モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Spring XI~
- IngaSakimori
- 1986
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「聞きましたわよ、志智」 「何がだよ」 明けて翌日、月曜。 四限目が終わり、昼休みがやってくるや否や、にやにやと笑いながら話しかけてきた日原院亞璃須(にっぱらいん ありす)に、志智は答えのわかりきった問いかけを投げつける。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:35:12ねずみ色の空は時折、雨粒を落としてはふたたび黙りこくることを繰り返している。 天気予報によると、台風が近づいているらしい。バイトのある夜に直撃すると困るな、と志智は思う。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:35:22「今度は下り限定でゴリラとKSRが相手ですって? わたくしのいないところで、そんな面白そうなことを勝手に決めるなんて、ひどいですわ」 「なんでお前の許可を求めなきゃいけないんだよ」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:36:24「それは━━あなたが! わたくしの運命の人だから!!」 「………………おい」 両腕をひろげて亞璃須が宣言した瞬間、志智の頬杖から顎がおちた。 周囲からは「またか……」という呆れ声や「なんで三鳥栖ばっかり」という恨みのこもった呟きが聞こえてくる。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:36:40「……お前な。そういうこと、教室で言うのやめろ。あまつさえ、大声で叫ぶの、もっとやめろ」 「どうしてです? わたくしは! ただ確定された事実を口にしたまでですわ!! それに、わたくしと志智の仲です。いまさら隠すことでもないでしょう?」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:36:54「……だからだな、『そういうこと』を大声で言うのやめろ」 「おことわり! ですわ!!」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:37:11志智が半眼で制止をはかろうとしても、ますます事態は悪化し「今更ということは……!?」と言った女子の声や、「いつもは愛を込めたささやきを……おのれ三鳥栖!」という男どもの怨嗟も耳にする羽目になる。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:37:17(ティックの奴もそうだが、どうも海外帰りだと……なんていうか、こういうことをオープンにしすぎる感じだよな……) 漏れる嘆息はどこまでも悩ましかった。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:37:27「で、それはそれはとして。 志智、きょうのお昼ご飯はどうするんです?」 「そうだな、自販機の横とか、どこか体がすっぽり収まるところで膝を抱えて、孤独に食べたい気分だ」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:37:52「猫みたいなことを言いますのね」 「どうせお前に任せても、毎度毎度、同じ場所へ連れていくだろ」 「あなたが文句も言わず、来てくださるからでしょう?」 「……別にお前のためじゃない」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:38:05教室を出る。廊下の中心を歩む。 だが、肩を並べてという表現は、三鳥栖志智と日原院亞璃須のふたりにたいして適切なものではない。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:38:19片や身長180cmを超え、片や150cmに満たない美男と美少女。 それでいて、なぜか女の方は男をしたがえているような顔をしている。 背丈の落差はおおきく。そして、男女の態度の差はなお激しいものだった。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:38:31「うふふ。なんだかとってもいい気分ですわ」 「……お前さ、俺を困らせているとき、やたらと楽しそうだよな」 「志智が喜んでいても、悩んでいても、わたくしが原因であるなら、それは素敵なことですから」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:38:45「さいっっってーな考え方だ」 「最っっっ高の褒め言葉ですわね」 三年生用に割り当てられている校舎の三階から階段を下り、一階の購買前へむかう。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:39:04「あっ、お兄ちゃん~。ここだよ~」 「ど、どうもこんにちは、お兄さん」 「………………よう」 混み合う昼時のレスト・スペースでは、すでにティックと千歳が席を確保していた。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:39:15「あー、よいしょっと」 「重っ!? あ、あのお兄さん、どうして僕の膝の上に乗るんですか?」 「ここは俺の席だ。俺が座る。お前は反対側へいけ」 「ううう……わ、わかりました」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:39:42「ん?」 半泣きになりながら三鳥栖千歳(みとす ちとせ)の隣から退散する日原院(にっぱらいん)ティックの右手は、やけに大きなビニールパックをつかんでいた。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:40:01「なんだそれ。無調整……濃厚牛乳?」 「あ、はいっ! 一リットルです! えっと、僕、背を伸ばしたくて。 先週から毎日飲んでます! お兄さんくらい大きくなりたいです!」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:40:29「牛乳は健康にいいもんね。ティックくん、私も応援するね」 「ち、千歳ちゃんっ……ありがとう! ぼ、僕は嬉しい!!」 「………………ちっ」 「気が休まりませんわねえ、志智。わたくしの弟に身長抜かれたりしたら、どうします?」 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:41:01「そんないきなり背が伸びるもんか。お前こそなんか持ってるな。無調整……豆乳?」 「イソフラボンたっぷりですわ」 「………………お、おう」 「………………姉さん」 どや顔で胸を張る亞璃須を、いかなる大罪人をも救えそうな憐みの視線でみつめる志智とティック。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:41:15「豆乳も健康にいいんですよね。わたしも飲むようにしようかなあ~」 「……あ、いえ。妹さんはコーヒー牛乳あたりで十分だと思いますわ」 そして、にっこり微笑む三鳥栖千歳へ、日原院亞璃須がむける視線の照準は、顔よりもずいぶん下よりだった。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:41:39それから数日。ある夜のこと。 「……よう、ずいぶん久しぶりじゃないか」 「いやあどうもどうも」 東京都八王子駅前。とあるビルの一角。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:46:20それは『飲み屋』と称するにはいささか静かすぎ、しかし『バー』と表現するほど敷居が高いわけでもない。 決して混み合っているわけでもなく、だからといって閑古鳥が鳴いているほどでもない。 #mor_cy_dar
2013-06-25 10:46:32