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高橋源一郎氏自身による、’’新著『悪と戦う』メイキング’’

非常に貴重な内容だと思われますので、文献として残す為、急遽まとめました。読者の方とのやりとりは割愛しました。編集の際は、予告編および本文のみで、お願いします。
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高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の4…気づいたのです。それは、おそらく、およそあらゆる親が自分の子どもたちを眺めていて気づくこと。つまり、自分の「死」についてです。不思議なことに、父が亡くなった時にも、母の心臓が鼓動を止めた時にも、悲しくはあっても、それは自分の「死」とは関係のない出来事でした。

2010-05-12 00:13:40
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の5…けれど、まさに「生」のさなか、生命力そのものである、子どもたちを見ていると、彼が自分の年齢に達した時、わたしはもうこの世に存在しないのだという思いに呑み込まれそうになっている自分に気づくのです。風呂上がりに鏡を見て、ギョッとします。わたしの父親が映っている。

2010-05-12 00:17:35
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の6…十年以上前に亡くなったはずの父親は疲れ果てた顔をして、幼い頃のわたしを抱いているのです…もちろん、それは勘違いです。わたしが、しんちゃんを抱いて立っているのです。わたしは、その「父とわたし」が「わたしと息子」にあまりに似ていることに驚きます。時間はそうやって…

2010-05-12 00:20:48
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の7…折り返されるのかもしれませんね。とりわけ、六十近いわたしにとっては、子どもたちは、生命と死の両方を持って近づいてくる天使のようなものだったのです。わたしが、彼らをモデルにした短編を書いたの、その頃でした。それが何なのわからないまま、大きな手応えがあったのです。

2010-05-12 00:25:23
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の8…もしかしたら、大切ななにかが書けるかもしれない。そんな予感がしました。焦ってはならない。それがどうしても必要なものなら、必ずそれは生まれるのです。わたしは、なかなか言葉を話すようにならないしんちゃんをダッコしながら、用心深く、耳を澄ましていたのです。そして…

2010-05-12 00:29:51
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の9…わたしは、「ランちゃん」と「キイちゃん」以外の、もうひとりの登場人物に出会うことになったのです。そのことをうまく説明することできません。説明できないから、小説を書くことになったのですから。わたしは、いつも買い物に行っているスーパーで「彼女」に出会ったのです。

2010-05-12 00:33:40
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の10…れんちゃんと同じか一つ年上の女の子だ、とわたしは思いました。とても可愛い格好をした女の子はわたしに背中を向けていて顔は見えませんでした。その時、わたしは異様なことに気づきました。店内に、溢れるほど買い物客がいるのに、なぜか彼女の周りだけが空っぽなのです。

2010-05-12 00:37:29
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の11…彼女が進むと、その「真空」も前進します。まるで、特別な空間が彼女の周りをおおっているようです。彼女は不規則に、まるで酔っぱらっているように店内を進んでゆきます。なのに、不思議なことに、誰も彼女の方を見ようとしないのです。まるで、そこには誰もいないかのようです

2010-05-12 00:40:31
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の12…わたしの背後で、誰かが女の子の名前を呼びました。彼女はゆっくり振り返り、わたしの後ろにいる、おそらく母親の方を見ようとしました。彼女の顔が見えました。もしかしたら、彼女の視線とわたしの視線は交わったかもしれません。わたしは突っ立ったままでした。どのくらいの…

2010-05-12 00:44:57
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の13…時間がたったのでしょう。わたしが彼女の顔を見ていた時間は3秒か5秒ぐらいの間だったかもしれません。母親は彼女に近寄り、すぐに店から出ていきました。全部を合わせても1分もなかったかもしれない。母子が出ていった途端、店内に漲っていた緊張が緩んだのがわかったのです

2010-05-12 00:50:14
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の14…わたしは頼まれていた買い物を終えると家に戻りました。玄関を開けると、出迎えに出てきたしんちゃんが「だっだっ」と言いながらわたしに抱きつきました。その時、わたしは、この『「悪」と戦う』という小説が、もう、最初から最後まで出来上がっていることに気づいたのです

2010-05-12 00:52:38
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の15…やはりうまく説明することはできないのかもしれませんね。わたしは、ある特殊な顔をした女の子に出会ったのです。その顔は、わたしの中に落ちて、一瞬で小説になりました。小説を書くことは、それほど難しくはありませんでした。なぜなら、中から掘り出すだけでよかったからです

