愛裸色

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26. ** ふと目を覚ます。雨脚はさっきより強くなっていた。 (あれ…) ベッドに寝ていたはずの高橋さんがいない。 部屋を見渡すと隅のほうで耳をふさいでうずくまっていた。 「どうした?」 声をかけても反応がない。 「夢見たん?」

2016-05-21 16:44:06
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27. 肩に触れるとびくっとして後ずさる。震える身体。 「高橋さん?気分悪い?」 眉間に皺を寄せて苦しそうに頭を抱える。 「…っっ」 聞こえてへん。 「なぁ、どうした?」 「んっ…」 顔を上げた焦点が合ってない。 「高橋さん!なぁ、こっち見て!」

2016-05-21 16:45:12
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28. 腕をつかむとものすごい力で突き飛ばされた。 「うわぁぁぁぁっ!!」 アカン、正気じゃない。 「落ち着けって!」 ブンブンと首を振る。 「っ…くっ…ふ」 ちゃんと息がつけてない。 「あぁぁぁぁぁーっっ!!」 「高橋さん!俺見ろって!!」

2016-05-21 16:45:51
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29. 大声で怒鳴って無理やり顔をこっちに向けると、ようやく少しだけ目が合った。 「やすは…」 口元だけでそう呟くと、そのまま気を失った。

2016-05-21 16:46:27
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30. *** 病室のベッドに横たわる高橋さんは陶器のように澄んだ顔をしていた。 「今日は目を覚まさないと思います」 担当医らしい女性が俺のところに来て言った。 「最近は落ち着いてたんだけど」 「彼女、どうして入院してるんですか」 「それは、」

2016-05-21 16:47:16
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31. 「何…抱えてるんですか。」 「いつか。彼女が自分の口で話せる日が来るといいですね。」 そう言うと病室を出て行った。 それから高橋さんには会わせてもらえなかった。 あの日海辺で拾った貝殻を眺めながら彼女のことを想った。 ギターを弾いてても、絵を描いていても、

2016-05-21 16:48:00
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32. 彼女のことが頭から離れなかった。 pic.twitter.com/wjJcfzVY7O

2016-05-21 16:49:26
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33. *** チャイムの音。 うとうとしていたらしい。重い身体を起こして玄関に向かう。 「久しぶり」 笑顔で立っていたのは高橋さんだった。 ** 「久しぶりって、病院は?」 「脱走した」 「また?」 「へへ」 「体調は?」 「悪かったら来れないよ」

2016-05-21 16:50:40
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34. 「困ってる?」 一瞬高橋さんが不安げな顔をした。 「いや。そんなんちゃうよ。会えて嬉しい」 自然と出た本音だった。 「ギター、教えてもらおうと思って」 「上がり?」 「うん」 雨が降り始めた。

2016-05-21 16:51:13
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35. ** 「やっぱり届かない…」 首を振る高橋さん。 「力入りすぎやって。貸して?」 ギターを受け取って軽く鳴らす。 「俺かてそんな手大きいほうじゃないで?」 手のひらを向けると高橋さんは手を重ねた 「大きいよ」 「そりゃ、高橋さんよりはなぁ」

2016-05-21 16:52:07
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36. 「コードだけ抑えて?」 高橋さんは僕の前に座った。 「いい?」 「うん」 自然と身体を包むような形になった。 「あ、鳴った…」 きれいなFの音が響いた。 それから二人でいろいろな曲を奏でた。 コードは俺。ストロークは高橋さん。

2016-05-21 16:53:03
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37. 二人の音がメロディーになるたび、高橋さんは嬉しそうに振り返った。 少しずつ互いの距離が近くなって、ふと高橋さんの視線が俺の唇に落ちた。 ゆっくり見上げた高橋さんに、静かに口づけた。 「抱きしめてもええ?」 返事の代わりに高橋さんは俺の胸に顔を埋めた。

2016-05-21 16:53:58
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38. できるだけ優しく包んだ。壊さないように、これ以上傷つけないように。 その額に、まぶたに、耳に、頬に、唇でそっと触れた。 「安原くん、」 「ん?」 「言って」 「、」 「わたし、平気」 「高橋さん…」 「、」 「欲しい」

2016-05-21 16:54:54
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39. 俺に、預けて。 高橋さんは小さく頷いた。 ** 高橋さんを愛した。 優しく。 深く。 強く。 高橋さんは 俺を受け入れた。

2016-05-21 16:56:00
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40. *** 穏やかな寝息。頬に触れると目を開いた。 「起こしてもうた?」 「ううん」 頬に置いた手に、小さな手を重ねる。 「傷がある」 腕についた傷を指でなぞった。 「ギター弾いてて弦が切れてん。それが跳ねて」 「これは?」 肩についた傷。

2016-05-21 16:57:04
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41. 「潜ってたとき、岩で切った」 「こっちは?」 そっと前髪を上げる。 「子どものころ、鉄棒から落ちて」 「じゃあ、」 首筋に触れる。 「っっ!それはさっき高橋さんがつけたんやろ」 「ごめん…」 「ホンマやで」 「痛かった?」

2016-05-21 16:58:38
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42. 「今までので一番」 「安原くんはいじわるだ」 …… 「安原くん、」 「ん?」 「わたし、ここにいる?」 「うん。おるよ」 「安原くんは?」 「ここにいる」 高橋さんの手を取って、首筋の新しい傷にあてがう。

2016-05-21 16:59:29
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43. 何かを確かめるようにゆっくりと指を滑らせた高橋さんの背中を、もう一度抱いた。 「安原くんの身体、あったかい」 「高橋さんも」 「少し眠ってもいい?」 「うん。安心し」 髪を撫でると、高橋さんは目を閉じた。

2016-05-21 17:00:07
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44. ** 目を覚ますと高橋さんは立ち上がって絵を眺めていた。 「これ、」 「うん。雨と海。昨日書きあがった」 「きれい…」 「いつか部屋に飾りたい思て」 「部屋?」 「うん。高橋さんが退院したら、」 「、」 「一緒に暮らそう」

2016-05-21 17:00:48
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45. 高橋さんは静かに微笑むと、絵に向き直った。いつまでもいつまでも見つめていた。 外は静かに雨が降っていた。 *** 翌日、雨は上がった。 高橋さんは 雨に誘われたかのように、

2016-05-21 17:01:14
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46. 空に帰った。 ショックだったのは、その事実にどこか冷静だった自分自身にだった。 *** 「彼女の日記帳。あなたが持っておくべきだと思って」 担当医の女性から手渡された水色のノート。 晴れた日にはいつも高橋さんと過ごした中庭のベンチに座る。

2016-05-21 17:02:00
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47. 日記帳には日付がなかった。 最初のページには 『ひとり』 と小さい字で書いてあった。 ページをめくる。 丁寧に書かれた文字もあれば、判読できない文字もあった。 『あめ おと』 『あお かぜ はっぱ』

2016-05-21 17:03:01
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48. ほとんどのページにはいくつかの単語が並んでいるだけだった。 『ひかり はな みどり』 ページをめくる手が止まる。 『ゆび ギター F こえ』 『うみのおと なみとみず あめのおと おなじ』 『ふるいきず あたらしいきず』

2016-05-21 17:03:22
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49. 『うみとあめのえ へや いっしょに』 最後のページには一枚の写真が挟めてあった。 『やすはらくんとふたり』 開いたページに落ちた滴は、雨じゃなかった。 pic.twitter.com/XtwHpaLVN4

2016-05-21 17:04:29
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