海好きだって言ってたから見たくなったの)

2016-05-21 16:36:39
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18. *** 「何しとん!」 高橋さんは本当に海にいた。 「雨―っ!」 「風邪ひくって!」 「大丈夫!」 傘もささずに海の中にじゃぶじゃぶ入っていく。 「アカンって!」 「どうせ濡れてる!」 「ちょっ、なぁっ!」 「気持ちいいーっ!」

2016-05-21 16:38:15
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19. 「戻れって!」 「安原くん!」 伸ばした高橋さんの手をつかむとふんわり笑った、かと思うとそのまま海に引きずり込まれた。 「おわっ!」 「道連れ!」 「ビショビショやんかぁ!」 「アハハ!」 「…もうええ」 「え?」 「高橋さんが始めたんやからな!」

2016-05-21 16:39:00
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20. それから二人、ずぶ濡れになって子どもみたいに遊んだ。 ** 「ん?」 何かの音が聴こえた。 「何でもない」 「疲れてへん?」 「平気」 「そろそろ戻ろか」 首を横に振る。 「もう少し、やで?」 ホンマは、 俺が一緒にいたかった。

2016-05-21 16:39:46
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21. *** 病院には戻りたくない、そう言い張る高橋さんを連れて部屋に帰った。 「寒ない?」 「大丈夫」 「風呂、もうすぐ沸くから」 「ありがとう」 さっきまでのテンションは消えて、高橋さんからはいつものようなゆっくりとした時間が流れていた。

2016-05-21 16:40:30
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22. 「安原くん」 「ん?」 「雨、止んじゃうかな」 高橋さんの隣に並んで窓の外を見る。 「んー、止まへんやろ。この様子じゃ」 「そっか」 そう呟くと安心したような表情を見せた。

2016-05-21 16:41:11
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23. ** 「これ、ありがとう」 風呂上り、俺のスウェットに着替えた高橋さんはこれまで以上に幼く見えた。 「大きいね」 「そりゃ、男の子のですから。」 おどけて言ったつもりが少し後悔した。 男の子の、今更ながらこのシチュエーションを思う。

2016-05-21 16:41:46
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24. でも高橋さんは何も気づかず 「ホントだね。ブカブカだ…」 と、袖口から少しだけ出た指先を閉じたり開いたりしていた。 「俺もシャワー浴びてくるな」 「うん」 その視線は雨に戻っていた。

2016-05-21 16:42:32
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25. ** 部屋に戻ると高橋さんはベッドに小さくなってスヤスヤと寝息を立てていた。 頬にかかった髪に手を伸ばしかけて止めた。 なんだか触れたら消えてしまう気がした。 そっと毛布を掛けて、俺もソファーに横になった。

2016-05-21 16:43:07