2010-05-12 00:58:46
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の16…いや、ほんとうは難しかったのです。わたしはずっと、自分に、そのことを書く「権利」があるのだろうか思っていました。わたしは、ほんの数秒、彼女を見ただけなのに、どんな人間なのか、どんな苦しみを感じているかも知らないのに、わたしの小説の主人公にしてしまったのです

2010-05-12 01:02:19
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の17…彼女はモデルですらありません。わたしは、なにひとつ彼女について知らないのですから。けれども、彼女がいなかったら、わたしの小説が存在しなかったことも事実なのです。小説の中では、完璧な事実の再現も、完璧なフィクションも、難しい。小説は、必ず現実に尻尾を掴まれる。

2010-05-12 01:06:36
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の18…わたしたちは現実の誰かのことを書きます。たいていの場合、彼らの承認を得ずに。彼らには、「なぜ我々のことを書くのか。なにも知らないくせに」という権利があります。そして、彼らは常に正しいのです。彼らのその言明に対して、作者は反論することができません。

2010-05-12 01:11:10
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の19…だが、それでも、わたしたちは書くのです。もっとも遠く離れたものを、繋げることができるかもしれないという、唯一の希望を頼りにして。

2010-05-12 01:15:46
高橋源一郎 @takagengen

メイキング11の20…やっぱり、説明は難しいですね。いつもうまくいくわけじゃないんです。みなさん、最後まで聞いてくれてありがとう。

2010-05-12 01:17:16
高橋源一郎 @takagengen

今日の予告編1…日付が替わり13日になると、大きな書店の店頭に『「悪」と戦う』が並んでいるはずです。メイキングもあと2夜です。なんだか速いですね。昨日、何人かの人から感想もいただきました。こういう時は書き手はどきどきします。もう本は書かれ、判断されるのを待っているだけなんですから

2010-05-12 23:32:28
高橋源一郎 @takagengen

予告編2…もっとも信頼している読み手の感想を読み、いままでいちばん遠くまで小説を届けることができたと確信しました。もう大丈夫。作品はすべて自分が産んだ子どもたちです。『「悪」と戦う』なら、ずっと遠くまでひとりで歩いていけるはずです。メイキングは彼らへ贈るはなむけでもあるのです。

2010-05-12 23:38:17
高橋源一郎 @takagengen

予告編3…今夜は、『「悪」と戦う』という小説の世界の成り立ちについて、それから、小説を終わらせることについて、話せたらいいなと思います。もっと個人的なことも話したくなるかもしれません。みなさんに話せるこの時間は、ぼくにとっても大切な時間でした。それでは、24時に。

2010-05-12 23:41:58
高橋源一郎 @takagengen

メイキングオブ『「悪」と戦う』12の1…スーザン・ソンタグは「二度読む価値のない本は、読む価値がない」と書いています。そうです。一度しか読まない本はたいてい、読む価値がなかったのです。でも、逆に、何度も繰り返し読む本があります。もちろん、ぼくにも、そんな本が何冊もあります。

2010-05-13 00:01:47
高橋源一郎 @takagengen

メイキング12の2…何十回も、いや何百回と読み返す本、ぼくはずっとそんな本が書きたかったのでした。でも、どうしてそんなことが起こるんでしょう。何度か読めば、物語も登場人物のセリフも、ことばのひとつひとつまで覚えているはずなのに。どうして、それでもまた、読み返したくなるのでしょう。

2010-05-13 00:05:17
高橋源一郎 @takagengen

メイキング12の3…それは、おそらく、その本が、ぼくたちの心を「チューニング」してくれるからではないかと思うのです。コンサートの前に、オーケストラが、オーボエのAの音に合わせて、楽器のピッチを合わせる、あの光景のように、日々の暮らしの中で、心のピッチが狂っているなと思える時…

2010-05-13 00:08:12
高橋源一郎 @takagengen

メイキング12の4…そんな時、目を閉じ、その本が発する静かなAの音に耳をかたむけていると、狂ったピッチが元に戻ってゆく…そういう本をぼくは大切にしています。物語や華麗なことばづかいではなく、そこに漂っている、背筋をぴんとさせるなにかを読むために、繰り返し、その本の頁を開くのです。

2010-05-13 00:11:45
高橋源一郎 @takagengen

メイキング12の5…たとえば、ぼくにとって、カルヴィーノの『まっぷたつの子爵』という本がその一つでした。イタリア中世、血なまぐさい時代に放り込まれた貧しい少年と、砲弾によって「善」と「悪」の二人に引き裂かれた子爵をめぐる、この少年文学の傑作を、いったい何度読んだかわかりません。

2010-05-13 00:15:07
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