髪の毛島(かみのけじま)

海で遭難した女性二人が、不思議な島にたどりつく怪奇小説です。
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ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 26 「ありがとう」 「気にしなくていいわ。それより……助けが来るまで何日かかるかしら」  まさに、それは致命的な問題だった。 「さぁ……。船の人が、SOS とか出したんじゃない?」 「それなら、もう、飛行機かヘリコプターが来てもおかしくないわ」 27へ

2016-09-07 21:07:01
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 27  情け容赦なく正確な推測だった。何か言おうとして、喉がひりひりしてきたのを感じた。 「ねえ……水、飲んでいい?」  一応、許可を取る形にした。あたしだけ、がぶがぶ飲むなんて、幾らなんでも馬鹿げてる。 28へ

2016-09-07 21:08:09
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 28  「ええ。でも、残りは全部で30リットルしか無いわ」  数字があたしの手を止めた。 「どのくらい……飲んでいいの?」 「普通は、一日に二リットルあればいいって言うけど……。切り詰めるとストレスが溜まるし、やっぱり二リットルかしら」 29へ

2016-09-07 21:09:27
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 29 その要領だと、二人だから、一日で四リットル。つまり、一週間ほどは持つ。あたしは、根拠も無く安心して、箱からペットボトルを出した。その考えが甘過ぎるとも知らず、無知で無邪気なものだった。 30へ

2016-09-07 21:10:29
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 30 それから六日。水は二日前に尽きた。つまり、予想の倍の速さで無くなった。狭い筏の中で、炎天下にあぶられながら、いつ来るかも知れない助けだけを望みにする日々は、砂漠のように水を吸い取った。 続く

2016-09-07 21:12:04
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 31 非常食にビスケットや缶詰があったし、釣糸をつけた釣り針もあったから、魚を釣ろうともした。餌を取ろうとさえしない。食事をすると、余計に水が欲しくなる。泳ごうかな、とも考えた。そんなに深く無いところに鮫がいて、つきまとっていたので、止めた。 32へ

2016-09-08 21:06:32
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 32 結局、水を飲むだけが娯楽だった。昨日、それも尽きた。渇きは、文字通り飢えた狼だった。獲物が弱り果てるのを、じっと待っていた。  昨日までは、波多さんとも少しは話をした。水を余計に使うから、ひっきりなしに喋り続けるのは無理だ。 33へ

2016-09-08 21:08:01
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 33 それでも、お互いの生い立ちくらいは交換出来た。  千葉県の、平凡なサラリーマンの家に生まれて、中の上程度の私立大学に進学したあたし。ちなみに英文学科。実は、男と付き合った経験は無い。それに比べて、彼女はなかなかの経歴の持ち主だった。 34へ

2016-09-08 21:10:04
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 34 母子家庭で、お母さんはパート労働者。和歌山県の短大で一通りIT を学んで、卒業してすぐ東京の中堅企業に就職。入社して一ヶ月目に、指導役の先輩に言い寄られて、付き合い始めてから妻子がいるのが分かって、別れようとしたら殴られて。 35へ

2016-09-08 21:11:12
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 35 結局、不倫の慰謝料と、暴力のとを相殺して、退職したそう。相手が妻子を隠して交際したなら、慰謝料を払う筋合いじゃない。あたしなら結婚詐欺で訴えてる。なのに波多さんは、相手の事を嫌いになりたくないから、奥さんが雇った司法書士の言いなりになった。 36へ

2016-09-08 21:13:22
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 36 生まれて初めて付き合った男性でもあったって。  正直、普通は、そうした考えを軽蔑する。相手の男性は論外だけど、クズに嫌われたくないからって卑屈な態度を取る奴も尊敬出来ない。  それが難しいのは、現に波多さんはあたしに手を差し伸べた。 37へ

2016-09-08 21:15:04
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 37 非常時だし、役に立ちそうな事は淡々と口にする性格はありがたい。体育会系みたいに、こんな時こそ一致団結、なんてされたら、うっとうしくて仕方ない。  そんなあたし達は、今や、二人とも筏の床に横たわって、波がちゃぷちゃぷ立てる音を聞く他無かった。 38へ

