ナイト・エニグマティック・ナイト #2
(前回までのあらすじ:アッパーガイオンの高校に通うナブナガ・レイジは、父親をカロウシで失ってからというもの、ノートに攻撃的な暗黒ハイクを編む不毛な高校生活を送っていた。ハイクコンペに落選し失望した彼は、隣のクラスのペケロッパ女学生の誘惑を辛うじて回避し、家路についたのだが……)
2011-10-20 21:44:17レイジは素子と物理鍵でドアを開け、傘立てにカタナを差す。感情をシャットダウンする。ブンズーブンズーブンズズブンズーブンズーブンズーブンズズブンズー。奥の部屋から、不快に歪んだ単調なベース音がBPM165で漏れ聞こえた。フスマの隙間からビートに合わせ明滅する緑、青、ピンクの光。 1
2011-10-20 21:50:53「……誰、レイジ?」左手、薄暗いキッチンから声が聞こえる。バチバチと、食卓の上のタングステン・ボンボリが火花を散らした。レイジはキッチンに向かう。母親が笑顔で食卓につき、TVクイズ番組を見ていた。テーブルの上にはタノシイドリンクの瓶が十数本と、カラフルな錠剤が散乱していた。 2
2011-10-20 21:56:55「…次の問題はポイント倍点倍点!ここでコマーシャル!…」ありふれたTV番組だ。「飯は?」「冷蔵庫」母親はウィルスが巨大化したような丸い突起物まみれの丸剤をひとつ取り、口に運んでガリッと奥歯で噛みしだいた。違法薬物だ。赤、緑、オレンジ……毒々しい蛍光色。危険な甘みが口に広がる。 3
2011-10-20 22:11:29レイジが冷蔵庫を開けると、中にはオデコ・マートの上等なオーガニック・マグロ・スシが透明な樹脂容器に入って置かれていた。「…スゴスギル!こんなに動くなんて!スゴスギル!…」TVからオムラ社新型自動掃除機CMが流れる。「アッハー!スゴーイ!買おうかしら!アッハー!」母親が笑った。 4
2011-10-20 22:24:18レイジは重い溜息をつきながらマグロ・スシを口に放り込む。立ったままだ。胃がそれを拒否した。1個が限界だ。パックを鞄に入れ、台所を出ようとする。「もう1パック入っていたでしょ」母親がCMに釘付けのままレイジを呼び止めた「それ、持ってって」。「どこに」とレイジ。「知ってるでしょ」 5
2011-10-20 22:28:58レイジは感情を殺し、キッチンを出て、あの忌々しい部屋へ近づいていく。ブンズーブンズーブンズズブンズー!鶴が描かれた立派なフスマに手をかける。ブンズーブンズーブンズズブンズー!!ベース音が大きくなる。優しいオーガニック・タタミの香りを撲殺するような、荒いアルコール臭が鼻を突く。 6
2011-10-20 22:32:11レイジはタタミ部屋のフスマを開ける。ブンズーブンズーブンズズブンズー!!!いかつい四十代の体をレザーベストに包んだピンク髪のモヒカンがチャブの前に座り、ビートに合わせ小刻みに体を揺らす。チャブの上には「バンザイ・テキーラ」「集合」「武田信玄」「ソクシ」などの強い酒が並ぶ。 7
2011-10-20 22:41:44レイジは何も言わず、スシパックをチャブに置いた。モヒカンは丸型サイバーサングラス越しにレイジを睨みつける。「座れ」「勉強が……」「スッゾコラー!」モヒカンはヤクザスラングで一喝した。レイジは恐怖と怒りに震えながら、チャブの前に正座する。力ではこの男に敵わない。 8
2011-10-20 22:48:51「お前は親父のようにメガコーポで働け」モヒカンはサイバーコンポを弄りBPMを調節する「そして俺のスシ代を稼げ」。いつものようにレイジは何も答えなかった。「戦争さえありゃあな…」モヒカンの首の後ろにはバイオLAN端子が3つ。2つはハンダで埋められている。電子戦争の退役軍人だ。 9
2011-10-20 22:57:13モヒカンはスシを食い「暴動」と書かれたサケの瓶を傾ける。この男は母親の血縁か何かだ。詳しく知る気にもなれなかった。一年前、父親がカロウシしてから、金の臭いを嗅ぎ付けたこのスカムが家に上がり込み、ナブナガ家の遺産を食い漁り始めたのだ。「もういい、とっとと行け、辛気くせえ」 10
2011-10-20 22:57:34レイジは立ち、退室しようとする。部屋の奥、LANケーブルやチューブ類が生えたフートンと、そこで永遠にオスモウ中継を見る祖父の姿が一瞬目に入った。フスマが閉じられる。フートンの傍の壁に貼られたレイジの古い絵やオリガミ、ハイクなどが、けばけばしいサイバーライトの明滅に染まった。 11
