「かれんさん、こんにちは」 「え? あら、舞さん。こんにちは。こんなところで出会うなんて、奇遇ね」 「画材を買いに来たんです。ちょっと、こっちじゃないと売ってないものがあったんで」 「そうだったの。あ、そういえば、この前、舞さん達の街に行ったのよ」
2011-02-12 00:33:06「え、そうなんですか? 言ってくれれば、お迎えしたのに」 「急なことだったのと、平日だったから。ごめんなさいね」 「あ、いいえ。謝られるようなことじゃ。でも、次は是非、声をかけて下さいね」 「ええ、そうさせてもらうわ。行ってみて知ったんだけど、あなた達の町、本当に素敵なところね」
2011-02-12 00:33:37「かれんさんも、そう思われました?」 「ええ。海があって、山があって、空気もすごく澄んでいて。とっても素敵なところだと思ったわ」 「ですよね! あ、かれんさん、大空の樹は見られました?」
2011-02-12 00:33:52「大空の? ああ、山の上に立っていた、とっても大きな樹のことかしら? 残念だけど、そんなに時間が無くって」 「じゃあ次は、一緒に行きませんか、大空の樹」 「そんなに素敵なところなの?」 「はい! 眺めが綺麗で、すごく落ち付ける場所で。私と咲が出会った場所でもあるんです」
2011-02-12 00:34:22「そうなの。それじゃ、行かないわけにはいかないわね」 「ええ! でも、かれんさん、どうして海原市に?」 「実はね、咲達の街に住んでいる芸術家さんに会いに行ったの」 「え!?」 「鈴木明日香さんって言う人。ガラス細工を作っているんだけど、最近、個展を開いててね。知ってる?」
2011-02-12 00:34:30「もちろん! 私、明日香さんとは仲良くさせてもらってるんです」 「そうなの? すごい偶然ね」 「それで、明日香さんに何の用で?」
2011-02-12 00:34:50「個展を見に行ったうちの学園の理事長が、ファンになっちゃったらしくてね。作品を学校に置かせてもらいたい、っていう話。私も見たけれど、本当に素敵だと思ったわ。それと後は、社会科見学の交渉、ってところかしら」 「社会科見学、ですか?」
2011-02-12 00:34:58「だってすごいじゃない。あんな素晴らしい作品を作れることもそうだけれど、一人で頑張ってるところなんて、本当に尊敬出来ると思うの」 「明日香さん、バイトをしながら頑張って作ってますもんね」
2011-02-12 00:35:06「そうみたいね。そうやって自分の目標に向かって進んでる人の姿を、学園の皆にも見てもらいたいな、って思ったの」 「すごくいいと思います。明日香さん、なんて言ってました?」 「恥ずかしがってたわ、私なんかがそんな、って。でも、OKしてもらえて良かった」
2011-02-12 00:35:13「ホント、明日香さんってすごいですよね。あのバイタリティ、私も欲しいな」 「そういえば、舞も将来は画家になりたいんだっけ?」 「出来れば、ですけれど……最近は、色々と悩むことも多くて」 「あら、どうして? わたし、舞の描く絵、好きだけれど」
2011-02-12 00:35:22「……! あ、ありがとうございます。なんだか、恥ずかしいですね」 「ふふ、本当のことを言ったまでよ」 「でも、世の中にはもっとたくさん、絵の上手な人がいて、毎日すごく頑張ってて。なんだか、楽しんで絵を描いてる自分じゃ、追い付けないんじゃないかな、って。そんな風に思っちゃって」
2011-02-12 00:35:28「何かあったの?」 「……この前、近くで絵のコンクールがあったんです。そこで大賞を取った人の絵が、本当にすごくて。その人のインタビュー記事を見たら、子供の頃からずっと絵の勉強をして、絵に向かい合って、少しでも時間があれば絵を描いていた。そんな風に書かれてたんです」
2011-02-12 00:35:50「なるほどね。それで?」 「それを見たら、私、そこまで真剣に絵に向かい合ってるのかな、って。他の人が、どんどん先に行っちゃってるんじゃないのかなって、そんな風に考えちゃったんです」 「それで、不安になった、と」 「……はい」
2011-02-12 00:36:05「ねぇ、舞。こまちの小説、読んだことある?」 「こまちさんの『海賊ハリケーン』ですか? ええ、読ませてもらいましたけれど」 「あれね、何度も何度も書き直してるのよ。それこそ毎日のように机に向かって、試行錯誤と推敲をしてたの」 「毎日、ですか?」
2011-02-12 00:36:12「ナッツっていう批評家が近くにいたからね。書き直してはダメ出しをされ、それを直したら別のところが。見ているこっちが辛くなるぐらいだったわ。でも、こまちは諦めなかった。そうして出来あがったのが、あの『海賊ハリケーン』ってわけ」
2011-02-12 00:36:23「そんなことがあったんですか。こまちさんも、やっぱり、そんな風にしっかりと自分と向き合って……」 「一度ね、聞いてみたことがあるの。そんな風に毎日されて、辛くないの? って。そうしたら、こまち、なんて言ったと思う?」
2011-02-12 00:36:29「辛いなんてこと、全然ないわ。そりゃ、もう書くのを辞めようって思ったこともあるけれど。でも、やっぱり私、書くのが好きなの」 「辛くても、それを上回るぐらい、好きだってこと?」
2011-02-12 00:36:35「ううん。辛いのと、好きっていうのとは、まったく別次元のことなのよ。ナッツさんに悪く言われたらどうしよう、そんな風に不安に思ってても、書き始めたらそんなこと忘れちゃう。書いてる時は、楽しくて仕方ないの。何もかも忘れて書いてるからかしら。そういう意味では、書く前が、一番辛いかもね」
2011-02-12 00:36:41「書く前が……」 「わたしには、こまちが言ってることの全部が判るわけじゃないけれど、でも多分、舞もそれでいいんじゃないかしら」 「私も、ですか?」
2011-02-12 00:36:52「どんな時でもきっと、楽しいことが一番よ。芸術家って、辛いこともたくさんあるかもしれないけれど、きっと、何かを創っている時は楽しくて仕方ないんじゃないかしら。だから、止めることが出来ないんじゃないんだと思う」 「楽しんで描いてていい、って、そういうことですか?」
2011-02-12 00:36:59「実はね、鈴木さんにお会いした時に聞いたの。仕事をしながら芸術に打ち込んで、大変じゃないですかって。そしたらね、大変ですよ、でも、楽しいですから、ってそうおっしゃってたわ」 「そうなんだ……」
2011-02-12 00:37:11「舞。あなたはまだ、楽しいことしか知らないかもしれない。これから先に、辛いこともたくさんあるかもしれない。でもそれでも、きっとあなたは、絵を描くことを楽しんでいるだろうし、そうして描かれた絵が、人を幸せにすると思うわ」 「私の絵が、誰かを幸せに……そんなこと、あるんでしょうか」
2011-02-12 00:37:20「あら、何を言ってるの? もうすでにあなたは、幸せにしてるじゃない。咲や満、薫。それに、わたし達も」 「……! かれんさん……」 「そうだ! 今度、理事長にお願いしちゃおうかしら。舞の作品を学園に飾らせてもらえないか、って。そうすればもっと多くの人が幸せになれるものね」
2011-02-12 00:37:27「え!? ちょ、そ、そんな! は、恥ずかしいです!」 「あら、いい考えだと思ったんだけど。うん、そうね、相談する価値はあるわね」 「んもう! かれんさんったらぁっ!」 「ふふふ」 ――――了――――
2011-02-12 00:37:55