2016-09-08 21:16:20
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 38 動く機会と言えば、時々寝返りを打つくらいで、それさえ億劫だ。  死にたくない。ずっと楽しみにしていた一人旅が、難破で終わるなんて、それこそ死んでも死にきられない。  そんな悲壮な気持ちを味わっていると、窓から風が入ってきた。 39へ

2016-09-08 21:17:18
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 39 思い出せる限り、嵐が過ぎてから初めて通った風だ。  波多さんが、肘をついて起き上がり、窓まで這って行った。それから、窓枠に弱々しく手をかけて、身体を引き起こした。 「島よ……。島が見えるわ!」 「え……?」 40へ

2016-09-08 21:18:26
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 40  蜃気楼じゃ無いの、と言う質問を、危うく思い留まった。その代わりに、あたしも波多さんの傍に這い寄った。どこかの戦争映画みたいな、文字通りの匍匐(ほふく)前進だ。たっぷり三分はかかったろう。 「ちょ、ちょっと……ごめん」 「うん」 続く

2016-09-08 21:19:32
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 41 波多さんが、少し脇に下がったおかげで、外の様子が久しぶりに目に写った。青一色だった空と海に挟まれて、ポツンと黒っぽい塊が見える。しかも、段々と大きくなっていた。 「島に……島にたどりついたら、川を探さないといけないわね」 42へ

2016-09-09 21:04:57
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 42 波多さんが言うと、当たり前な事でも、ちゃんとした方針として頭に据え付けられた気分になる。 「うん。鮫はご飯を食べ損ねたね」  何日ぶりかで、冗談が口をついて出た。  そうこうする内に、筏は、吸い寄せられるように島へ近づいた。 43へ

2016-09-09 21:06:08
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 43 窓から飛び込んで泳ぎ出したくなる衝動をぐっとこらえて、期待を込めて見守る内に、到頭筏は島の浜辺についた。船底が、砂浜に乗り上げる音と感触が、何とも頼もしい。  島は一面、ワカメかコンブかに隙間無く覆われている。 44へ

2016-09-09 21:07:08
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 44 満潮になったら沈むのかも知れないし、そうなったら川なんてあるはずが無い。でもそれは、上陸しないと確かめようが無い。  あたしは真っ先に筏を出た。そして、すぐ目の前に、待ち望んで止まないものを見つけた。 45へ

2016-09-09 21:08:33
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 45 あたしは即座に膝を折って、髪の毛がばさばさと顔の両脇に雪崩れかかるのも構わず、流れに顔ごと口をつけた。  数十秒はそうしたろうか。世の中に、これほど美味しい物は存在しなかった。息が続かなくなってから、一度顔を上げて、また同じ事をした。 46へ

2016-09-09 21:09:53
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 46 二回目に顔を上げた時、波多さんがいつの間にか隣にいて、空のペットボトルに水を満たしていた。 「ご、ごめんね」 「構わないわ。そうしないと、死ぬかも知れなかったし」  そう言いながら、満タンになったペットボトルを出して、そのまま飲み始めた。 47へ

2016-09-09 21:10:51
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 47  「直接口をつけないの?」 「毒かもしれないから、まず少しだけ様子を見るわ」  受け取り方によってはご挨拶な言い方をしてから、波多さんは、ようやくペットボトルを口につけた。一度飲み始めると、やっぱり一息だった。 48へ

2016-09-09 21:11:55
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 48  「空のペットボトルを、全部持ってくるから」  ぽそっと呟いて、波多さんは、後ろを向いた。  彼女が筏に入るのを見てから、あたしは、改めて島を眺め渡した。崖がそびえていて、川はそこを流れ落ちている。草木らしい草木は無かった。 49へ

2016-09-09 21:13:12
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 49  岩肌にぺったりついている、海藻のようなものを確めた時、あたしは本当に気絶しかけた。腰から力が抜けて、砂の上にへたりこんだ。 「どうしたの?」  ペットボトルを詰め込んだビニール袋を両手に下げて、波多さんが近づいた。 50へ

2016-09-09 21:14:08
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

髪の毛島(かみのけじま) 50  「こ、これ……髪、髪の毛……」  岩肌、と言うか、川は別にしても、島の大半を覆っているのは人間の髪だった。それも、普通の長さじゃない。一本一本が何メートルもあった。島自体が巨大な人間の頭で、自然に髪が生えているような幻想まで浮かんだ。 続く

2016-09-09 21:15:12