2011-10-20 23:09:37「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」均等な高さに並んだガイオンシティのビルの屋上を、緑色のニンジャ装束を纏った謎の人影が跳び渡る。彼の名はブリガンド。ザイバツ・シャドーギルドの本拠地を探るべく、ソウカイヤによって送り込まれた斥候ニンジャである。 13
2011-10-20 23:14:53「イヤーッ!」ブリガンドは見事な松の木を蹴って3回転跳躍し、次のビルへと跳び渡る。こうしたトリッキーな動きを取る理由は、追っ手の追跡をまくためだ。その間も、両手は携帯IRC端末のキー入力を怠らない。「ついに掴んだッ……!思っても見なかったッ!まさか、あのキョート城が……!」 14
2011-10-20 23:23:35その時!闇を切り裂いて五重塔の方角から2枚のスリケンが飛来し、ブリガンドの携帯IRC端末と額に突き刺さった!「グワーッ!?」ナムサン!破壊されバチバチと火花を散らす携帯IRC端末!さらに五重塔の上から1人のザイバツニンジャが稲妻の如く飛び降り、ブリガンドの前に立ちはだかる! 15
2011-10-20 23:28:59「ドーモ、ブリガンド=サン、キョート城の秘密を知ってしまったからには、生かしては帰さぬ。5秒以内にハイクを詠むがいい」そのニンジャは圧倒的なカラテの気配を放ちながら、ブリガンドへと歩み寄った。「き、貴様は……!シテンノ……!」目を剥くブリガンド。アイサツすらままならない。 16
2011-10-20 23:34:02……5秒後。レイジが住むマンションの屋上で、ブリガンドはしめやかに爆発四散していた。誰にも省みられることの無い、サツバツとした死に様であった。松の枝が焦血に染まり、キョート山脈には暗示的な「イ」「ン」「ガ」「オ」「ホ」「ー」の巨大文字がライトアップされ点滅していた。 17
2011-10-20 23:41:36おお、見よ!隠された真の世界を!古事記に予言されしマッポーカリプスへと近づく終末の世を!ガイオンシティの闇では、ニンジャが日夜暗闘を繰り広げている。世界が狂っていると考えたレイジは、ある意味において正しかった。全ては嘘である。全ては隠蔽されている。全ては……ニンジャなのだ。 18
2011-10-21 00:01:01「ARRRRRRRGH!!!」同じ頃、世界の秘密を未だ知らぬレイジは、暗い自室で叫んでいた。狂ってしまわぬように。線の細い、脆く、暗く、烈しい激情に衝き動かされるまま、学生服を脱ぎ、タンスの中から黒いサイバーパーカー、ネックウォーマー、カーゴパンツ、ブーツを取り出し纏った。 19
2011-10-21 00:19:42通販で買ったイミテイシションのクナイダートを懐に仕舞い、腰には黒いヌンチャクを吊る。荒い息を吐きながらブラインドを開け放ち、ガラスに映った姿を見る。目の下に黒く墨を引き、両手を鉤爪のように強張らせた。そして笑う!(((太陽は死んだ!俺は夜の世界を彷徨うニンジャなのだ!))) 20
2011-10-21 00:26:27レイジはニンジャソウル憑依者ではない。むろん、脆弱な彼がリアルニンジャになれるわけもない。日本の一部のティーンネイジャーはしばしば、ニンジャという伝説上の半神的存在に対し、強い執着心と変身願望を抱く。加えてレイジにとって、この行為はハイクの霊感を生み出す重要な儀式であった。 21
2011-10-21 00:31:00(((イヤーッ!イヤーッ!)))ヌンチャクを回し、ぎこちない動きで足の下を潜らせる。開脚ジャンプから着地。両手を前に突き出しクナイを構えた。息が荒い。近年、ニンジャ姿の狂人が増えつつあるが、彼は自分が狂人ではないことを信じていた。実際、彼の中にはまだ十分な理性が残っている。 22
2011-10-21 00:42:08「井戸の中の闇を覗きすぎると落ちる」。平安時代にミヤモト・マサシが詠んだ名句だ。レイジはその言葉の意味をよく知っていた。(((イヤーッ!)))ゆっくりとチョップを繰り出し、前後左右の見えないクラスメイト全員の首をへし折り殺害する。ニューロンが疼き、新たなハイクの力となる。 23
2011-10-21 00:51:14