- humptyhumtpy
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「……めじろくん、帰ってきたかな」 寝床に横になって、あゆ子は誰にともなくひとりごちた。 曳舟荘から何の報せもないということは、きっとまだ帰っていないのだ。 「…うーん」 #空想の街 #はなのえ文庫
2016-07-02 01:16:02この街は元々治安のいい街だ。まあ、外の世界では出くわさない出来事があったって些細なものだ、と思う。まさか、とも、いやそんなことは、とも思う。 ――無鉄砲な所があるっちゃあるが、危ういところにゃ近づかない子のはずなんだがねえ。 というのがヒキフネの言葉だ。#空想の街 #はなのえ文庫
2016-07-02 01:17:43「……誘拐、」 ぽつり、と呟く。うーん、ともう一度唸って、瞳を閉じる。 ――と、束の間右手に蘇る、感触。 #空想の街 #はなのえ文庫
2016-07-02 01:18:57それはあゆ子の手を包み込む手の感触だ。他の思い出がきらきらした断片をとどめるだけなのに、その感触だけは今も覚えている。 まだ幼かったあゆ子の手を掴む、乾いた手。左手の中指の横っ面に硬いところがあった。 #空想の街 #はなのえ文庫
2016-07-02 01:19:55「で、今年は帰ってきそうかい?」 というヒキフネの言葉を思い出す。 「さあ……帰ってきたとして、姿を見せてくれるかはわかりませんし」 苦笑するあゆ子にヒキフネは、帰ってきたら知らせておくれよ、と言って帰っていった。 #空想の街 #はなのえ文庫
2016-07-02 01:20:18あゆ子はもう一度、ぼんやりと目を開ける。 帰ってくるかわからない死者のこと、めじろのこと、夜の来客のこと――色んなことが頭の中でぼやけて、眠気へと入り混じる。 もし、できることがあったら、お手伝いしないとな。 とろとろとまぶたが落ちて、そのまま―― #空想の街 #はなのえ文庫
2016-07-02 01:23:03「ちょっと悲しい歌が多かったかしらね…」勢いに乗って3曲も続けて歌ってしまったが、どれも寂しい曲ばかり。「氷涼祭だもん。そんな気分にもなるよ」バーナが軽くピアノを弾きながら言う。「それにみんなベルの歌を聞きたいんだよ。だからベルが歌いたい歌でいいんだよ」#空想の街 #歌歌いのベル
2016-07-02 00:38:18バーナがピアノを弾き、私が歌う。そんな風に、いわゆるパートナーになって随分経つ。バーナはピアニストとしても、そして人としてもとても立派な人。だから私はすごく尊敬しているの。私のことをよく知ってくれているし、それに息も合う。#空想の街 #歌歌いのベル
2016-07-02 00:43:11「お前なりに優しい……か。言ってくれんじゃねぇかあの野郎」宿を教えてもらったが、気分は野宿と決め込んで預けてた酒瓶とそこらで買ってきたスルメを炙りもせずしゃぶる。「悪役の幹部にして一番最初に殺してやりたい感じの面だったなぁ…いいねぇ、外の奴らが増えんのは」 #空想の街 #巣烏記
2016-07-02 01:32:34今頃家じゃ喧喧囂囂の怒鳴り声だろう。こんな静かな星空なのに全くなんだってんだ、人間てのは。侘び寂掲げるのは俗物の証拠なんてよく言う事を思いながら、酒の勧めるままに道端に転がる長身。#空想の街 #巣烏記 「ま、弟君よお前はよくやってくれてんよ……お兄ちゃんも、もう少し耐えてやるさ」
2016-07-02 01:38:17「ああ、重かったあ…」 本箱と眠った子ども、ふたつ抱えてしまえば中々に重たい。どうにか投宿できたので、ほっと息を吐く。 ――目の前の布団ですやすや眠る子どもと、掌のしびれと。 「……こどもって、重たいんだなぁ」 貸本屋はそう呟いて、微笑んだ。 #空想の街 #鳥に纏わる掌編
2016-07-02 01:27:10かん、ころろ、 書かれている文字は全てが一だ。そんな賽子を振りながら、目深にハットを被った青年が、歌うように朝靄の街をふらふらと歩いている。 「――ひとぉつ、名から逃げぬこと、ひとぉつ、名から逃げぬこと」 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 01:17:04おかしな歌、と青年の背後から言葉が届いた。 「――お嬢、歌はなんだっておかしなものだよ。この街だってほら、句がなんだとか色々やってるみたいだけど、おっかしいねぇ」 振り向きざまに青年は血の色に染まったハットを抑え、口角を上げて徐に近場の塀へと距離をつめる。 