白石一文『翼』ツイッター連載小説

8月20日、連載終了しました。投稿回数=1,237回。連載期間=91日。ⒸKazufumi Shiraishi 白石一文Twitterアカウント→ https://twitter.com/kaz_shiraishi
19
前へ 1 ・・ 3 4 ・・ 51 次へ
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-2 「それだったら、久しぶりに聖子とも会いたいな」  十年も空白があるのに「久しぶり」もないだろうと思いながら言った。  岳志はすぐに返事をしてこない。何かを考えるように黙り込んだ。私は、彼から視線を外して真っ直ぐにクリーム色の天井を見つめる。

2013-05-29 09:39:22
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-3  目を閉じて、さきほど終わった契約書調印の場面を思い出した。  背中から錐(きり)でブスリとやられたような怒りと失望がいまも胸に渦巻いている。  坂巻英介(さかまきえいすけ)とは初対面のときから何となく波長が合わなかった。

2013-05-29 09:41:43
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-4  彼は、東京に戻ってくるまで五年間もアメリカ本社にいた英語の達人で、三十九歳の若さで第二営業課長という異例の昇進を遂げている。社長一族の縁戚に連なる文字通り幹部候補生だった。

2013-05-29 10:35:26
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-5  先方の会社でとどこおりなく契約書の調印が終わって、双方ほっと一息ついた直後だった。出席していた相手方の技術担当常務が、

2013-05-29 17:52:37
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-6 「明日の記者発表の件、ついさっき聞きましたよ。こっちはこっち、そっちはそっちだとしても、そういうことであれば先におっしゃってくださるべきだった。うちも浜松光学さんとは長い付き合いなんだから。水臭いにもほどがある」

2013-05-29 17:54:30
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-7  とさきほどまでとは打って変わった渋面を作り、かなりきつい口調で言ったのだ。  私には一体、常務が何の話をしているのかまるで理解できなかった。すると、 「田宮課長代理もなかなかの策士ですねえ。いやあすっかり一本取られてしまった。参りましたよ」

2013-05-29 17:56:09
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-8  一貫して今回の商談の相手役となってきた資材調達課長が不快さを隠そうともしない顔と口振りで私を睨みつけてきた。その尖(とが)った視線を受けて、ただ私は困惑するのみだった。

2013-05-29 17:57:36
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-9 「なかなかむずかしい提携で、昨日の今日で急転直下決まったような成り行きでして」  口を開いたのは契約書に署名捺印してくれた営業本部長の高畑(たかはた)でも、立会人として出席してくれた東京本社専務の本間(ほんま)でもなく、課長の坂巻だった。

2013-05-29 18:00:12
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-10 「昨日の今日ねえ……」  平然とした様子の坂巻に相手方の面々は全員が呆(あき)れたような表情を浮かべていた。

2013-05-29 18:01:53
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-11 「御社とは別件で新しいプロジェクトも何本か進んでいることですし、まあ、今回は大目に見てやってください。虹彩識別はなかなかむずかしいテーマで、正直、まだうちの技術も完全に固まっている状態とはほど遠いんです。

2013-05-29 18:03:16
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-12 とてもとても敷居が高くてこちらに持ち込めるようなものではないんでして……」  苦し紛れがありありという口調で高畑が言葉を引き取った。

2013-05-29 18:04:26
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-13 「画期的な新技術らしいじゃないですか。そう耳にしてますけどね」 「いやいや、とてもとても」  額に汗を滲ませる高畑に対して坂巻も本間も助け船を出す気配さえなかった。  私は小さなため息をついて目を開ける。

2013-05-29 18:05:43
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-14  ベッドサイドに腰掛けている岳志は、腕を組んでじっと壁際のロッカーの方を眺めていた。彫りの深い端正な顔立ちだから、特に横顔が美しい。

2013-05-30 09:18:42
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-15 「来週だったら午後の方が助かります」  つい口走ってしまったのはなぜだろう。このさみしげな横顔のせいなのか、それとも坂巻に対する抑えのきかない敵愾心(てきがいしん)のせいなのか。

2013-05-30 09:21:00
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-16  岳志は腕を解くと点滴の量を確認するように視線を上げ、それからゆっくりとこちらに顔を向けた。 「最初は二人だけで食事でもしないか」

2013-05-30 09:22:50
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-17  大きな目を見開き、その中にすがるような微かな光を灯している。初めて会ったときに「この人は不思議な目をしている」と思った。聖子は快活で曇りのない瞳の持ち主だった。並んでこちらに顔を向けた二人の、その瞳を見比べて、私はあのときも小さな違和感を覚えたのだった。

2013-05-30 09:25:07
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-18  そんな彼を下から見返しながら、どことなく坂巻に似ていなくもないなと思う。顔立ち云々ではなく、持っているたたずまいのようなものに共通点を感じる。坂巻もなかなかの好男子だった。家柄も学歴も申し分ない。しかも彼はまだ独り身である。

2013-05-30 09:27:42
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-19 「その方がゆっくり話せるから。子供たちがいると大人同士の会話なんてまったく無理だしね」  彼が言葉を追加する。  上が小三の男の子で、下はまだ二歳半の女の子だと昼間の診察のときに聞かされていた。

2013-05-30 19:11:39
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-20 「どうしようかな」  私は逡巡(しゅんじゅん)の色を声に滲ませる。  五歳年長の相手だから一応ていねいな言葉遣いを心がけていたが、次第に面倒くさくなってきていた。

2013-05-30 19:13:22
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-21 「この点滴で、たぶん熱は完全に下がると思う。週末のんびりしてもらえば来週はすっかり元通りだよ。何かうまいものでも一緒に食べよう。せっかく十年ぶりに再会したんだから」

2013-05-30 19:14:37
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-22  私はなおも返事を渋ってみせる。坂巻の顔と目の前の長谷川岳志の顔を意識的にダブらせる。そうやってちょっとした小気味よさを味わう。

2013-05-30 19:16:05
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-23 「やめておきます。聖子抜きで先生とだけ会うのはあんまり気が進みませんから」  先生という箇所をほかより強く発音した。 「先生ねえ……」  さすがに岳志が皮肉めいた顔つきになった。

2014-01-30 17:21:06
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-24 「だったら、我が家に遊びにくればいい。聖子も子供たちもきっと大歓迎だと思うよ。それなら文句はないでしょう」  やっぱり二度目の点滴なんて来なきゃよかった、と私は後悔した。

2013-05-30 19:18:43
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-25  昼間の点滴で劇的に症状が改善し、明後日の帰郷を控えて、駄目押しをしたくなったのだ。今朝の岳志はあっさりした態度だったので、「もし不安だったら夕方もう一度来るといいよ。また二時間くらい点滴すれば治りが早いから」という診察時の誘いについのってしまった。

2013-05-30 19:19:59
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 3-26 「そうですね。ちょっと考えさせてください。今日は仕事でイヤなことがあったし、この体調だし、あんまりいろいろ決められなくて」

2013-05-30 19:21:35
前へ 1 ・・ 3 4 ・・ 51 次へ