2010年6月13日スマナサーラ長老ダンマパダ講義(於ゴータミー精舎)メモまとめ
#jtba 長老「私は怒らないんだから、ニコニコとしながら相手の矛盾を指摘する。(理不尽な規則を前にしても)あきらめてはいけない、目的を達成しないといけないこともある。それはしっかりやってのける。
2010-07-03 17:20:08#jtba 長老「(自由意志について)千葉県までドライブしようとする。自由なように見えるが、厳しい交通規則の中でドライブしてる。決まったパターンをすべて守ったから千葉まで行けた。自分の立場では、自分の意思を達成したといえる。自分を捨象して、ある物体が千葉まで行ったとすると、
2010-07-03 17:23:35#jtba 長老「…自由は機能していない。見方による。自由意志に付いてもう一つ。貪瞋癡の判断は間違っているに決まっている。しかし、貪瞋癡の判断が完璧に間違いならば、我々はこの地球に存在しているはずもない。
2010-07-03 17:24:44#jtba 長老「逆に、貪瞋癡の予断の判断がすべて正しければ、この世の中に何の問題もないはず。しかし世の中を見ると混沌の世界に生きている。一人の人生を見ても、うまく行ったり、行かなかったり。そういう人生。それが先入観の判断の状況。完全に悪い判断でもない、完全に善でもない。
2010-07-03 17:25:51#jtba 長老「その都度その都度、アタリ、ハズレ、なんです。そこでアタリが多い人、ハズレが多い人がいて、それを俗世間では成功者、失敗と言ったりもする。予断の判断は完全に間違い、完全に正しい、わけでもない。貪瞋癡で苦しんでいる、悩んでいる、どうしようかと。そうすると、
2010-07-03 17:26:59#jtba 長老「ちょっとしっかりしようと、だったら勉強会でも行こうかなと判断したりする。貪瞋癡で悩んだり苦しんだりすることで、同じ貪瞋癡が、こうしたら治りますよ、という場合もある。時には、ムシャクシャしたんだから、誰でも殺せ、という場合もある。ムシャクシャして仏教学ぶ人もいる。
2010-07-03 17:27:59#jtba 長老「予断が必ず間違った判断というのも間違い、逆も間違い。因果法則でその都度その都度判断する。貪瞋癡があるから瞑想する気になったこともあり得る。貪瞋癡でクタクタ苦しんで瞑想する気になる場合もある。それはいろいろ。私たちはそれを勉強して、指導するときは気をつける。
2010-07-03 17:30:13#jtba 長老「私は解脱したいんです、と言われても、クールに対応する。そんな単純な問題ではない。指導する過程でジワジワ治していくから。自分が寄付などの善行為をしても、それが欲でやったか、見栄でやったら、純粋に良かれと思ったかわからない。そんなことに悩む必要ない。
2010-07-03 17:31:35#jtba 長老「寄付したことは善行為なんだから、それで終わりと。ゴチャゴチャ考えなくてもいい。悪いことしたわけでないんだから、それで話は終わりと。予断というのはかなり複雑で簡単に判断できない。その場合、仏教は結果論でいく。行為がよければ結果がよくなるはずです。善因善果悪因悪果。
2010-07-03 17:33:13#jtba とりあえず終了です。 (@DhammaStream live at http://ustre.am/fM1f )
2010-07-03 17:35:47スマナサーラさんの法話。映画から帰ったら観る予定。今回は人間は幸せになりたいと思って行動するけれども、その行動に至る判断が、欲や怒りや無知で歪んでしまう故に、幸せになりたいと思って行動した結果が不幸になってしまうなどの話みたい。http://bit.ly/cK0joV
2010-07-03 19:27:41