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 01:20:21あんまりおかしすぎるから、ここを狙うつもりはぜんぜん起きないんだけど、と赤いハットの青年は、今度は人差し指を口元に寄せて背後を見た。 そして、右手の甲を硬い塀へとぶつけ、一気にそこへ真っ赤な線を引く。 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 01:22:45――この街中に響く音。 「いい音だけど、ちょっと違う。音は人骨をうちならすのが一番だよ。まっしろで、火をとおしたあとのほろっとしたのが一番いい――」 薄闇の中を迸る赤い線の前、右手を真っ赤に染めたハットの青年と、廻転自動車に腰掛けた女性がじっと、佇んでいる。 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 01:28:49「まあね、心配しなくても私はちゃあんと明日の朝には帰るわけ」いくらかお酒も進んでいた。呂色の肴が華を添える。この森でとれる少々風変わりな山菜で作った天ぷらはあまりにもよい香りで、ロビーにいる他の人たちも次々に天ぷらと日本酒を頼み出す。お酒が進まぬはずがない。#空想の街 #氷門旅館
2016-07-02 01:38:17しばしの沈黙ののち周りから小さくざわめきが聞こえた。その不安は正しい。聞き耳を立てていた人々は、突然突きつけられた真実にたじろぐ。呂色が一気に忙しくなったのはお酒の注文が増えたからだ。いつまで迎えてもらえるのか。それはあまりにも現実。#空想の街 #氷門旅館
2016-07-02 02:09:17「怖くないのか?」男はむしろ自分から積極的に尋ねる。「何が?」今朝とれたばかりという新鮮な刺身を口に放りなげては幸せそうに笑う彼女。このシビアな一問一答を気にする様子はまるでない。「ええとつまりだ。相手がいつまで自分を待っくれるのか不安じゃない?」#空想の街 #氷門旅館
2016-07-02 02:02:05「あらお兄さんは?」「ここに来てるやつらはみんな帰れないやつらばっかだ。姉さんみたいな方が珍しい」「帰れないの?」あまりにもまっすぐな問いに、本来ならば旅館の主として止めなければならないその会話をそのままに逃した。幸いなことに男は気を悪くする素振りもない。#空想の街 #氷門旅館
2016-07-02 01:52:12纏わり付いて 絡まりあって 宵が深まり 酔いしれる #空想の街 #言葉食み 「だぁれも、居ないねぇ。流石は、ワタリのあとの夜だ。こんな夜更けに、うろつく人も珍しいだろうけれど」 「どことなく、熱気を帯びた言葉は美味しいねぇ」
2016-07-01 23:21:43ねえ 店表にぎやかね、今年もみんな帰ってきたんだわ。飲みものも鉱水も風船も沢山用意したけれど、朝には陳列仕直しね。明日、お店の前にワゴン出してみようかな。 #空想の街 #鉱水売りの店 列べる品が足らんだろう? …斬り採ってくるが。 pic.twitter.com/SEE638kN8S
2016-07-02 01:10:21アルコールの力でロビーが少しずつ騒がしくなる。毎年のことだ。ここへは一人で来る者が多い。不安を抱えながらひっそりと飲んでいるもの同志少しのとっかかりですぐに打ち解ける。「へえ、姉さんは帰れる人なのか」姉妹の母と銀子の話を隣で聞いていた男が二人に声をかけた。#空想の街 #氷門旅館
2016-07-02 01:48:10「姉さんは心配じゃないのか?」「心配?」「氷涼祭は年に一度だ。次に帰るその時に、自分がいたはずの場所に誰かがいるかも知れない。帰ってくることが相手にとって負担になる時期がくるかもしれない。そんなことは思わないのか?」「ああそういうこと。考えるわ」#空想の街 #氷門旅館
2016-07-02 07:16:47ロビーにはもう二人のやりとりを見守らぬ者はいない。男も彼女も声を荒げることなく粛々と話し合いを進めていた。この場所に相応しい話題とは言えないが、争い事ではなくそして何より、自分自身がこの結末を知りたがっていることを銀子は自覚していた。#空想の街 #氷門旅館
2016-07-02 07:22:24「もしも私が帰れないならそれはいいことでしょ」#空想の街 #氷門旅館 生きているものたちの時間が進むこと。死人である自分がかけても回る歯車。死人たちが畏れていることを彼女は望んでいるように見えた。「帰らなくていいなら帰らない方がいいのよ。こんな仕組みただの神様の意地悪でしかない」
2016-07-02 07:27:31