10周年のSPコンテンツ!
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@Ued_S
『SFが読みたい! 2011年版』(早川書房)を本日入手。まず、様々な事柄に対してお礼を申し上げます。ありがとうございました。
@Ued_S
そのうえで、座談会における鏡明さんの発言に対して返答したい。ただし、これは抗議ではないので、その点、よくよくご理解頂きたく願います。鏡さんは、私の作品に対して批評すべきところをきちんと批評していると思うので、これは、それへの信頼を前提にしたお返事です。
@Ued_S
私は鏡さんとはまったく交流がなく(というか、ほとんどのSF関係者と交流がない)ので、他にこの発言を伝達する方法を知りません。また、先方の発言が公の出版物上でなされたものなので、公の場で返信するのが筋だとも思っています。
@Ued_S
これまでの時代ならば、作家が批評家に対してこういう形で返信することは有り得なかったと思うのですが、これもネット時代の一手段だと考え、受け入れて頂ければ幸いです。(以前、他の批評家さんから、SF作家は、こういうことを、もっとやったほうがいいと言われたので)
@Ued_S
誰かが鏡さんに伝えてくれるとうれしいのですが、無理に頼めることではないので、そのあたりは別に頓着しません。
@Ued_S
(1) 私はひとりのSF読者として、鏡明さんの発言の意味自体はよく理解できます。鏡さんが理想として考える「SFの形」――それが具現化されている諸作品に対して、特に反発する意思もないし、特別な感慨も持っていません。
@Ued_S
(2) ただ、自分は、鏡さんが求めるような「優秀なSF作家」には多分なれないだろうし、また、なる必要もないと思っています。私は常に辺境を行く放浪者であり、あらゆる枠組みに対する反逆者であり、鏡さんが仰る「倫理」の対極に位置する作家でもあるので――
@Ued_S
(3) 倫理をもってSF界の淑女たれと言われても、《SF界の悪の華》たるべく日々研鑽を続けている私にとって、それは無理な注文です。
@Ued_S
(4) 鏡さんのSF定義にずっとブレがないように、私も自分の信じるものだけを頼りに進んでいこうと思っております。作家には、それが一番、大切なことだと思っています。ただ、数々のご忠告に対しては、心よりお礼申し上げます。
@Ued_S
(5) なお、これは鏡さんだけでなく、他のSFファンからも頻繁に言われていることなので、もう一度この場で繰り返させて頂きますが、「未来が今とあまり変わらない、という未来SF批判の枠組みどおりになってしまっている」という批判に対して、私はまったく価値を感じません。なぜなら、
@Ued_S
(6) この問題について、SF内部できちんと議論が行われたという記憶が、一読者としてまったくないからです。「SFでは、それはダメなのだ」ということは何度も耳にしてきましたが、《なぜ、ダメなのか》ということは、きちんと突き詰めて論じられていないと思います。
@Ued_S
(7) 「SFというジャンルの中ではダメなのだ」というのでは、ただのトートロジーに過ぎません。
@Ued_S
(8) そして、なぜその部分が議論されないかといえば、そこに拘り続けていることこそが、現代SFの最大の弱点だからではないか、と、私自身は推察しています。
@Ued_S
(9) つまり、ここを突き崩されると、SFというジャンルの枠組み自体が崩壊すると考えている人が、とても多いのではないか。だから誰も触れない。
@Ued_S
(10) 私は、まずこの部分を、鏡さんや、鏡さんと意見を同じくする人に、もっと深く論じてもらいたい。そのうえで、論を広く公開し、読者と作家に向かって問い続けて欲しいと切望しております。
@Ued_S
以上で、鏡明さんへの感謝とお礼の言葉は終わりです。次は、小松左京さんや、『日本沈没』との関連について。
@Ued_S
(1) 最近あちこちで耳にしておりましたが、「SFが読みたい! 2011年版」の座談会で、この点について、いち早く取り上げて頂けたので助かりました。小松左京さんのあとを継ぐのは誰なのか、という話題について。
@Ued_S
(2) ここで自ら宣言しておきます。私は、小松左京さんのあとを継ぐ作家になるつもりは、まったくありません。それは、小川一水さんに、全部、丸投げしたいと考えております。小川さんは、ずっとそこを目指してこられた方なのですから、望んでいる方が継ぐのが一番です。
@Ued_S
(3) ちょうどいい機会なので、私の、公の発言としてここに残しておきます。小川一水さん。小松左京さんの仕事を受け継ぐのはあなたです。私は日本SF界の中では、ただの傍流に過ぎない。小松さんを継ぐべきは、あなたのような方です。
@Ued_S
(1) 大森望さんへ。「他人事」という発言は、いくらなんでも勘弁して下さい。私は阪神淡路大震災のときに被害の中心地である神戸に住んでいて、そこで家族を亡くしている人間です。こういう話を書くときに、「外側」からの視点で、ものを書けるはずがないでしょう。
@Ued_S
(2) 私たちが、水も薬も人を助けるための手段もなく、重症の家族を、「物資がない」というただそれだけの理由で、何もできず、ただ、死んでいくのを見ていることしかできなかったときに、
@Ued_S
(3) それを「他人事」として見ていたのは誰ですか。神戸の上空でたむろして消防隊の救助活動を邪魔し続けたヘリコプターからの中継や、瓦礫の下から担架で運び出された死者を遺族を突き飛ばしてでも撮影しようとしたTV局のカメラを通して、
@Ued_S
(4) メディアが伝える単なるイベントとして、数々の出来事を、ただ「消費」していただけの――その視点、そのものの中にこそ、糾弾されるべきものは、あったのではないでしょうか。
@Ued_S
(5) この国では、9.11や地下鉄サリン事件について語る人は多くても、阪神淡路大震災について語る人は決して多くない。自分たちの足元のことなのに。同じ国内で起きたことなのに。
@Ued_S
(6) そういう現実に対して、私は小説作品を書くという形で闘っただけです。
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